第19話 プラチナウサギの価値
「ほわぁ、口の中でお肉がほどける! ほろほろと! ほろほろと! うーん、野生動物の筋繊維食べてる!!」
宿はファンタジーでよく見てた、1階が酒場で2階以降が宿屋という構造。
パウルさんお勧めの「隼の羽亭」に運良く宿を取れて、私たちはさっそく夕食にありついていた。
何種類かメニューはあるけど、もう私は鹿肉のシチュー以外目に入らなかったね! 後はなんだ、タラの煮込みとか。魚も惹かれるけど、やっぱりお肉だね。
「ルルがあんまりお肉お肉って言うから、なんだか私も食べたくなったわ」
「同感だ……」
「いいじゃないですか! よし、お肉をもっと布教しよう! お肉お肉!」
と言うわけで、3人揃って仲良くライ麦パンと鹿肉のシチューを食べてますよ。
ニンジンとか、保存の利くタマネギとかの何種類かの野菜が入ってて、それもエルフの料理とは違ってよく煮込んであるから口の中で蕩けるね。
日本で馴染んでたクリームシチューが「シチュー」だった私には「むしろポトフでは」と思ったけど、シチューってこんなもんらしい。
「うーん、野菜から染み出るうまみと、お肉のうまみのマリアージュ! 温かくて美味しいし、何杯でも食べられそうー」
「おい、何杯食べるつもりだ、やめてくれよ」
「嘘です、すみません。もう一杯だけでお腹いっぱいになります」
固くてちょっと酸っぱいライ麦パンも、シチューに浸して食べると感じが違う。
ああ……里を出て良かった。
「そういえば、ザムザさんとフランカさんはプラチナウサギの密猟者を退治しにメイデアまで来たんですよね? 密猟者ってそんなに出るものなんですか?」
「それは……ルルの方が詳しいんじゃねえのか?」
「うーん、怪しげな動きで森に入ってくる奴らは、とりあえず撃退してましたからね。プラチナウサギの密猟者だったのか、他の動物狙いだったのか、メイデアの森でしか採れない資源狙いだったのかまではわからないです」
自分で言って思ったけど、エルフって蛮族!?
片っ端から撃退してたなあ。閉鎖的な種族って怖いわぁ。
「私たちが依頼を受けたのは、このザドルガでプラチナウサギの繁殖をさせているドムール商会というところからよ。なかなか繁殖は難しいみたいだけど、野生よりはマシって聞いてるわ」
「密猟者は元手がかからねえ。そいつらが相場より安値で出回らせたら困るからな」
「プラチナウサギ……繁殖……」
「食用じゃない。よだれを拭け」
いやー、でもあの味は忘れられないんだもん!
私がプラチナウサギの味に思いを馳せていると、ザムザさんが深いため息をついた。
「頼むから、アレを食べたなんて吹聴してくれるなよ」
「そうね……この仕事を受けるときに聞いた話だけど、プラチナウサギの子ウサギは1匹で30万ゾルの価値があるらしいわ。それを……食べちゃったのよね」
「30万……うえぇっ!?」
思わず変な声が出た! だって、私が捕って売った鹿は1万ゾルで売れたんだよ? 宿が1泊4000ゾルくらいだって聞いたし!
どれだけ価値があるんだ、プラチナウサギ……。
あれかな、前世のペットショップにいた、売れ筋の犬猫みたいな。
貴族が好むペットらしいから、高価なことに意味があるのかもしれないけど。
でもあんなに美味しかったら、その値段も分かるというか!
A5ランク和牛のうんとコスパの悪い奴と思うと、お値段にも納得かも。
「だから、食用じゃない」
「なんでザムザさんは私の考えてることが分かるんですかー」
「おまえが肉のことを考えてるときは、頬が緩んで目があらぬところを見てるんだ。すぐ分かる」
ぐ、ぐぬう……そんなにわかりやすいんですか、私。
「さてと、依頼は完了したし、ドムール商会はさすがに金払いがよかったわね。しばらくここにいてもいいけど、ルルはどうしたいの?」
フランカさんの問いかけに、思わず驚いてしまった。
冒険者ってひとつの街に居着かずに放浪する人たちもいるみたいだけど、ザムザさんとフランカさんもそうなのかな。
でも、私の希望を言っちゃっていいの?
私としてはふたりの行くところに付いていって、お肉を食べられればいいやと思ってたんだけど。
「あの、おふたりはひとつの街には長居しないタイプの冒険者なんですか?」
「まあそうだな。ひとつふたつ仕事したら次の街に行く。特に目指してる場所もねえ。だからまあ、おまえさんの行きたいところがあったらそこに行くのには何の問題もないってこった」
うん……? なんだろう、ザムザさんの言葉はいつも通りの口調なのに、なんだか悲しい気持ちを感じたよ。
でもさすがにここでそれを突っ込むほど空気を読めない私じゃない。
2杯目のシチューをすすりながら考え込んで、次の目的地というか、「目的地を決めるための経由地」を考えた。
「港町に行きたいです。きっといろんな話が集まってるだろうし、できればやっぱり牛肉が食べたい……」
港町に牛肉があるとは思ってないよ。
でも、情報がまずないとね。
前世のイメージで言うと、冷涼な地域では乳牛を多く育ててるイメージで、肉牛はもう少し南がメインだったような気がする。
「じゃあ、明日はゲルツに向かって出発しましょ。この辺りでは一番大きい港町よ。いろんなところに船が出てるわ」
「私……」
出会ってたった2日なんだけど、私の中には妙な確信が生まれていた。
前世の知識とかそう言うのじゃなくて、どっちかというと精霊と繋がってるエルフの勘のようなもの。
「ザムザさんとフランカさんに会えて良かったと、ずっと思ってます。でもそれだけじゃなくて、私がおふたりに出会ったのは何か意味がある気がします」
「だといいわね」
ふっと笑うフランカさんも、その柔らかな笑みの中に一抹の悲しみが見て取れる。
なんだろう、この違和感は……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます