来世オークション
橘しづき
第1話 僕が死んだ日
いつもの仕事帰り、外は暗く車通りの少ない交差点。疲れた体をなんとか動かして見慣れたアパートを目指している最中。
僕は死んだ。
青信号に変わったのを確認し、足を踏み出す。だがそのとき、大きなエンジン音が耳に入り反射的にそちらへ目を向けた。暗闇の中でも分かる鮮やかな青いポルシェだった。それが僕の方を目掛けて、とんでもないスピードでやってくる。
避ける余裕なんてなかった。あ、と思ったときには横断歩道の真ん中で僕の体は大きく跳ね飛ばされ、地面に強く打ち付けられた。
多分、即死だった。
最高にツイてないおわりだと思った。信号無視、それから恐らくめちゃくちゃなスピード違反した車に跳ねられ呆気なく死亡。
これまでの人生、決して贅沢を言わずにコツコツ頑張ってきたつもりだった。
幼い頃に父を亡くし、母と二人で二人三脚過ごしてきた。高校卒業と同時に就職、そこの仕事も三年働きようやく慣れてきた頃だった。
母に苦労かけまいと高校の頃すらバイトに明け暮れていたので友達もほぼいない。まあ、元々無口で面白みもない性格だからというのもある。いまだに連絡をとっている友達はたった一人だ。彼女? なんだそれ、都市伝説かなんかだろ。
でも、それでも。真面目にやって、生活も落ち着いてきて、そろそろ旅行とか行ける余裕もできてきたかなって思ってた。人生これからだよな、って。いずれは結婚だってするつもりだったのに。
人生の幕は閉ざされた。
そして、死んだ僕を待ち構えていたのは天国でも地獄でもない。
ビジネスホテルのような簡素なフロントと、無表情にそこに座る男一人だった。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
銀縁メガネをかけ、髪をしっかりと固めた男がそう頭を下げた。身長がやけに高く、年は三十代半ばくらいか。ニコリともしない無表情が冷たく感じた。
僕は周りを見て戸惑いを隠せない。目が覚めた瞬間ここに立っていた。見覚えのないフロントらしき場所にただ慌てた。
「あ、あれ? あの、僕??」
「お待ちしておりました、ここは人生が終わった人間が行き着く場所。私は二宮と申します」
「は、はあ……?」
「信じられないかもしれませんがあなたの肉体は死亡いたしました。ここで来世への手続きを行わせていただきます」
そう言われた途端、青いポルシェに轢かれたことを思い出した。はっとして自分の体を見る。傷一つない普段通りの体だった。
あの事故で無傷なんてありえない。これは夢か、幻か? それとも、本当に死後の世界?
今一度あたりを見渡す。あまり広くないロビーだ。茶色のソファにガラステーブル。どこにでもありそうなホテルのように見える。
「驚くのも無理はありませんし、ほとんどの方が初めは信じられないので」
「は、はい、全然信じられなくて」
「お名前を伺っても?」
「あ、高橋晴也です」
「高橋晴也様。少々お待ちください」
二宮さんは無表情のまま目の前のパソコンを素早く打った。もしここが本当に死後の世界だとしたら、パソコンがあるなんて凄いなと感心する。
「ああ……交通事故ですね」
「え!」
「仕事帰り、人気のない交差点でかなりのスピードが出た車に轢かれて死んでいます」
「合ってます……」
唖然として答える。二宮さんは一つ頷いてこちらを見た。
「この場所について説明します。先ほども申した通り、ここは死んだ人間が必ず行き着く場所。来世の手続きを行わせていただきます。来世の選び方はオークション方式です」
「え、オークション?」
僕は目を丸くして聞き返した。
「ええ、オークション方式です。来世の人生は多くの種類がございます。上は大富豪、人気芸能人、はたまた下は貧乏や刑務所行きになる人生」
「…………」
「今から高橋様の生前の資産について計算いたします。時間を要するので、それまで実際の場所を見ていてくださいますか。今ちょうどオークションの真っ只中なのです」
目の前が真っ暗になった。僕は決して信仰深い人間ではないが、それでも真面目にコツコツ生きていれば神様は見ていてくれるんだって心のどこかで思っていた。
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