ミコト

ゆーすでん

神木 命 前編

俺は、もうすぐ死ぬ。

大好きな人の事を想いながら。

目を閉じたままで、何故か自分の今までを振り返っていた。


自分には、『神木 命(かみき みこと)』という名前がある。

でも、戸籍上『神木 命』は存在しない。

かみきみことという名前が、大好きだった。

今は都合上、『相原 ミコト』と名乗っている。

とはいえ、ほぼ用を成していない。

周りからは、『ミコト』とか『ミコ』と呼ばれている。

この生活を続けていると、本名なんて必要ない。

知り合いと繋がるだけなら特に。

街の中に居て、たまに『親が』、『家族が、うざい』だのと

話しているのが聞こえる。 

家族というワードが、頭の端を掠める。


親って何? 家族って何?

なんていうか、ほぼ記憶にない。

小学校くらいまでは、お父さんとお母さんていう人達がいたような

気がする。

ある時、『神木 命』は消えた。

中学に行くようになってからその人たちは段々と消えていき、

ただ家に居るひとになった。

自分の方に目を向けられることが減って、食事も出てこなくなり、

学校に行かなくても何も言われない。

男の人は酒を飲んで暴力を振るい、女の人は殴られ続けて突然いなくなった。

十四歳の時、「金をかせいで来い」と言われて家から閉め出された。

金のかせぎ方なんて分からない。

とぼとぼと歩き続け、ふらふらし始めた。

夕やけの赤い色に顔を照らされる頃。

気が付いたら肌色がよく見える服を着た女の人や、怖そうな男の人たちが

たくさんいる街に迷い込んでいた。

感じたことのない雰囲気に足がすくむ。

どうしようと立ち尽くしていたら、知らない人に声を掛けられた。

「なんで、子供がこんなところにいるの。」

振り向くと、その人は男の人だけれど女性用の服を着ていた。

顔には、色んな色が塗られている。

「あんた、可愛い顔してる。ここにいたら、怖い大人に襲われるわよ。

 早く家に帰りなさい。」

「金をかせいで来いって言われて、家から出された」

何故か、その人に素直に話してしまった。

「お金のかせぎ方、あなたは知ってる?」

その人は、少し驚いたように目を見開いていた。

しばらくすると、ため息をついて目線を合わせてくる。

「お金を稼ぐのは大変よ。特にあんたみたいな子供はね。

 家に、帰りたくないの?」

「家には、お酒を飲んで暴れる男の人がいる。

 ごはんも食べられないから、あそこは嫌い。

 もう、どこに行けばいいかわからない。」

目線を合わせたまま、ただ呟く。

「そう、もしあんたに稼ぐ方法があるとしたら、体を売るくらいかしらね。

 自分の尻の穴に、大きいものを入れるの。

 痛い思いもするけど、やり方次第では、慣れて気持ちいい時もある。

 入れるのも、入れられるのも両方覚えた方が稼げる。

 あんた、顔がいいから売れるかもよ。

 どうする? やる?」

その人は、じろりと舌なめずりしながらそういった。

「それで、ごはんが食べられる?」

無感情という言葉が、きっとぴったり。

感情というものが、よくわからない。

逆に、その人の方が困った顔をしている。

思ってもみなかった反応が返ってきたのかもしれない。

「お腹がすいているんだ。もう、何日も食べてない。

 立っているのも辛いんだ。

 でも、死にたくない。」

無表情のまま、その人に伝えた。

もう、自分には選ぶ方法が無かった。

しばらく黙っていたその人は、俺の頭をなでながら

「わかった。私が教えてあげる。

 でも、その前にご飯食べて、お風呂に入って眠りましょう。

 おいで。」

そういって、俺を手招きして自分の部屋に連れて行ってくれた。


その人は、マキコと名乗っていた。

そうして、俺はマキコさんのペットとして過ごすようになった。

マキコさんは、化粧を落とすと切れ長の涼しい顔をしている人で、

何か運動をしていたのか、体つきもいい人だった。

始めは。まず体力つけなさいと言われて、毎日を過ごした。

そうしていれば、体を売るのを諦めると思っていたのかもしれない。

半月ほど経った頃、俺はすっかり元気になった。

洗濯やら、料理やらを少しずつ覚えていった。

昼間眠るマキコさんを邪魔しないように家のことをしたり、

外に出て走ったりするようにもなった。

そうして、三か月が過ぎた。

マキコさんは、その間俺に手を出すことはしなかった。

ある日の昼ごはん中、

「マキコさん、体の売り方を教えて」

と、俺の方からお願いした。

マキコさんは、悲しそうな顔をした。

『やめておいた方がいい』と、何度も言われたが、

俺は教えてくれと言い続けた。

毎日、何日もこのやり取りを続けて、ついにマキコさんが根負けした。


その日、マキコさんは店を休んだ。

俺の初めてを、時間をかけてする為だ。

俺の初めては、入れる役。

二人でシャワーを浴びて、入れられる役の時のほぐし方を見せてもらう。

時々、キスもしながら体の触り方を教え込まれる。

マキコさんが、俺のを口にして上下に動かすと、

自分が固くなるのを初めて知った。

ゴムというのを俺に付けると、自ら仰向けになって

肩に足を乗せて引き寄せる。

そうしてゴムをした俺のを、穴の中に押し込んでいく。

初めてのナカは、窮屈で動かしてみると途端に腹の奥がむず痒くなった。

どうしてか、腰の動きを止めることが出来なくて一気に頭が真っ白になった。

それが、人生で最初の射精だった。

ゴムの中に、白い液体が入っているのをまじまじと見ていると、

マキコさんがクスクスと笑っている。

マキコさんは俺の頭を撫でると、

「次は、ミコトが入れられる役だよ」

と言いながら、俺を四つん這いにさせた。

容器に入ったトロっとした液体を手に広げていく。

ぐっと穴に指を入れられ、痛みと異物感に歯をくいしばる。

それでも、抜き差しを繰り返される度に慣れてきて、

また腹の奥がむず痒くなる。

「自分で出来るようにならないとね。

 ほら、壁に手をついて支えながら指を入れてごらん。」

右手をそっと後ろに持ってこられて液体を塗られると、人差し指と

中指の二本を穴に差し込まれた。

自分のナカは思いのほか熱くて、自分の指を締め付けている。

二本をゆっくり出し入れしていると、奥のむず痒さが倍増していく。

だんだん呼吸が荒くなり、動きが早くなる。

「ミコト、やらしいね。」

マキコさんが耳元で囁いて、中指を一緒に入れてくる。

腰が『かくかく』と動いてしまうのも気にせずに、キスをしながら動かし続ける。

「ミコト、今度は私が入れるからね。」

マキコさんのモノは、俺のより大きくてアレが入るのだろうかと思ってしまう。

「ミコト、深呼吸して力を抜いて。

 セックス自体は、さっき一回やって分かったでしょ。

 男が体を売る時は、どうしたって入れられる方が多いんだ。

 ちゃんと慣れなきゃね。」

ゴムをしたマキコさんのモノが、穴の中に入ってくる。

流石に痛くて、顔をしかめる。

両手で壁に爪を立てながら、涙を流して堪える。

ゆっくりと止まらずに入ってきたものが、速い速度で前後に出し入れされる。

思わず、叫び声が出た。

口元を押さえられても、声が止まらない。

反対側の手で俺のモノも上下に擦られると、痛みと快感が入り混じって

訳が分からなくなった。

そうしてまた、頭が真っ白になって、穴の中でびくびく動くモノを

感じながら、意識を失った。

腰の痛みに顔をしかめ、気が付いたらベッドの上で汚れた体のまま

横になっていた。

何処を見てもマキコさんは部屋に居なくて、

テーブルの上に三万円と手書きのメモが乗っていた。

『やり方は教えた。

 もう、ここに戻ることは絶対に許さない。

 朝までに出ていけ。』

重い腰と痛む尻。

無理矢理体を動かして、最後にシャワーだけ使わせてもらう。

服を着て、三万円を手に玄関を出る。

マキコさんとの生活は、そこであっさりと終了した。


貰った三万円で、鞄とか当面必要な物を揃えた。

暫くは、夜になると街に立ち、声を掛けてくる人を待って相手をした。

お金がもらえて、一食でも食べられて、一晩泊まれればそれで良かった。

そんな毎日が続いたある日。

一人の男の人が、声を掛けてきた。

「よう。あれ? 男か? まじか?!

 こんな綺麗な顔の男、居るんだな。

 ま、俺は男に興味無いけど。お前は見てられるわ。」

背が高くて痩せてて、随分と調子のいい人。

その人は、菊池と名乗った。


菊池という人は、良いバイト話があるんだと言って公園のベンチに

俺を座らせた。

「衣食住を保証するから、『花屋』に勤めないか? 

 やることは、今と同じ。

 ただ、俺が客をあっせんするよ。

 だから仲介手数料は取るけど、今みたいに飯とか寝る場所とかは

 気にしなくていい。

 その服だって、そろそろ着替えたいだろ。

 なあ、どうだ?」

実のところ、最近ご飯も食べられてない。

服も洗濯出来てなくて、よれよれ。

だから、売れないのも当然だった。

明らかに、信じてはいけない人間だ。

でも、俺はこの生活に慣れていた。

食べて、眠れて、服の心配もない。

その魅力には、抵抗できなかった。

「わかった。『花屋』にいく。」

そう言うと、菊池さんは笑った。

「おお、そうか! よし! お前が居たら、『花屋』はきっと儲かる。

 まずは、住む場所に案内する。

 ついてきな。」

機嫌よく立ち上がった菊池さんは、ずんずん前を進んでいく。


連れてこられた所には、二つの背の高いタワーが伸びていた。

こんな場所、入ったことがない。

ただ、菊池さんの後を歩く。

広い入口の右側に、また入口。

菊池さんが機械を操作すると、誰かの声がして自動ドアが開いた。

ドアを通り、エレベーターに乗った。

突然、菊池さんが俺に呟いた。

「これから紹介する奴、俺の中学の同級生。

 お前の事、そういう目で見るかも。

 あいつ、結構やばいからなあ。

 もし手出ししようとしたら、直ぐに俺に言う事。分かったか?」

頷くと、『よし』と言った。

『やばい』って? そんな奴、幾らでも居る。

痛い目には、これまで結構あっている。

でも、世の中には想像を超える奴がいる。

本当に『やばい』奴を、この後知ることになった。


ある部屋の前で、菊池さんがインターフォンを押す。

しばらくして扉を開けた人物が、俺を凝視しているのに

気づかないフリをした。

 

『この人の目を、見ちゃいけない。』


生きてきた年月が短くても、今までの経験で分かる。

この人の目を見たら、絶対にダメ。

見たら最後。

明らかに、俺を性的対象として見ている。

俺を、支配したそうだ。

じぃっと見つめ続ける男の頬を、菊池さんが殴りつける。

「見ていいって、誰が言った? こいつは『花』だ。

 お前は、『花』の手伝いだけしろ。

 相原。お前は『衣裳部屋』に入るなよ。」

「そんな事、わかっている。

 でも、名前だけは教えてくれませんか。」

神に許しを請うような、懇願。

殴られた頬に痕が出来ているのも気にせず、俺に聞いてくる。

「ミコト」

答えたくなかったけれど、答えた。

「ミコト…。」

うっとりとした表情で、俺の名前を呼ぶ。

なぜか、寒気がした。

どうしてだろう、この男にだけは触れられたくない。

今まで、そう思ったことはない。

なぜ?

『いや、今はいつでも使っていい部屋が出来た事を喜ぼう。

 多少の面倒は付きものだ。』

そう、自分に言い聞かせる。

菊池さんが、部屋に案内すると言って歩いていく。

相原という男が、見つめる背中が熱い。

ついていった先には、沢山の服や制服。

靴やアクセサリーなどの小物とメイク道具。

それと、不釣り合いな布団一式。

「ここが、衣裳部屋。 好きに使いな。

 冷蔵庫の中の物も、全部飲み食い放題。

 一先ず、風呂に入れ。準備させた。」

風呂場に案内される。

扉を閉めると、着替えとタオルが見えた。

服を脱ぎ、浴室に入る。久々に一人で、ゆっくり入れる。

浴槽は四角。

泡など無く、透明な水面に湯気が立ち上る。

浴槽に入る前に、体と頭をとにかく洗った。

一人だけで入れるお風呂。

恐る恐る片足を差し入れ、続いて両足を揃え、思い切って体を降ろした。

お湯が溢れる。

温かい。体の中がほぐれていく。

しばらく、この温かさに体を預ける。温かさに、うとうとしかける。

廊下で音がするのが聞こえて、飛び起きた。

「ミコト。明日から頼んだぞ。」

廊下側の扉を開けた、菊池さんの声。

扉が閉じられた音。

慌てて、浴槽の栓を抜く。

あの男がこの後に入るのだけは、絶対に嫌だった。

お湯がゆっくりと渦を巻いて抜けていく。

脱衣所に出ると、タオルで水気を取り着替える。

タオルも、脱いだ服も全部抱え込んだ。

ドアを開けると、廊下には誰も居ない。

『衣装部屋』へ帰る。

濡れているタオルを予備で準備されていたハンガーにかける。

廊下から鼻歌と足音が聞こえてくる。

その直後、『無い。あの子のが。』という叫び声。

少し後に、脱衣所の扉が開いた音、『衣裳部屋』で止まった足音。

「ミコト、おやすみ。また、あした。

 ふふっ。」

聞こえた言葉に、体を硬直させる。自分の直感が、恨めしく思う。

相原は、本当にやばい奴だ。

でも、この部屋には居たい。恐らく、この部屋には入って来ない。

それなら、共同生活も耐えられそうだ。

こうして、『やばい』奴との共同生活が始まった。

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