掴み取った真実、そして―― 7
午後一時。教わったマンションの前に車をとめた。南青山にある洒落たマンションに紫子さんは住んでいるようだ。
(俺の住むボロアパートとは大違いだ)
時間通りにエントランスから現れた紫子さんは、ばっちりメイクをしている。ふわりと巻かれた栗色の髪はハープアップにまとめていた。
ざっくりしたニットと白いサブリナパンツを合わせていて、いかにも「仕事のできる女」という印象だ。
スッピンの紫子さんを知っている今となっては、いかにメイクと衣装で「ベテラン記者」を演出していたのかよくわかる。いじらしい努力じゃないか。
「なによ」
紫子さんが目を尖らせた。
「……いえ、別に」
いけない。温かい視線を送ってしまったようだ。
「細かい検査結果は後日だけど、やっぱり、薬物の反応があった」
「マジですか。政治家がそんなことをするなんて……」
これが公表されたら、岩城にとっても、あの一流ホテルにとっても大問題になるだろう。
「ジャージはクリーニングに出したから、後日返すわ」
「ただのジャージですよ。そのまま返してくれてよかったのに」
「借りたものを、そんな返し方できない」
お皿のことも含め、そういうところは律儀なんだな。
「三鷹方面に向かって。岩城からの情報は移動中に話すわ」
紫子さんの話はこうだった。
岩城は秘書時代、秘書をまとめる役割もあったため、仲間内でよく飲みに行っていたという。その一人に、小野寺克也という秘書がいた。
小野寺は秘書といっても、事務所の手伝いをするだけのアルバイトのようなものだった。それが酔った時に、「俺はある男の弱みを握って大金を掴んだ。もう一生、金に不自由しない」と自慢していたという。
実際に小野寺はしばらくして秘書を辞めた。その後のことは交流がないのでわからないという。
「弱みって、なんでしょう?」
「どんな内容なのかはわからない。だけど、“決定的な音声を手に入れた”と言っていたそうよ」
音声、か。
「その音声は、父の死と関係すると思っているの」
「えっ?」
バックミラー越しに紫子さんを見た。紫子さんは腕を組んで前方を睨んでいる。
「小野寺が弱みを掴んだと言っていたのは、父が亡くなって間もない頃だそうよ。父を殺せと誰かに命じた、織田の声が入っているに違いないわ」
「織田龍太郎ですか」
順当に考えて、秘書が刑事告訴をすると言ったら、主の不正だろう。告訴される前に織田が父親を殺したと、紫子さんは考えているんだ。
「本当に音声があるのでしょうか」
「それを、小野寺本人に確かめに行くのよ」
(なるほど。じゃあ今向かっているのは、小野寺克也の家か)
三鷹駅の近くまで来た。
三鷹駅は三鷹市と武蔵野市の境にあり、北口は武蔵野市、南口は三鷹市になる。商業施設が集まる南口側のほうが賑やかだ。北口側はすぐに閑静な住宅街となり、小野寺の家はこちら側にあった。
駅から徒歩十分圏内だろう、庭の広い二階建ての門に、小野寺と書かれた立派な表札があった。豪邸と言っていい。しかも比較的新しい家だった。築十年ほどだと思われる。
「政治家の秘書って儲かるんですね」
「下っ端じゃ大したことないわよ」
紫子さんが呼び鈴を鳴らすと、スピーカーから女性の声が応答した。
「小野寺克也さん、いらっしゃいますか?」
「……どなたですか?」
相手の声が強張ったように感じた。
「克也さんが秘書時代に、お世話になった佐藤紫子と申します。克也さんはご在宅ですか?」
「……少々、お待ちください」
迷い、戸惑い。
女性の間から、そんな様子が窺えた。
玄関から出てきたのは、パステルブルーのワンピースを着た四十代後半くらいの女性だった。玄関から門まで距離があるので、姿が見えてからも待つことになる。
「随分と若いお嬢さんなんですね。主人に、なにか?」
小野寺克也の妻のようだ。肩まである黒髪を片側の耳の下でひとつにまとめている。化粧っ気も飾りっ気もない大人しそうな印象で、俺たちを警戒しているのが表情からわかる。
「正確には、父が克也さんと同じ秘書だったんです。……克也さんは?」
「死にました」
紫子さんの表情が固まった。
「もう、十三年も前の話です」
十三年前というと、紫子さんの父親が亡くなってから、二年後だ。
「それはご愁傷様です。なぜ亡くなったのか、伺わせてください」
紫子さんは引かなかった。父親の死の手掛かりを、簡単に諦めるわけにはいかないのだろう。
紫子さんのなみなみならぬ意思が妻にも通じたのかもしれない。「どうぞ」と門を開けてくれた。
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