報道のジレンマ 9

 スマートフォンで時間を見ると、十四時を回っていた。どうりで腹がすくわけだ。新幹線の中で食べた駅弁以降なにも食べていなかった。

 手書きで「営業中」と書かれた札がかかった引き戸を開けると、既に紫子さんが座っていて、パソコンに向かって打ち込んでいた。テーブルにはコーヒーカップが置いてある。

「お疲れ」

 紫子さんはそう言って手を止めて、首を回した。

「どんな話が聞けたの?」

 俺が報告する間、紫子さんは目をつむって、小さくうなずきながら聞いていた。

「初回にしては、まあまあ聞けてるわね。合格。好きなもの頼んでいいわよ」

 紫子さんはメニューを俺に手渡した。

(不合格なら、昼抜きだったのだろうか)

 自覚しているが、俺は優柔不断な性格だ。すぐにメニューを決めることができず、何度か友人に注意を受けたことがある。だから誰かがいる時は潔く、一番上のメニューを選ぶと決めていた。

 店員を呼んでハンバーグ定食を頼むと、紫子さんも「同じの」と声をかけた。

「紫子さん、昼飯、待っててくれたんですね」

「えっ」

 そんなことを言われると思っていなかったのか、紫子さんは大きな瞳を丸くした。

「別に、まだお腹が空いてなかっただけよ」

 わずかに目元を染めた紫子さんはパソコンを閉じて、脇に置いてある鞄にしまった。照れ隠しのようにも見える。

「ボヤオ、梶山靖子の同級生は見つかった?」

「すみません。全然」

 かなりの数の人に聞いたのだが、見つからなかった。卒業して随分と時間が経っているから、土地を離れてしまった人が多いのだろう。

「私は見つけたわよ。しかもおそらく、今も交流のある同級生」

「本当ですかっ」

 なんでこの人は、なんでもこなせるんだろう。

 エプロンをつけたフロア係が、家庭で出てきそうなハンバーグ定食を持ってきた。ステーキ皿の上に湯気のあがったアツアツのハンバーグ。それにナポリタン、目玉焼き。小皿にサラダ。茶碗に入った白米とみそ汁。

 いかにも家庭料理って感じがいい。一緒に置かれたのは、ナイフとフォークではなく、箸だ。

「いただきます」

 俺は手を合わせた。空腹は最高のスパイスというけれど、それを抜きにしても美味しかった。俺はペロリと平らげ、コーヒーを頼んだ。

 正面に目を戻すと、紫子さんは軽く首を傾けて、髪が顔にかからないように片手で押さえながら、ハンバーグを小さく切って、ふうふうと息を吹きかけながら食べていた。まだ半分以上残っている。

 顔を傾けることで白く細い首が強調されて、伏せ気味の瞳には、長い睫毛の影が落ちていた。唇は湿っていて、なんだか艶めかしい。

 ……と、すっと紫子さんが視線を上げた。目が合う。

「なに?」

「えっと」

 見とれていた、とは言えない。

「猫舌なんだなと思って」

「悪い?」

 紫子さんの頬が染まった。気にしているらしい。

「全然。ゆっくり食べてください」

「ボヤオのくせに、なんで食べるのだけ早いのよ。……あちっ」

 急いで食べようとして、口の中をやけどしたようだ。

「氷もらいます?」

「水があるから、いい」

 紫子さんは顔をしかめて水を飲んだ。

 いつもは紫子さんの方が行動が早いので、ゆっくり紫子さんを観察できるのは珍しい。

 相貌のせいもあって、初めはクールな完璧超人のように見えたけど、かなり感情的だし、人間味がある人だと思う。

(こうしていると、普通に可愛らしい女性なんだけどな)

 なにかとこの先輩は、スーパースキルを発揮するのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る