第7話 噂が広まるのは異常に早い
「死ぬかと思った...........」
あれから全力疾走して生徒たちは振り切ったはいいものの、あれだけの人数から逃げ切るのは楽ではない。
人生の中で間違いなく最速だったその走りは、最終的に腕を引いていたはずの月夜に逆にひかれることになっていたけど。
元々人が少ない時間を選んで早めに登校していた上、途中から走ることになったので、教室にまだ人はいない。
「月夜は走るのが早いんだな」
「鬼ごっこは昔から得意なの」
あの全力疾走は、どうやら文武両道の彼女にとっては鬼ごっことしか思えないらしい。
俺も体力をつけないとな、と思わず目を遠くしたけれど、無邪気に笑った月夜を見て一瞬動きが止まる。
そんな俺を見て首を傾げた月夜になんでもないと首を振った視界の先にはまだ繋がれたままの手があって、俺は今度こそ動きを止めた。
「どうしたの? そんなに疲れた?」
「...........え、や、なんで?」
「顔真っ赤だよ」
思わぬことを指摘され、自分自身でも頬が熱を持つのがわかる。
ポーカーフェイスは得意な方なのだが、どうやら彼女にそれは通じないらしい。
一瞬動揺したけれど、しかし彼女と自分の今の状況を思い出して一気に熱が引く。
そう、これはきっと走ったせいだ、と言い聞かせながら、俺はへらりと笑ってみせた。
「日ごろの運動不足が裏目に出たかな」
「部活は入ってないの?」
「入ってない。でもそれは月夜さんも同じだろ?」
「私は毎朝走り込みをしていたから」
「じゃあ今度からは俺もご一緒しようかな」
「別にいいけど」
そうおどけた様に笑えば、彼女も呆れたように笑い返す。
けれどまずはやはり何はともあれ服を買わなければ、と週末への買い物リストを頭で組み立てながら、俺はそっとつないでいた手を解いた。
「というか、何か音が聞こえないか?」
「...........そう?」
「ほら、なんかこっちに――――来てないか?」
まさかの第二ラウンド開始か、と思わず顔を顰めると、同じような顔をした月夜と目が合う。
けれど隠れるにも閑散とした教室には隠れようもなく、その間にも足音は近づいてきて、そして。
「おい那月!! いるんだろ!!」
スパァン! ととてもいい音でドアを開けてきたのはどこぞの借金の取り立て人...........ではなく、幼馴染だった。
想像していた人じゃなかったことに安堵しながらも近づけば、肩で息をした和泉に睨まれる。
「お前、月夜さんと一緒に登校してきたところ、見られただろ」
「だって散歩は自分でするって、」
「そうじゃなくて!! 見られたことが問題なんだよ」
まだ息が整っていない様子の和泉は、顎に落ちてきた汗をぬぐう。
あまりにも必死の形相の和泉に疑問を持ったのか、月夜は小さく首を傾げた。
「東雲君、見られたって言っても何人かに見られただけだったよ」
「...........見られた人が問題だったんだよ、月夜さん」
流石にこればかりは運が悪すぎた、と呟いた和泉の言葉の意味が分からず、俺と月夜は顔を見合わせてさらに首を捻る。
はっ、と最後に大きく息を吸った和泉は、ようやく息が落ち着いたにもかかわらず、苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「――――号外だ」
新聞部がお前らについて記事を書いたんだよ、と告げられた言葉に、思わず耳を疑った。
◇◇◇◇◇
『号外 学校一の美少女と男子生徒の熱愛発覚!?』
「学校一の美少女と名高い月夜澪が、男子生徒と登校しているところを目撃した。続報を待て...........って、嘘だろ...........」
あれから教室から移動し、生徒会に所属している和泉と冴の特権でこっそり使わせてもらっている屋上にて。
後から遅れてきた冴がもらったという少し皺が寄ったその紙を広げればまず第一に大きく書かれた題名が視界に入り、俺は思わず絶句した。
「うちの新聞部、仕事早すぎだろ...........」
「そこかよ。いや、確かに30分ぐらいでこれを出すのは異常だけど」
「その簡潔な分だけ打った後、職員室で数十部すぐに刷ったらしいわよ」
冴が言った言葉に頷きながら、俺はその紙をじっと見つめる。
まだ写真はとられていないものの、月夜と登校していたのが俺とばれるのは時間の問題だろう。
さてどうするか、と記事を読み返し、俺は小さくため息を吐く。
「ごめんなさい私のせいで...........」
「いや、それは全然いいんだけど」
むしろ俺という存在がいることで、月夜の日常生活に弊害に出るのはいただけない。
俺がそういえば「元々周りは騒がしかったので大丈夫です」とどこか遠い目をした月夜に思わず同情したけれど、この騒ぎはほっとくわけにはいかないだろう。
スマホで時間を確認すれば始業の5分前になっており、これ以上ここに隠れていても意味がないだろうと立ち上がる。
同じように立ち上がって下に降りながらも、どこか落ち着いている様子の俺を見て、逆に取り乱した様子の和泉たちが口を開いた。
「おい那月、どうするつもりなんだよ」
「どうするもこうするも、今俺らにできることはなにもないだろ」
「それはそうかもしれないけど、」
「さっきの号外、『続報を待て』ってあっただろ」
教室へと続く廊下を歩きながらも、ある程度の生徒は教室にいるため人には会わない。
けれど教室の直前の曲がり角――――普通ならうちのクラスの生徒しかいない場所に、人影があった。
「うちの新聞部は、やっぱり仕事が早いらしい」
こちらから動く手間が省けたな、と強気に呟けば、同じく人影に気づいたらしい和泉たちが立ち止まる。
けれどこちらが立ち止まったからと言ってあっちが立ち止まるとは限らない。
先ほどまであった距離はどこへやら、顔がはっきり視認できるほど近づいたその人は、あくまでも友好的に話しかけた。
「ご紹介にあずかりました、新聞部です。――――放課後にお時間、いただけますよね?」
もとから逃げるつもりもなかったが、相手はどうやらこちらを絶対に逃がしたくないらしい。
断定で聞かれた問いに、俺は諦めの念を抱きながら小さく頷いた。
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テスト三日前です。ヤバいです。
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同じクラスの美少女が落ちていたので、取り敢えず拾ってみた。 沙月雨 @icechocolate
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