チュロ

第10話

「と言うわけでアラーニェの弟子たちよ。今から僕達はこのバカ広いシェルターを探索しなきゃいけないわけだけど……」


何か問題でもあるかのように目を逸らし逸らしさせながらハティーは話し始めた。今は全員がホールに集まっている。イクチは朝に弱いからぼーっとしているようで、朝に強いはずのセンティコアも同様、ぼーっとしている。


「僕もマップは持ってはいるんだ。ただ、ここが完成してから2回くらいしか入ってなくて、正直もう忘れちゃった。だから老人とここに初めてきた2人が探検するわけだ。不安でしょうがないけどやるしかないでしょ?」


あともう一つの懸念が老人にはあったが、あえて言わないでおいた。この中にもしかしたらあやかしが棲みついている可能性がある。地上を嫌い、光を嫌い、人を嫌う……そういうあやかしは割と多いから。


「ちなみにここは"ホール"。料理やら酒やら食に関することは全部ここで出来る。ここからは地下2階、書物庫、メンバーすべての個人部屋、用務室に行けるようになっているよ。まぁ名前通り中心の部屋だね。夜の間は希望があれば屋根に星空を映すこともできる。月の満ち欠けも再現されてるよ」


ハティーは少し色素の薄くなったマップを持って説明を始める。イクチはそろそろ起き始めて、話が身に入るようになったが、紹介している側にとってはもう少し真摯に話を聞いてもらいたい、そう思わざるを得ない。


「……ねぇミズラハ君。君と君の相方と、スイッチ入る時はいつなの?これ聴き逃したらもう僕は基本説明しないつもりだし、教える側の気持ちも汲んで欲しいよほんとに」

「えっとまぁ、私はやっと戻ってきました。センティコアは色々なことがあったので、どうしたらいいのかは私には全然……」


このままセンティコアを連れて施設を歩き回るか、センティコアを置いて、イクチだけに絞るか。2人一気に紹介した方が楽ではあるのだが、まだ痛みの復帰していない彼女に無理を強いるのも野暮か。

ハティーは若干夢に入りかけているセンティコアに笑みを漏らしながらも、"音を出すな"の指のサインをイクチに向けた。彼女らは地下2階へと降り、センティコアはホールのテーブルに身を委ね、そのまま沈黙が掛けられた。




「さて、まぁ仕切り直しと行こうか。えーっと確かここには...そうそう、植物園と、パーティホール、換気設備に……書物庫二つ目、そして冷蔵庫への入り口がある、のか」

「なんというか、どうしてここまで巨大にしたがったか分かりませんね……」


ハティーはまた目を逸らし始めた。口元も何か喋り出しそうで、喋らない。咳払いをして誤魔化した。


「ちなみに巻きで行くよ。説明済ました後にやって欲しいことあるから、それでここは———」


不意に彼女は話すのをやめた。イクチは不審がって聞く。


「どうしたんですか?」

「……ちょっと待ってね」


そういうと、情報屋は懐から携帯を取り出した。その動揺の正体は通知かと探偵は思ったものの、こんな世界になってしまった以上それはない。ハティーは喋り出すのに30秒ほど掛かった。その手は震えているように見える。


「…………多分あやかしの仕業だ」


彼女はまた仕切り直し、紹介を始めようとしたが、イクチが止めた。


「待ってください。さっきのは?」

「君のことは君のこと、僕のことは僕のことじゃないか?」


ハティーは感情の遷移が激しいようにイクチは思っていた。あからさまに元気をなくしたのを隠そうとしているように見える。


「とはいえ、まぁそうか……ここから数年は共にする仲間だしね。兼ねて行こう。施設の紹介は内装を見て知ってくれ、僕は……さっきのことについて話そう」


植物庭園に2人は入った。白い外壁、天井、格子模様の床にイチゴやらニラやら、観葉植物まで植えられている。自動で管理されているにしろ、稼働のタイミングを見間違えれば生えすぎるか死にすぎるかのどっちかになり金なさそうだが、安定していた。


「それで、さっき来たのは二つの通知。一つはこのジガミヤパラディスの金や権利関係を保障してくれている団体から。

怪談話や不可解な事件が大好きな連中と財力と権力で構成されたグループにジガミヤパラディスの実質的な所有権を移すことによってこの場所自体が権力に守られる。逆にこちら側には洪水などが起きた後の異常現象を記録するように頼まれていた。

そこから、"我々は死に絶えるでしょうが貴女達の活躍と後世への先魁さきがけ、期待しております。"って通知が来た。多分自動送信だ、シェルターに籠ったところも含めて壊滅した時に送られる物だろう」


「一探偵がそんな怪異専門家達に信用されるほどのシェルターを建設するってどうなってるんだ」イクチはそう思った。ハティーは植物庭園にある操作パネルを弄ってからイクチを導いて外に出た。どうやらこの場所はそこまで実用性を考えていないような、ベンチとかがあるのを見る限り癒し用にも見える。

次に案内されたのはパーティホール。しょくぶつていえんとは打って変わって少し暗い部屋で、黒い天井と壁を持つ。ビリヤードやダーツ、果てには雀卓まであるのを考えるに、遊び飽きることはそう無い。


「もう一つが、はぁ…………アラーニェからだ」

「はい?」


ハティーは口をつぐんだ。これは侮辱なんて物じゃない。そんなメッセージの内容を彼女は口走りそうになっていた。だから、そのメッセージより逆のことを伝える。


「ここはいい場所だろう、イクチ。僕とアラーニェが作った場所だ。ケが枯れぬよう、ハレの多過ぎぬよう考えられている。今の地上に住むより、ずっと良い。地上に戻ることはずっと先になる。それはまぁ、しょうがない」

「ハティーさん、休んだ方が良いと……」


手に持った携帯に力を入れているが、一向にそれの息の根は断てない。


「はぁ…………まだパンドラの箱じゃなかっただけ良かったよ。換気設備は説明不要だろうし、冷蔵庫を点検しておわりかな。大体わかったでしょ説明なくても」

「それはまぁ、はい」


強いて言えば説明が欲しい部位が省かれたところを教えて欲しかった。結局のところ、『君のことは君のこと、僕のことは僕のこと』なのだな。


「さて、これは冷蔵庫という名前ではあるけれど、簡単に言えば石室だ」

「それって棺じゃ無いですか」

「まぁそう。ただこれがかなり寒くなるんだな。棺と使った理由がそれだからね」


ハティーは懐中電灯を手に持ち、冷蔵庫に続く階段を下っていった。


「ちなみに言うけど」


ハティーは階段の中腹で振り返ってイクチを見、言った。


「アラーニェは既に死んでいる。それは間違えるなよ」

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