エピローグ
2
「……なんだよ」
「あ、いや、その」
「……今さらなんだよ」
「義足、なじんだ?」
「うるせぇ。喋んな」
「あのね、中島さんも次に来るから。土下座でもなんでもするって、入院費とか今後の仕事とか、後は心療内科とか療養期間中とか、ずっと資金援助するからって……」
「それで、電車でぶっ飛ばされた俺の足が戻ってくんのか?」
「……それは」
「お前のせいだって言うつもりなんかない。俺だって悪かった」
「……」
「しずく。もう、来ないでくれ。リハビリの邪魔だ」
「……」
「失せろ」
「……また、来るね」
「失せろって言ってんだろ!」
振り上げられた松葉づえが、わたしをリハビリルームから追いやった。
カレンダーには2043年4月1日という日付がある。
わたしはもう、未来クラウドを使用できる上限に達した。過去への干渉はできないから、3周目のわたしたちも、新たに生み出された4周目がどうなるかもわからない。
時空を変えられるかもしれない、今を変えられるかもしれないという都合のいい幻想は、たちどころに打ち砕かれた。
「……でも」
わたしは振り返って柊君を見やる。左足は義足になっていた。
神経接続が完全に馴染めば生身の足の7割程度の性能を発揮できる代物。でも、それまでの苦痛は想像を絶するらしい。
彼は神経痛に呻きながら、滝のような汗を流してリハビリに励んでいる。腕にも反応の遅延が発生しているから、一筋縄ではいかない。様子を見に来た高砂先生は、そう言っていた。
「……また、来るから」
許してもらえなくてもいいから。
わたしがしたことを、償い続けるしかない。
向き合わない事は罪だから。
「……また、来るから」
わたしは言葉を繰り返した。
3
「こんにちは、羽場しずくです」
しずくがドヤ顔のまま教卓の上に立った。茶道部の人はクソつまんなさそうな顔をしていた。俺も似たような顔をしていた。田代に至ってはスマホを弄っていた。水野は寝ていた。
「はいみなさん。2年生もね、残すところ数日となりましたが、ご承知おきの通り柊君はわたしのものになりましたので、これから彼と接する場合は白崎柊君事務所を通してください。お願いしますね。勝手に触ったりしたらこのセロハンテープの土台で殴りつけます」
「いやぁああああこんなのしずくんじゃないいいいい解釈違い解釈違いいいい!」
中島が発狂していた。ざまぁみろと思った。でもあの中島は何もしていないので責めるのも違うなぁと思い直した。
「ふふふ、中島さん、愛は人を変えるんだよ。わたしはもはや前までのテンプレはわわ系幼馴染じゃない。ブランニューしずくと化したのだ」
「いやだぁぁぁ……しずくんは「のだ」とか言わないもんぅぅぅぅ……ウチの推しがぁ、羽場に凌辱されたぁぁぁぁ……」
凌辱はしていない。でも痛そうだった。頭をぶるんぶるん振り回して絶叫するものだから、殺人でも犯した気分になった。
「しゅーくんしゅーくん!」
「なんだ」
「あの日のあれは凌辱なの?」
「和姦だろ」
「生々しい話やめてくんない?」田代がマジで嫌そうな顔をするが、こいつもこいつで中退ネタで弄ってきた事実を亡失してはならない。
「そういうわけで柊君は名実ともにわたしのものになりました。あー、もう、ほらしゅーくーん……ほらほらほっぺたにクリーム付いてるよ」
「俺なんも食ってないけど」
「えー? ふふふ、もー、もー! しゅーくんったらー! もー!」
「羽場、そいつうるさいから黙らせろよ。保護者だろお前」クラスメイトFくらいからガチ目に注意される。俺は目で謝った。
しずくと付き合いだして、その後はまあとんとん拍子でベッドインして、スプラッタ映画も顔負けの絶叫をするものだから下の階からお袋と親父が飛んできて目撃された挙げ句、一週間くらい両親から「羽場さん」呼ばわりされる憂き目に遭ったりした。
抑圧していたものを全部解放したら、しずくはこうなった。
「ねぇねぇしゅーくん」
「ん?」
「卒業したらね、本当に羽場しずくになっていいかな」
俺は窓から外を見る。もうそろそろ桜が芽吹く季節だ。謹慎している間のくせを引きずって、まだほんのわずかだが眠い。
俺は言った。
「白崎柊でもよくね?」
「大して変わらないと思うな」
なんだコイツと思った。
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