ファッ!? ワイの幼馴染寝取られとるやんけ! ~二週目から全力で行く~
さかきばら
愚行録
2
それは凄まじい鮮明さを以てして俺──
鬱勃起などとほざいている輩がいるが、あれは所詮他人事でシチュエーションに一時的に自己投影しているから得られる、いわゆる逃げ道のある快楽だからに過ぎない。
現実のそれは責任に似て、目を背けることも逃げ出すことも叶わない苦痛なのだと身をもって理解した。
『ごめ、ごめんねぇ、しゅーくんっ。ごめんねっ』
「しず、く……」
おれの、おさななじみが、しらないかおをして、そこにいた。
俺は奇声をあげてモニターを殴りつけた。
画面が割れて液晶が飛び散り頬に擦過傷を作っても、ガラス片で拳がぐちゃぐちゃになってもなお殴り続けた。
視界が真っ赤に染まって、心臓とアドレナリンが制御できなくなる。俺の頭の中は画面の向こうにあるものを殺してやりたいという意識で染まった。
目を覚ますと、骨の覗いた拳とぐちゃぐちゃになったモニターの上に俺は倒れていた。あんなことがあった次の日だというのに、空は嫌味なほど晴れ渡っていた。
いつまで経っても下に降りてこない俺を尋ねたお袋は、部屋の惨状を前にして絶句した。何があったと問われたが、俺は何も答えることはできなかった。
声をあげた瞬間、情けなく泣き崩れてしまいそうな喪失感だけがあった。皮肉にもそれが、プライドと言う俺に残った最後の欠片を繋ぎ止めてくれていた。
外科で拳を何針か塗ってから、俺は心療内科のカウンセラーへ回された。
親切さを貼り付けた老練の医者が、しわまみれの顔を綻ばせて何があったのか尋ねてくる。俺は何も言えなかった。
ただ先生の言葉が余りにも優しい響きを孕んでいたので、情けなく嗚咽を零すことしかできなかった。
俺は二日間、学校を休んだ。
学校へ行くと、しずくがいた。
美しかった黒髪はどこにでもあるような金色に染まっていて、俺は気分が悪くなって早退する。
それからまた二日間休んで、次に登校すると、俺が心療内科に通っているという話が噂となって飛び交っていた。
しずくはいなかった。俺と同じタイミングで登校するのを辞めたという。
「彼氏と一緒に遊んでんじゃないかな」
二か月後、俺は通信教育に切り替えた。
高校卒業の資格は高認で何とかして、大学も通信大学を選んだ。
引きずりすぎではないか、と先生は指摘するようになった。
柊くんも、もう大学二年生の年で、そろそろ本格的に就職活動を始めなければならない。人と会うことが困難なままでは、社会でやっていくのは難しい。障害者手帳のない柊くんは、生活保護も渋られる可能性がある。
俺は惰性的に動画編集の勉強をした。
幸いにもAIはずいぶん発展し、今では小学校ですら学習サポートAIが懇切丁寧に教えてくれるような社会になっていたため、学習自体にさほど難儀しなかった。どちらかと言うと重要なのは、動画編集のAIにどうすればより適切な指示を下せるか。そういった分野を中心に学んでいった。
大学三年の夏だ。その日、俺は何となく万能感がみなぎっていた。
昨日クリアした青春アドベンチャーゲームのシナリオが良かったのも手伝ったのだろう。軽い気持ちで動画編集の派遣会社に登録すると、すぐにポートフォリオ(作品の例)を見せてくれというメールが届いた。
俺は数時間でAIに指示し、会社にそれを送る。
心臓が激しく、しずくのことを思い出しそうになって頓服薬を飲んだ。薬の副作用ですぐに眠ることができた。
翌日、パソコンを開くと三件の依頼が来ていた。適正ランクはB+とあった。上から数えた方が早いランクだった。
それから一週間が経過し、俺の口座に五万円ていどの金額が入金された。親父とお袋は、俺がはじめて言葉を発した時のように喜んでくれた。
俺はその金を使って、二人に寿司の出前を取ってやった。そういえば、こういう風に誰かに尽くした経験はないなと気付いた。
次に入った給料は、二人の旅行に充てるよう進言した。
両親は困惑したように止めてきたが、俺が引かないでいると、なぜか涙ぐんだ。
「そうだね、母さん、行ってくるね」
「柊、家事とかは、なんだ、できるのか? 洗濯ものとかは」
「あなた、柊は前までやってたじゃない。あのね、洗濯機新しいものに変えたからちょっと操作分からないかもしれないけど、でも洗剤入れて大きいボタン押すだけでいいからね」
俺は苦笑した。
勤労学生に分類されるほど稼ぐようになった大学四年生の春。
先生の皺は増えていた。だが先生はそんなことなど気に留めず、にっこりを笑うと言った。
「やっと僕の顔を見るようになってくれたね」
「え……」
「今の柊くんは、何だか前向きになったように感じる」
「……そう、ですかね。自分ではあまり実感はないんですけど」
「お母さんから言われたよ。何だか前より頼りになるってね」
先生はふいに立ち上がると、インスタントコーヒーの瓶と取った。
次に患者はいないから。歌うように言うと、馥郁たる香りの立ち上るマグカップを片方手渡された。
「柊くん、一人で遠出もできるようになったそうじゃないか」
「前は、よくロードバイクで隣の県とかまで行っていました。当時の俺に比べたら……」
「自分を卑下することはない」彼は珈琲を飲む。熱そうに顔をしかめて傍らへ置いた。「正直、最初にあった時には随分子供っぽい子だと思った。自立心は強くてアクティブだったが、誰かに尽くしてもらうことが当たり前……そういう風に考えていたんじゃないかって」
「そうかもしれません」俺は毎朝しずくが起こしに来てくれたことを思い出しながら同意する。以外と冷静に、あいつのことを思い出せた。「しずく……えっと、幼馴染の子に、色々世話を焼いてもらうのが当然というか、当たり前みたいに感じていたんだと思います」
「そうか。でも、今は?」
「自分から何かをしなかったら、貰えるものは減っていくだけ。俺はそんなこともわからなかったんです」
「うん」
「だから、なんですかね、あはは、ちょっと照れ臭いんですけど」俺ははにかむ。最初とは別の意味で、先生の顔を見れなくなった。「必要な経験だと思いました。俺も、少しはちょっと大人になれたのかなって……最近はそう考えるようになりました」
先生は何も答えなかった。何も答えなかったが、穏やかな顔のまま、貰い物だというマドレーヌをくれた。
先生が甘いものが好きだと初めて知った。次に来る時、なんか菓子折り……バウムクーヘンとかでも持参しようか。そう考えた。
就職は存外すんなりと運んだ。エントリーシートの作成に二日くらい掛かったが、一度ひな形が出来てしまえば後は細部を弄ったりする工夫で乗り越えられる。
内定を受理した企業は、中でも俺の実務経験の経歴を評価してくれていた。
「引きこもりながらも勉強して、何とか手に職をつける。よく言われているけど、実際のところこれが出来る人間はほとんどいないんだ。だから羽場君は克己心の強い人なのかなって思った。採用した理由はそんなとこかな」
上司兼採用担当だった前島さんはそういう風に言う。
ぶっきらぼうかつ理論派なので冷たい印象を漂わせる中年だが、聞けばちゃんと順序立てて説明してくれる人だった。
会社と家の往復が始まった。
最初の一年は心労との戦いで、ミスする度に辞めようかと折れそうになった。だが先生の存在と、腐っていた俺を支えてくれた両親を思い直し、唇を噛み締めて堪えた。
三年目から楽になり始めた。やり方がわかってきたというのもあるし、下積みが終わって実務に携わらせてもらえるようになったからだ。
俺よりスキルのある同僚の志村もいたが、それでも俺の仕事が悪く言われることはなかった。
三年目の夏頃、俺は志村と飲みに行く仲になっていた。
奴は意外とひょうきんな奴で、俺が学生の頃にハマっていたゲームの話題でも盛り上がれた。
三軒目を終える頃には肩を組んで往来でアニソンを歌っていたらしい。らしい、というのは、この時の記憶がないからだ。
「完全なるAVの合成ができるようになったらしいぜ」志村が言う。
「なんそれ」
「スーパーディープフェイクだよ。発達しすぎて、合成音声も違和感なく組み込めるようになったってよ」
「へー」
しょうもない話に花を咲かせられるくらいには平和なひと時だった。
そんな中、志村に泣きつかれる。
妹はそこそこ容姿がいいのに彼氏がいたことがないと言う。
嘘だろと思ったが、すぐに納得する。
妹──志村
「気に入りました」
「え、俺?」
「あなた、私の豚になる権利をあげます」
「いやそんないきなり言われても」
「私の勘はあたると評判なんですよ。それによりますと、どうやら私とあなたは輪廻転生を跨ぐ運命レベルのフィーリングがあるはずです」
「お、おう」
極まってんなぁと思った。
それからは志村妹から頻繁にメッセージが飛んでくるようになった。たまに無視すると兄に当たり散らすらしく、
「頼むよぉ。あいつの相手してやってくれよぉ」
「大丈夫か志村。なんかボロボロだけど……」
「羽場ぁ……お前は俺の親友だよなぁ?」
「当たり前だろ」
「だから瑞樹に優しくしてやってくれ。あいつお前のこと本気で気に入ったんだ。男知らないぞ。たぶん処女だぞ。独占欲満たしまくりだぞ」
「いや、めっちゃ悪口言われるんだが」
「極度のツンデレなんだよ。頼むよ! このままじゃ俺がもたない!」
「お、おう。任せろ相棒」
俺は嫌々ながら瑞樹さんと会うようになる。依然として「なんだコイツ」という感情が拭えなかったが、それでも人は慣れるものだと実感した。
いつしか俺はブライダルとかカップル割引だとか、そういう文言を無意識に目で追うようになっていた。
全てが上手く回り始めていた。まるで都合のいいサクセスストーリーだ。
だが苦しいこともたくさんあったし、寝ずに勉強した引きこもり時代もある。
故に俺の居場所は、ぜんぶ俺の努力で築き上げたものなんだ──
「すみません」
だが、うまく行き過ぎた時こそ穴がある。
27になったばかりの晩、俺は瑞樹さんに電話越しではっきりと告げられた。
「あなたがもどかしいので、私はもう──」
「あ」
「さるお方からの紹介で、彼氏が──」
「あ、ああ、あああ」
単語単語を上手く認識できない。視界がぐにゃりと歪んで、立っているのが困難になった。スマホを落とす。そこには俺を拒絶するかのように、冷たい通話終了の文字が浮かび上がっていた。
安アパートの一室で俺は飲んだ。飲んで飲んで吐いて、胃が熱く燃えるようになっても飲んだ。志村は呼ばなかった。『絶対に埋め合わせするから』というメッセージだけが届いていた。だから志村をこんなことに付き合わせるのは可哀想だ、そういう気持ちがあった。
仕事だけが俺の全てになった。
仕事している間だけ、しずくのことも、瑞樹さんのことも、自分のふがいなさも全て忘れられる──
それから、俺は33になった。
前島さんが、苦虫を噛むような顔で近づいてきた。
「羽場くん」
「……あ、はい。なんで、すか」
「もう、休んでいいんだよ。精神病院、うちの産業医に話をつけておく。会社都合の退職でもいいし、失業手当も満額、あとは、退職金も出してもらうよう経理に掛け合ってみる。羽場くんは印象が良かったから、たぶん通るだろう。百万以上あるはずだよ」
「なんですか、それ……あの、だって」
「気付いていないのか、羽場くん」
前島さんはなぜか
まだ30代だというのに、頭髪のほとんどは白髪になっている。目の下は落ちくぼんで、肌は染みとニキビの痕で埋め尽くされていた。唇は乾燥しきって、鼻の下はひび割れてわずかに出血している。
俺は中学の頃、上野の博物館で見たミイラを思い出した。
「最近はミスも増えてきている。すまない。気付いてやれなくて……」
彼の目頭にしずくがあった。
しずく。が。あった。
──もう、しゅーくん。早く起きないと遅刻するよ?
「あー……そっか。そういや、そう、だったな」
白崎しずく。
「──。────。──」
「────。──」
「ごめんね」
そして俺は終わった。
どう終わったのかは、想像に任せる。
確か口座には退職金・失業手当含めて一千万近くあったのではないか。それを全て引き出し、段ボールに詰めて、実家に送った。
だから、たぶん、お袋や親父には、そう迷惑かけないはずだ。
『お客様にお知らせいたします。先ほど〇〇駅におきまして、車両とお客様との接触事故が発生いたしました。これにかかって、通常運行より10分ほどの遅れを──』|
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