隼人くん!

「あ、やっとこっち見た」


 悪戯っぽく笑う香澄の姿に、周囲の観衆が見惚れている。


 それは隼人にとっても例外ではなく、香澄の意地悪な笑顔が隼人の心臓の鼓動を速める。


「こっち来て、隼人くん」


 周囲の視線もあり、もはや隼人が香澄の言葉に抗うことは不可能だった。言われるままに席を立ち、ゆっくりと香澄の方へと歩み寄る。


 二人の距離が近くなると、ようやく香澄は口を開く。


「なんで無視したの、隼人くん」

「突然学校で距離を詰めたら、なにかあったのかって疑われるだろ。それでがバレたらまずい」

「まあ、そうだけど。なにも無視まですることないじゃん」


 隼人は本気で怖くて香澄の表情を窺う。


 香澄はにやりと口角を上げていて、心から怒っているわけではないことが伺えて、隼人は少し安心する。


「あらかじめ言ってただろ、学校で話しかけても無視するって」

「……」

「もう手遅れだから普通に話しかけてもいいけど、周りにはどう説明するの?」

「それは考えてあるよ。たまたまぶつかった相手が同じ学校の生徒だったから友達になったって説明する」


 実際、ここまでの内容は全て正しい。ただ、その後で香澄が隼人の家に押し掛けて一緒に住むことを持ち掛けたというだけだ。


 そう考えると、隼人と香澄の出会いも普通のもののように思えてくるから不思議だ。

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