さようなら旦那さま。とっとと死んでくださいませんか?
天笠すいとん
第1話 死んでください旦那さま
ギーナ・ブラッドレイは公爵夫人である。
公爵とはいえ、ブラッドレイ家は最近爵位を授かったばかりの新参貴族だ。
そんな家に嫁いだギーナにはとある日課があった。
「旦那さま。起きてますか?」
足音を立てずに夫の寝室に侵入するギーナ。
ゆっくりと天蓋付きのベッドに近づくと穏やかな寝息をたてている赤髪の美男子がいた。
彼の名前はラルク・ブラッドレイ。ギーナの夫であり、国中の注目を集めている有名人だ。
気持ちよさそうなラルクの寝顔を観察し、完全に意識がないことを確認する。
部屋の中には夫婦だけで、まだ太陽がのぼり始めたばかりの室内は薄暗く絶好の機会だった。
「では旦那さま。永遠におやすみなさい」
薄っすらと笑みを浮かべてギーナは両手で短剣を握り締めて眠っているラルクの胸へと振り下ろした。
「おっと、そうはいかないよ」
「っ!?」
伸ばされた腕によって殺意に満ちた刃があと僅か胸に届かず止められた。
「おはようギーナ。今日もご苦労様」
「さようなら旦那さま。さっさと死んでくれませんか?」
「あははは。だったらその剣を突き刺してみなよ」
お互い笑顔のままであるが、ギーナは全力で心臓を刺してやろうと力を込める。
だが、涼しい顔をしたラルクの筋力の前では無理だった。
「今朝はシンプルに寝首を狙ったね」
「いいえ。昨晩仕込んだ睡眠薬との合わせ技ですよ。だから何で起きれたんですか?」
ギーナは公爵夫人でありながら毎日厨房に立っている。
基本的に料理人に任せるが、最後の味の調整だけは自分でやらないと気が済まないのだ。
そして昨日の夕食に激しい眠気を誘う薬を盛った。毒殺を狙わなかったのは過去に失敗済みだからだ。
「おかげでぐっすり眠れたよ」
「そうですか。では、お礼に死んでください旦那さま」
最早隠すことを諦めて夫をあの世へ送ってやろうとするが、呆気なくギーナの手から短剣は奪い取られた。
「残念だけど時間切れ。良い短剣だけど僕相手だと物足りないかな」
刃の部分をラルクが軽く指で弾くと短剣は無惨にも粉々に砕け散った。
「脆くて心臓までは届かなかったと思うよ?」
「デコピン一発……」
信じられないものを見たと目を丸くするギーナに対して自慢げに胸を張りながらラルクは言った。
「これでも元魔王だからね。僕を殺したかったら伝説の聖剣でも持って来なきゃ」
♦︎
この世界には魔王がいる。
数百年に一度現れては魔物を従えて暴れ回る。
同時に現れる勇者や聖女によって倒されるが、統率された魔物の軍勢は恐怖でしかない。
「やぁ、こんにちは。僕は魔王だよ」
魔王対策の会議中に突如として現れた魔王ラルク・ブラッドレイは人類に宣戦布告をした。
歴代の中でも最強の力を持った彼を前に貴族達はあんなのと正面から戦うなんて馬鹿らしいと早々に匙を投げた。
「魔王よ。お前が望むものはなんだ。我々はそれをお前に与えよう」
事実上の降伏宣言だが、国が滅ぶよりはマシなので王は足を震わせながら提案を持ちかけた。
「僕が欲しいのは魔物達と仲良く暮らせる土地かな。それから人間達に舐められない地位があると嬉しいな」
こうして今代の魔王は人間の王から広大な未開拓の地と高い身分を手に入れた。
だが、これまで自分達と敵対関係にあった彼をそのまま野放にするのを恐れた人間達はある策を考えた。
「こちらの貢ぎ物をお納めください」
そうして差し出されたのが人間の貴族の娘だった。
貴族として結婚し子を残すことは当然であり、人間をより詳しく知るためにも嫁を作るのは大事なことだとラルクに教えたのだ。
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