手ぶくろ 2023/12/27

 昔、国語の教科書に載っていた、狐が手袋を買いに行く話が好きだった。

 小学生の時に読んだと思うが、今の小学生はその話を習うのだろうか?

 子供のいない私には確認しようがない。


 あの話は今でも覚えている。

 小学生の頃のことはほとんど覚えていないのに、この話だけははっきり覚えている。

 自分のことながら他人事のように言うが、何度も読んだのだろう。


 なぜ突然このことを思い出したのかというと、目の前に子狐が現れたからだ。

 きれいな毛並みで、とても野良とは思えない。

 その大きな目で何かを訴えてくるように、こちらを見つめてくる。


 食べ物が欲しいのだろうか?

 欲しがっても食べ物を持ってないからあげられないし、あげてちゃ駄目なんだけど……。

 何も持っていないという意思表示で、両手をあげて手のひらを狐に見せる。

 鹿せんべいを持っていないときの、鹿へのアピール方法だ。

 だが伝わらなかったのか、子狐は動こうとしない。

 どうしよう。


 お互いじっと見つめ合っていたが、何かに気づいたのか子狐はこちらに近づいてきた。

 動揺して固まっていると、狐が何かを咥えてことに気づいた。

 さっきまで何も咥えてなかったはずだが、不思議である。

 そして子狐は私の足元に、ポトンと咥えた物を落とす。

 くれるのか?


 しゃがんで落とした物を手に取ると、それは手ぶくろだった。

 さっき私が手を見せた行為を、手ぶくろが欲しいと勘違いしたのだろうか。

 それにしても、なんで手ぶくろを持っているんだ。

 いろいろ考えていると首元がふっと寒くなる。


 視線を上げると、遠くで子狐が私のマフラーを咥えているのが見えた。

 やられた。

 私は狐を追いかけようとしたが、すぐに物陰に入り姿が見えなくなる。

 どうやらマフラーは諦めなければならないようだ。


 なるほど、狐たちも寒いからマフラーが欲しかったということか。

 気持ちは分かるが今度は私が寒いのだけど……。


 狐にもらった手ぶくろをみる。

 しかし、明らかに小さく私が使えるようなものではなかった。

 子供用かな。


 しかしどこかで見覚えがある手ぶくろだ。

 と思っていると、あることに気づく。

 これは童話に出てくる狐の手ぶくろだ。

 どうりで見覚えがあるはずである。


 もしかして狐の手ぶくろを作る人がいるのだろうか。

 そんなことを考えて、ちょっとほっこりしながら家に帰った。

 その帰り道は、なぜか少しも寒くなかった。


 狐につままれるような話でした。

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