第5話 俺と勇者の今後

 昔の記憶だ。

 父親と呼んでいた男が、仕事をするでもなくテレビをぼけっと眺めていた。この時の俺は邪魔にならないよう物陰から番組を盗み見て、少しでもいいから空腹を忘れようとしていた。あわよくば気に掛けて欲しいと願いながら。

 俺がおとぎ話に出会ったきっかけだ。


 で、少年の願いも虚しく、当の父親は眼中にもくれず、寝床で尻を掻きむしっては動くアニメに一喜一憂するだけ。ケラケラ笑ったり、親の仇を見るようにブラウン管に怒鳴りつけたり、時には感極まって涙を流したりして。俺なんかよりよっぽど子供だった。


 余談はさておき、そんな作品の一つに今の境遇と近い世界線を描いたものがあった。現世で不遇の死を遂げた人間が別世界で生まれ変わり、人生をやり直すという話だ。

 話の中では、確か"ギルド"というハローワークみたいな拠点があって、そこで仕事を引き受けてはお金を稼いでいた。

 そこからは仲間に恵まれたり、紆余曲折経て幸せな人生を送ったりと、ハッピーエンドまっしぐら。


 何がどうして、こんな非日常に熱中できるのかはわからなかった。だが、今ならわかる。非日常だからこそ夢と希望に溢れていて欲しかったのだと。

 何もかも厳しい現実なんて忘れたい日もある。今の俺だってそうだ、死にたいのか生きたいのかも定まらない日々は息苦しくて仕方がない。

 逃げることが許されるなら、今生きているこの地獄が奇跡的にアニメに通ずる部分があったとしたら、汚点でしかないあの頃も存外役にたつ――


「ギルド? この辺りを探すならザインツ公国に傭兵ギルドがある。まあ、今から目指すとすれば一週間以上は掛かるが」

「じゃあ、それまでどうやって金稼ぐんですか」

「わからん」


 所詮フィクション、やっぱりここは現実らしい。

 相変わらず俺達は指名手配されているというのに、辺境の土地で二人、立ち往生中。おとぎ話にほだされたドリーマーだったら、勇者の無鉄砲ぶりに暴れ散らしてたかもしれない。


「……今までどうやって生活してたんですか?」

「主に野宿だな、山菜や野草を食べていた。稀に高価な食材を拾うこともあってな、その時はそれを売って、日銭を稼いでいた」

「俺がいなけりゃ、敵を攻撃することも出来なかったんでしょ?」

「その時は逃げるか、やり過ごすか、だな。昨日のように動きの速い化け物は、相手が飽きるのを待っていた」


 飽きるまでずっとかじりつかれてたってこと?


「……よく死ななかったですね」


 少なくとも俺に真似できるものではないらしい。

 他にも話を聞き出してみたが、火山口周辺にのみ出来る鉱石や、危険な魔物に付着する混合物の採取とか、聞いていて頭が痛くなるような内容しか出てこない。そんな部分でアニメと被って欲しくなかった。

 人生諦めが肝心、とでも言って欲しいのだろうか。


「……出来ること、やっていきましょう。村人のお手伝いをすれば、少しはお金を稼げるかもしれません」

「手伝い?」

「この辺境って魔物がいるんですよね。だとすると、人が生活するには危ないと思うんですよ。例えば隣町への移動、とか」

「ふむ、だが迂闊な行動は出来ないぞ。何せ俺達は追われている身だからな」


 お前のせいでな。言わないが。


「まあ、変装をもう少しきっちりしてみましょう」

「きっちりする……仮面を被るとかか?」

「それもありますけど、ダメ押ししたい。大事なのは追手を巻く事にあります」

「それはつまり?」

んですよ」


 そういう訳で、


「これで、本当にいいのか?」

「別にいいですよ。少し蒸し暑いんで早めに済ませてほしいですけど」


 仮面を被ることは採用した。で、問題は俺をどうするか。まさかこの年になって、こんなことをするとは思わなかった。どうやら自分にも羞恥心というものは残っていたらしい。


 勇者におんぶしてもらい、その上からローブを羽織ってもらう。

 名付けて臭い物にはフタをしろ、作戦。


「どうですか」

「正気の沙汰とは思えないな」

「では、他に案があるのですか?」

「……フン」


 何も言い返す材料がなかったのか、勇者はスタスタと歩き始めた。わかってくれ、王女の分際で大の男にぶら下がる俺の方が何倍も心が痛いんだ。


「一旦酒場に行ってみませんか。こういう場所に人は集まるんでしょう?」

「そうだな。人が集まる場所には情報が集まりやすいからな」

「そういうことです」


 とっとと終わらせよう。

 それでもって、早くこんな危なっかしいド田舎から脱出する。後回しにしている自分の今後も、色々整理したい。


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