第32話 聖剣


『あ、それキャンセルで☆』


 そんな聖剣ちゃんの無配慮の塊と思えるほど明るい声がこの空間を凛と貫き、次の瞬間アリスの腹部に魔角猪ホーンボアの角が強襲した。


「ア、アリスーーーーーー!!!!!」


 思わず手を伸ばすが遅い。あまりにも遅すぎた。当然ながらその手が届くことは決してなかった。

 その光景は俺をあざ笑うかのようにスローモーションに再生され、彼女が無慈悲にも貫かる様をこれでもないかと明瞭に俺の網膜に刻みつけた。



「……カハッ」


 まるでレベルが上昇していないアリスがその一撃に耐えられるわけもない。彼女は盛大に吐血した。

 しかし非常に情けないことだが、今ので混沌と化していた頭の中がほんの少しだけ晴れた。とにかく今は足を動かさなければならない。


「魔剣ちゃん!」


『あ、うん!』


 魔剣を強引に掴む。そして俺はレベルアップにより向上した身体能力を駆使して強引に魔獣とアリスの間に滑り込んだ。


「ブルルルルッ……!」


 うるせぇ。

 魔角猪は突然と目の前に現れた俺に敵愾心を露にさせるが知ったことではない。

 アリスの腹部に視線を送る。魔角猪の角は彼女の腹部に深々と突き刺さり、周辺の服から血が滲み出ていた。


 一度引き剝がすしかないか。

 本来であれば血が噴き出る関係で角を引き抜くのは得策ではないのだろう。しかし今は一秒を争う状況だ。そんな事を配慮している場合ではない。


「地の果てまで吹っ飛べっ」


「プギイイイッッッ」


 俺は魔角猪ホーンボアを強引に蹴飛ばし、後方へと吹き飛ばした。レベルアップにより向上した身体能力は凄まじく、俺より一回り以上も巨大な魔角猪はまるでゴム玉のように地面を転がっていく。


 まだだ。


「行くよ魔剣ちゃん!」


『うん!!』


 そのまま地面を蹴破る勢いで疾走し転がる魔角猪を追い抜いた。


 ズパンッッッ!!!


「プ……ギィ……ィ……」


 そして魔剣にて一刀両断。魔角猪は胴体から横に真っ二つに分断されてそのまま絶命した。



 ◆



「……」


 まだヒクヒクと動く骸を眺めてはみるが、俺の心には何の感慨も浮かんでは来ない。魔獣とはいえ生物を殺したはずなのに、ただただ心臓がゆっくりと冷めていくような感覚だけがあった。


『マスター! なにボーッとしてんのよ!』


 魔剣ちゃんの叫びで俺は我に返った。そうだ今はそんなことしている場合ではない。


「一ノ瀬!!」


「あ……う……」


 急いでアリスに駆け寄り抱きかかえた。

 恐る恐る彼女の腹部に視線を移すが、見れたものではなかった。傷が深い。そしてあまりにも出血が多過ぎた。


「あ、ああ、あああ……また、……」


 絶望する中、辺りに響いたのはやはり能天気と思えるほど明るい声だった。


『ち・ち・ち。絶望するにはまだ早いですよ?』


「お前……」


 ギョロリ。

 俺の双眸からそんな音が聞こえた気がした。誰の、誰のせいでこうなったと思っている。

 しかし当の聖剣はどこ吹く風といった感じだ。まるで自分は何も悪いことはしていないと言わんばかりの態度とすら思えた。


 なんだ。なんなんだコイツは。

 今、俺にはこの聖剣が言葉は通じるのにまるで話が嚙み合わない存在、人では理解可能な範疇の外に位置するナニカに見えた。


『嫌ですねマスター、そんな目で見ないで下さいよ。いくら超絶美少女天使聖剣ちゃんでも照れちゃいます』


 そんなどうしようもない問答をしているうちにアリスの容態は刻一刻と悪化していった。


「……コフッ」


『アリスちゃん!?』


 魔剣ちゃんがアリスを見て叫んだ。

 不味い。不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い。

 どうすれば。どうすればいい。

 今から都市に戻って間に合うか。そこまでアリスが持ち堪えるようにはまるで思えなかった。しかし俺に回復手段はロクになく、それ以外の手段は存在しない。


 死。


 地獄の底とも思える絶望が頭を過ったその時、


『おっと私としたことが失敬失敬。このままじゃアリスちゃんが死んじゃいますね☆』


 は?


『聖剣★ヒーリング!』


 まるで理解不能だったが聖剣ちゃんがそう叫ぶとその刀身からアリスに向けて淡い光が降り注いだ。


 そして光を受けた彼女の傷はみるみると塞がってしまった。


 はい?????????????






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