EX3 一ノ瀬アリスの独白


 私の名前は一ノ瀬アリス。


 日本の中でも有数の名家。その跡取り娘が私だ。

 そして両親達は典型的な上流階級思考の持ち主だった。彼らは当然のように私の食べるものを決め、当然のように学ぶものを決め、当然のように友人も決めて。挙句の果てに当然のように私の人生を勝手に決めた。


 何一つ自由が存在しない窮屈で退屈な人生。しかし自分でそう語るのは些か憚られるが私は聡すぎた。不満こそあれど自分のあまりにも恵まれた境遇に納得し折り合いをつけてしまったのだ。


 ――人生は暇つぶしである。


 だから誰かが言ったそんな言葉を胸に日々を無為に過ごしていた。


 しかしそんな日々は唐突に何の前触れもなく終わりを告げた。

 突如として教室内に出現した魔法陣は私を問答無用に異世界転移させたのだ。


「我らが世界にようこそ勇者様。どうかこの世界をお救い下さいませ」


 正直に白状すればほんの少し期待していた。この変化は私の退屈で無為な日々を変えてくれるものではないかと。

 だけれど現実はどこまでも私にとって厳しいものだった。


 無能。


 私はそう呼ばれ、ぞんざいに扱われた。どういう原理かは知らないが私達が異世界転移すると特殊な力が備わるようだ。そして一緒に転移したクラスメイトと比べ私のそれは相当お粗末なものだったらしい。


 クラスメイトの反応はどれも見るに堪えないものだった

 日本にいた時は羨望の眼差しすら向けていたはずなのに。女子は露骨に見下し、男子は鼻息をたて体を舐めまわすように視姦する有様だ。



 しかしそんな中でただ一人興味を惹かれるような人物がいた。

 明星影人。許嫁である天上院天下を差し置き、聖剣を引き抜いた唯一無二の存在だ。


 日本にいた頃はクラスメイトでありながら、一度たりとも会話すら皆無な仲だったはずだ。別に現在だって良好とは決して言えないけれどね。


 そんな彼に向ける私の感情は複雑なものと言えた。嫉妬羨望興味。様々なものが淀み渦巻せめぎ合い。そしてそれらは最終的に意味不明な塊として産み落とされた。自分の中にこんな激情かんじょうがあるなんて驚いたぐらいだ。


 元々私は許嫁のせいで異性に対してあまり良い感情を抱いていなかった。そのはずなのだが何故かこの感情だけは負のものではないとそう思えたのだ。

 そしてそれは彼に助けられてからというもの、どんどん強くなっていくようにも感じた。



 しかしその感情の正体が果たしてなんなのか。それを確かめる間もなく事態は無慈悲かつ容赦なく進行していった。


 異世界転移二日目夜。

 割り当てられた部屋で休んでいると、夜遅くにも関わらずノックの音が耳に届いた。


「こんな時間に何のつもりかしら」


 扉を開くとそこには天上院天下がいた。正直顔すら見たくもなかったが現在の自分の立場を考えるとそうもいかない。


「心配で様子を見に来ただけさ。ほら僕らは一応許嫁関係だろう?」


「異世界にいる以上そんな関係に意味があるとも思えないけれどね」


「そう邪険にしないでくれるとありがたいね。まぁいいや――昼間は大変だったろう?」


「……見ていたの?」


 自然と自分の表情が強張るのが理解った。昼間の事とは不良崩れが私に乱暴しかけたことだろう。


「まぁあれはそもそも僕がけしかけたんだけどね」


「っ! 何のつもりっ?」


 確信があったわけじゃない。

 だが日本にいた時から私は許嫁の立場にあるこの男をどうにも好きなれなかった。いつもニコニコしていて腹の底では何を考えているのかまるで見えないことが私にそう思わせたのかもしれない。

 そして今、あやふやだったその感情は明確なものへと変化した。


 しかし狼狽える私を気にも留めず、天上院天下は言葉を重ねていく。


「別に大したことじゃないさ。この際だ君の立場というものをハッキリさせてあげようかと思ってね。君は僕らの中で唯一役立たずな存在だ。分かるだろう?」


「貴方の女になれとでも?」


「さぁどうだろう。でも賢い君なら分かるはずだよ、生き残るのに何が必要かってね」


 白々しい。要はそういうことでしかない。きっと強引に迫られれば私の純潔は簡単に散らされてしまうことだろう。


 それでも。それでも私にだって意地がある。


「ふふっ」


「何がおかしい……?」


 彼の表情が固まった。


「いえ些か滑稽だと思ってね。だってそうでしょう? 貴方、聖剣とやらを抜けなかったものね」


「……っ!!」


 私の言葉は相当に彼の自尊心を深く刺激したらしい。

 激昂した天上院は力任せに拳を近くの壁に叩きつけた。


 ドゴッッッッッ


 異世界転移したことにより得た能力は凄まじく、ただ力任せに叩きつけただけなのに壁には大きなヒビが刻まれた。

 しかし私は恐れることも震えることもなく、ただただ泰然とした態度でいるよう努めた。


「チッ! まぁいいさ。何が賢い選択なのか、よく考えることだね」


 それが面白くなかったのか。彼は舌打ちをしてそそくさと部屋から去ってしまった。


「……ふぅ」


 天上院が確実にこの場から去ったと理解した途端、肩が勝手に震え始めた。

 極めて冷静に見えるよう努めたが恐怖がないわけがない。これでも乙女だ。それでもそれが悔しくて悔しくてたまらなくて。両手で肩を痛い程強く抑えるが、しばらく震えは止まってくれそうもなかった。



 ◆



 コンコン


 肩の震えが収まった頃、再びノックの音が耳に届いた。またかとウンザリしながらドアを開くと、


「ア、アー。なんというかお月様がとてもビューティフルですね」


 そもそもここは王国建物内なので月なんてろくに見えはしない。

 それでも二つの月に照らされる世界の中、そこには大層な明星影人バカがいた。






◆いかがだったでしょうか。あ、次から主人公視点に戻ります。


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