第6話 一ノ瀬アリス


『あり得ないですけどっ! 本当にあり得ないんですけどっ!!』


 ヤンキー氏の姿が見えなくなったところで聖剣ちゃんは憤慨の声を上げた。むろん俺の脳内でだ。


 いやぁやっぱり俺には荷が重いかなって。物理的じゃなくて精神的に。


『ちなみに言っておきますけど聖剣わたしの譲渡は所持者が死ぬまで出来ないので悪しからず』


 えっ。なにそれ。重い重い。シンプルに重い。


『覚悟して下さいねマスター……ニガシマセンヨ』


 ヒーーーーー!(ホラー風)

 急にカタコトになるのはやめてほしい。ナチュラルに怖い。


「……あの」


 そんなやりとりを脳内で繰り広げているとアリスが一歩近づいてきた。


「一応お礼を言ったほうが良いかしらね?」


「いやぁ別に声かけただけだし」


 それも聖剣の御威光によりどうにか収まっただけだし、礼を言われたところでバツが悪い。


「そう無欲なのね」


 それはどうだろうか。俺的には非労働かつ非課税で三億とか欲しいし、無条件で美少女達に好意とか持たれたいけど。うん、煩悩の塊だな。


「貴方は今この状況をどう考えているのかしら?」


「日本に帰りたいっす」


「即答したわね……」


 アリスは若干困惑しているがこんなろくでもないところ、可能であればそうそうにおさらばしたい。


 だってこの世界、エアコンで快適空間作り出してゲームとか出来ないんでしょう?

 後あれ。すぐコンビニに買い物行けないのも地味にキツイよね。万歳現代社会。


 あ、でも快適空間は魔術とかでも作れるのかな。でもなぁ発動し続けるはダルそうだし、そもそも自分が扱えるかも知らないな。やっぱり帰りたいですわ。


 彼女は俺の様子にどこか納得がいかないのか顔をしかめ、眉間に皺を寄せた。


「貴方は……貴方はいいわよね」


 そしてそう吐き捨てるように言葉を残すと、彼女は重い足取りで何処かへ行ってしまった。



 ◆



 アリスと別れた後、俺は闘技場には戻らず定年退職した暇老人のごとく城内を高速徘徊することにした。それもしばらくすると飽きたので自室に戻りそのままベットに倒れ込んだ。


「貴方はいいわよね……か」


 別れ際の彼女の言葉が頭の中で意図せず反芻された。


 俺自身の能力は有耶無耶にされてしまったが、俺達全員は異世界に転移するとその特典で特殊な力を得る。基本的にはそのどれもが絶大なもので戦場に出れば一騎当千の力を振るうものも少なくないらしい。


 彼女自身やヤンキー氏の発言を鑑みるに一ノ瀬アリスの能力はあまり恵まれたものではなかったと窺えた。

 皮肉だ。今まで容姿にも様々な才能にも恵まれ順風満帆な人生を送ってきたことだろうに哀れにも皮肉に思う。


 そしてそれだけに心配でもある。


『おやマスターあれですかあれ。お熱な感じですか?』


 聖剣ちゃんの声音はどこか楽しげだ。剣のため表情こそないが、仮にあればさぞムカつくニヤケ面だったことだろう。


「そんなんじゃないよ。ただ……」


『まぁ言いたいことは分かりますがね。王国の連中もマスターのくらすめいととやらも露骨過ぎですからねぇ』


 聖剣ちゃんは呆れたように話す。


 そう。そうなのだ。


 よくネット小説であるテンプレ展開では俺のような存在がハズレ職だったりハズレ能力だったりで無能扱いされる。そして実は超当たり職だったりするわけだが。どういうわけか俺は最初から当たり職だった。これが小説なら読者はガッカリするよな。


「このままだと多分というか絶対にろくな目にあわないよなぁ」


『まぁあの美貌なわけですし確実にそうでしょうねぇ』


 どうやら聖剣ちゃんも俺と同じ見解のようだ。やっぱりそうだよなぁ。

 実際、昼にヤンキー氏はそれを迫っていたわけだし。


 どうしたもんかね。


 下心ありと無駄に警戒させるのもなんだかなぁという感じだ。いっそ最初っから下心ありませんと宣言したほうがいいのか。いや逆に怪しいな。俺だったら信じない。


 陰キャオタクのだいたいが通る下心問題に頭を悩ませていると、部屋のドアをノックする音が耳に届いた。


「ちょっといいかな?」


 ドアを開けるとそこにはクラスメイトかつトップカースト陽キャオブ陽キャの天上院天下が輝かんばかりの笑顔を浮かべて立っていた。


 うわ。嫌な予感しかしねぇ。






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