2-③

「旧家の本家で、まあ次男だったんで跡継ぎとかは関係ないんだけど……。あ、だからって財産目当てなんて、絶対あり得ないです。多分彼女の結婚に当たって用意されてた持参金の方が、多いかもしれないし」


「持参金……って、いつの時代の話よ」


「まあ、遺産の生前分与、ってことですか」



 長老格のお祖母様が彼女のことを可愛がっていた。


 早くに二親亡くした不憫な孫娘に早く良い婿を、と、考えたのだ。



 莫大な持参金付きで。



 県会議員の息子で造り酒屋の御曹司、という一見良い縁談が持ち上がった。



 だがしかし。



「相手に問題ありで。興信所の調査報告しがてら、将来の約束をしました、と挨拶に行ってきたんで」


「興信所?」


「だって、たかが高校生のいうこと本気にしてもらえないし。あちらも議員なんかしてるくらいだから、色々気になるのか、彼女のこと調査してるから、逆手に取って、仲間になっていただきました」


「それ、違法とかにならないの?」


「彼女の調査は、きちんと行われましたよ。僕は彼女のバイト先の、単なるお得意様、ってなってましたが」


「それを知ってることが、違法な気が……」


「まあ、バレるようなポカはしてませんから」


「お得意様って、まさか水商売とか?」


「なわけないでしょう! 僕、高校生ですよ! ……角の本屋の店員です」


「ああ、あなた本の虫だものね……でも、依頼人のプライバシーは守秘義務、って、既に守ってないけど……。でも、交渉には使えないでしょう?」


「依頼人は父親の議員ですから。で改めて、彼女が相手の素行について調査依頼したわけ。自分の結婚のことだから、調べたっておかしくないでしょう? もっとも楽勝でしたよ。地元では真面目な働き者で通っていたみたいだけど、写真見ただけで、沢山張り付いていて」


「あれ、やったのね……」


「生きてる方がいたので、現場もすぐ押さえられましたね。所長にも気に入っていただいて、来月からとりあえずバイトに入ります。もっとも、調査費用分、しばらくタダ働きだけど」


「それは、まあ、バイトなら、高校行きながらでもできるわよね?」


「だから高校はどうでも……」


「ダメ。行けるんだったら行きなさい。将来、子供のために高校卒業できなかったって、その子に八つ当たりしない自信あるの? 子供のために何かをあきらめなきゃいけないにしても、努力は必要よ。

 子供とどちらかを選ばなきゃいけないんだったら、どちらかを選ぶのはかまわないけど。でも、できる限りの努力はしなさい。

 考えて、考えて、努力しまくって、それでも不可能だったら、それで最後に選んだのが子供なら、それは『子供のために』選んだんじゃなくて、『自分のために』選んだ結果だから」



 神妙に、瑛比古テルヒコさんは頷いた。



「それから、あなたさっきから『責任取って』って言ってるけど、……まあ、日本古来の言い回しというか、常套句だから、揚げ足取るのは何なんだけど」


「はあ」


「子供ができたから、責任取るの? それは、彼女でなくあなたが負う責任なの? だったら、その責任は、後見人である私と夫も負わなきゃいけないわ。十七歳の未成年を守ろうと思えば、大人の責任の取り方はいろいろあるのよ」



 それは、結婚という責任の取り方以外にも、結婚はせず、慰謝料を支払うという手段、とか、逆に未成年の瑛比古テルヒコさんを成人の美晴ミハルさんが誘惑した、と訴える、というパターンもある、っていう話だと、言外に告げる。



 今まで散々話をさせておいて、意地の悪い揚げ足取りである。


 けれど、曄古ヨウコさんがこんな聴き方をする時は、納得のできる答えが返ってくることを期待している時である。


 逆に言えば、もし納得のいかない答えを返そうものなら、決して許してくれないということを、瑛比古さんは知っていた。



「……彼女と結婚したいんです。二人で生きていきたいんです。おまけに、ラッキーにも早々子供にも恵まれたので、三人で生きていきたいんです! 家族になりたいんです! そのためには、必死で努力します! 結婚を認めてください!」


「良くできました」



 曄古ヨウコさんがにっこり笑い、瑛比古テルヒコさん、ほっと一息つく。


「まあ、あなたはそれでいいとして。そんなことしでかしておいて、あちらのお宅は気を悪くしたんじゃない? 子供まで出来ちゃって」


「大丈夫。僕、お祖母様の、戦地で亡くなった旦那様に似てるらしいよ。僕はそれほどではないと思ったけど」


「写真でも見せてもらったの?」


「もう、成仏されていて、お祖母様を守ってらした。あ、声は似ていたかもね。メッセージ伝えたら、とても喜ばれて」


「! ……話したの?」


「お祖母様だけにね。調査報告は普通の内容だよ。それに、こんなに早くひ孫の顔が見られるとは、って大喜びだって」


「あ、ひ孫は初なんだ、そりゃ喜ぶわね」


「ついでに過分な持参金は丁重にお断りしました。彼女自身、成人した時に両親の遺産は受け取っているしね。なので、他の親族方も文句ナシです。まあ、もう成人しているから、法律的には誰も反対できないしね。なので、彼女の方は大丈夫です」


「じゃあ、あとは私が夫を説得するだけね。仕方ない。頑張るわ」


「お願いします。住む家だけ保障してもらえれば、他の遺産については、後は時に叔母さんの裁量に任せます」



「ごめんなさいね。何年かかっても、必ず何とかするから。あ、高校卒業は交換条件で、絶対だからね」 


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