F16 - 雪の賢者の戦い(後)

 精霊長銃グートラントバライズ一斉射グラージュ


 号令と共に、私の周りに浮かぶ炎の長銃が一斉に火を噴く。精霊の力で作られた模倣品たちの威力は凄まじく、雪中に埋まっていたコアを見事にえぐり出した。


 現れたのは緑色の粘液に包まれた、人よりも巨大な目玉だった。気色が悪い。


 その瞳孔がぐるりと私を見上げ、捉える。


「ちっ!」


 怯んだその一瞬の隙に、不可視の触手に右足をつかまれる。私はマスケット銃に着剣すると、間髪入れずにその見えない触手を切り払う。これは厄介だ。しかし精霊の女王には動く様子はない。見物に回るつもりのようだ。


 雪の舞う空中を飛び回り、可視不可視の触手を切り払う。私の周囲を乱舞する炎の長銃たちが的確にコアを傷つけていく。


 だが、まずい。


 私は直感する。この腐った目玉は私の動きを学習している。ジリ貧だ。


 私は急降下で雪原に着地し、地面に掌を思い切り叩きつける。


 目玉の真下の地面が鋭く隆起して、目玉を完全に貫く。だが、終わらない。


 目玉はふわりと上空に逃げる。受けていた損傷も瞬く間に再生してしまう。


「参ったな……」


 必殺の一撃のつもりだったんだけど。


 私は上空から襲いかかる触手の群れをステップで回避し続ける。一発でもかすったら戦闘力を奪われる。地の精霊さんの障壁がなければ今頃穴だらけだっただろう。


一斉射グラージュ!」


 上空に向けて炎の弾丸が射出される。触手の動きは止まらない。どころか、目玉が高速移動を始める。目が回るほどの勢いで周囲を時計回りに回り始める目玉を前に、私は身動きが取れなくなる。


 しかし、この場にとどまるのも危険だ。無数のナイフのようなものが精霊の護りを削り倒そうとしてきている。飛べば高速回転する目玉と同じく回転している触手どもの餌食、とどまればナイフのようなもので遠からずして蜂の巣だ。精霊の女王はやはりただ静観している。こういう時、私には精霊さんたちの考えが理解できない。


 私はを倒さなくちゃならない。


 百年の約束を守ったあいつを、今度こそ倒さなくちゃならない。


 こんな前哨戦で倒されるわけにはいかない。


 私はマスケット銃を持つ手に力を込める。


「火の精霊さん!」


 私のマスケット銃が燃え上がる。上空の炎の長銃たちも、赤を通り越して金色に輝いた。


 目玉を狙い撃つチャンスは一度。


 偏差射撃の難度は極めて高い。


 狙いすまして引き金を引く。タイミングはベストだったはずだ。


 が、目玉はその瞬間に逆回転――反時計回りに機動を変えた。当然、偏差射撃は空振りだ。


「まずい」


 私は上に逃げようとした。目玉の回転半径が小さくなってきたからだ。


 だが、それは悪手だった。触手に絡め取られ、振り回され、思い切り地面に叩きつけられる。


「あうっ……!」


 息ができない。衝撃で身体が麻痺している。分厚く積もった新雪の上でなければ、私は今頃挽肉ひきにくになっていたかもしれない。しかも、足首は未だに触手に掴まれたまま。ピンチは去っていない。


 せめて触手を切れれば!


 朦朧とする頭で考える。


 風の精霊さん!


 意識を風に乗せるのと同時に、鋭く冷たい旋風が触手を切り裂いた。だがさらに三本、どろりとした触手が迫ってくる。その一方で、目玉の高速回転は止まっていた。もはや私は脅威とみなされていないということか。


 その時、私の身体が宙に浮いた。


「!?」


 さっきまで私が転がっていたあたりで、激しい雪煙が舞った。触手が叩きつけられたのだ。


「ルグレッド! どうして!?」

「ルーシェラがどうしてもって」


 ルグレッド――竜族の末裔ドラグニアの青年は私の体重をものともせずにその場から離脱する。離脱した先には別の二人の若者――今の私の仲間たちが待っていた。


「ルーシェラは!?」

「あそこに!」


 地面に下ろされるなり、私は振り返る。あばらが軋み、息が苦しい。しかし――。


「ウェラお姉ちゃん!」


 竜鱗の鎧を着けたルーシェラが声を張る。轟々たる風音にも負けない大音量だ。


「こいつはアタシが片付けるよ!」


 そしてルーシェラが手をかけたその剣は――。


「まさか、ガルンシュバーグを!?」

「今が、その時!」


 ルーシェラは黒髪を振り乱して、一切の迷いも見せずに魔剣ガルンシュバーグを抜き放った。


 閃光が全ての色を塗り潰す――。

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