素顔の私と写真の私
黒井羊太
「詐欺だ!」
「詐欺だ!」
またか、と溜息を吐いた。
男の子は去っていく。見慣れたものである。
私、
たまたま撮った写真が近所中の高校にばらまかれ、「あの高校に超可愛い子がいる!」と評判になり、見に来る連中が多いのである。
それだけならまあ、良いのである。
問題は実物を見た時の彼らのリアクションである。
「写真と違う」
そうなのだ。実物は大層ガッカリなのだ。自分でもレンズ越しに見た時と見比べて全くの別人なのだ。
良くある広告の『ビフォー・アフター』の写真並みに違うのだ。
写真の私はとっても美人で、キラキラしていて眩しくて。
実物の私はイマイチ冴えない普通のもっさい女の子。
どんな場面でどんな角度で、どんな風に撮っても写真の私は別人なのだ。
何故そうなったのかは分からない。だが、現実何度繰り返しても、どんなカメラで試してもそうなるのだ。
もう冒頭の様なリアクションは慣れた物だ。慣れたからって耐えられる訳ではないが。このままじゃ、まともに恋だって出来ない。
あ~あ、いっそどっかにレンズ越しでしか私を見ない男の子とかいないかなぁ。
「え~、転校生を紹介する。ちょっと人と違う風貌だが、君たちと何ら変わらない男の子だ。親切にしてやってくれ」
その日、急に転校生が紹介された。先生の変わった前置きに教室が少しざわついたが、本人が入ってきて一目で理解出来た。
中肉中背、取り立てて特徴の無い少年である。但し、両の目にはそれぞれ少し大きめのカメラレンズがはめ込まれていた。彼も緊張からか、教室中を落ち着かなそうに見回す。ピントを合わせる為にズームが音を立てて動いていた。
「
「あー。彼は事故で目を無くしてしまったが、代替技術の発達で……」
先生の話など、もう頭に入ってこなかった。ただ今、私の興味は一つしかなかった。
『彼には一体私がどう見えるのだろう!?』
八州は、教室で浮いていた。誰もが興味ありつつも、しかし誰も声を掛けられず、遠巻きに眺めていた。
八州の方も自分から声を掛けるには勇気が足りないらしく、席に着いたまままごまごとしていた。
やはり両目から生える二つのカメラレンズが原因だろう。動揺が露骨に目に出ていて、ピントを合わせようとレンズがキュインキュインと動いている。そのモーター音がまた、人を遠ざけてしまうのである。
彼の人柄などは関係ない。やはり異形なのである。この教室の中でも多少の顔形の違いや背格好の違いはあった。だがここまで形が違うと、若い生徒達には受け入れる事は難しいようだった。
しかし玉緒にはそんな事を気にしている余裕はなかった。いそいそと八州の背後から近寄っていき、周囲の空気などお構いなく声を掛けた。
「ねえねえ、八州君」
不意に声を掛けられ、ビクッと反応する八州。
振り返って、思ったよりも近かった玉緒にカメラレンズを前後させる。
「え? えぇと……」
「あ、私、須賀。そんな事より聞きたい事があるんだけど」
不躾な玉緒の言葉に、一瞬八州が、そして教室中が強ばった。
一体彼女は何を聞くつもりなのか。いや答えは分かりきっている。誰もが思うあの質問を、不躾にぶつけるつもりなのか……!?
全員が固唾を飲んで見守る中、玉緒は全く違う質問をぶつけた。
「私、綺麗!?」
世界中の音が消えた。何なら一瞬時間が止まったのではないかと思える程無音で、動きのない世界がそこにあった。
その緊張感の後、一斉に教室中が爆発音のような笑い声に包まれた。
「え? え?」
理解出来ないのは玉緒だけであった。
結局笑って笑って、それどころじゃなくなってその場は収まった。
八州からはどう見られるのか。玉緒はもやもやとしていた。
理屈の上では彼はレンズ越しに私を見ている。だがフィルムだとかを通して見ている訳ではない。その中間の存在からは、一体どう見えているのか。
もっさいのか、美人なのか。
「うぅ、気になるぅ!」
玉緒は頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。
その後八州は答えをはぐらかしたまま、逃げ回っている。
だが、あの大爆笑以後、他のクラスメート達とも何だかうち解けたようだ。それはホッとしている。
それはそうだ。八州だって普通の少年だ。きっかけがあれば、普通に話せる。ただそれだけだったんだ。
教室中が一つになった中、残った悩みは一つ。
玉緒は八州からどう見られるのか。だった。
クラスメートからは「どう見えるかなんて気にする事じゃないじゃない!」と言われてはいるが、気になるものは気になるのだ!
「にゃーー!!」
悲鳴は虚しく廊下に響き渡った。
放課後。
ようやく八州を追いつめた玉緒。廊下のどん詰まりを背にした八州の顔には、少しばかりの恐怖が見え隠れする。
「さあ……八州君……」
「な、な、なんだい?」
「私……綺麗!?」
「なんだってそんな都市伝説みたいな質問を僕にぶつけるんだい?」
言われてはたと玉緒は気が付いた。そういえばどこかが裂けてそうな女の定番のフレーズと同じ事を言っていた。
「だって、そんな目をしているから……」
玉緒の言葉に、八州の顔から表情が消える。
「面白半分と言う事? それは僕がこんな目をしているから?」
「? 八州君の目で私がどう見られるかを知りたいだけだけど? 何で面白半分?」
玉緒のキョトンとした顔に、八州は一瞬理解出来なかった。
お互いに何が問題なのか分からずにいると、玉緒はパンと手を叩いた。
「あぁ! そう言う事か!」
「何?」
「その目! 個性的で良いと思うよ! 素敵!」
「……えぇ?」
話について行けていない顔をする八州。しかし実際玉緒にとっては実際そういう認識であった。自分が容姿の関係で散々な目に遭わされているだけあって、そうした所で誰かを区別するようなマネは絶対にしたくなかったのだ。
「でね!? その目で私がどう見えるのかが気になるの!」
「どゆ事?」
八州は頭にクエスチョンを浮かべている。その事で、周辺が当然の事と知っている玉緒の事を知らない人間がここにいると初めて気付いたのだ。
「ごめん! 八州君はまだ私の事、良く知らないんだった! 実はね……!」
玉緒は自分の写真写りの事について、かくかくしかじかと事情を説明し、ようやく次第を理解してもらえた。
「そういう事情だったのか」
「そう言う事情だったの」
事情は飲み込めたものの、八州の目は相変わらずキュインキュインと忙しく動いていた。
「で、どう見えるの?」
「どうって……」
「どうどうどう?!」
ずずいと迫る玉緒。逃げる八州。八州の顔は真っ赤である。
「何で逃げるの!?」
「分かった! 言うからちょっと離れて!」
観念した八州が、溜息を一つ吐いてから言葉を紡ぐ。
「綺麗な人だなって……思ったよ……」
相変わらず顔は真っ赤である。
「うにゃ」
変な声が出る。こんな事を言われた事がない。
「あ、あ、でも私、実際はこんなもっさいし……写真と比べるとガッカリされるし……」
「知らないよ、そんなの。僕には綺麗な人にしか見えない」
途端、頭の中の何かが氷解した。
顔の美醜など、人の価値観によって異なるのは当然である。
他人の価値観に晒される機会が多すぎて分からなくなっていた。
『どう見えるかなんて気にする事じゃない』
ふとクラスメートの言葉が思い出される。
「で、本心を言わされた僕はこれからどうすればいいの?」
「えぇと……」
その後の事などまるで考えてはいなかった。そして今はそれどころじゃなかった。
自分の事を綺麗と言ってくれる初めての男子。この人を逃しては、私はきっと幸せになれないんじゃないか?でもお互いをあまり知らない訳だし、これから知っていけば
「好きです付き合ってください!」
気付けば告白していた。
それから順調に交際を重ね、今に至っている。
高校を卒業した玉緒は、写真専門のモデルを始めた。大体どこの現場に入っても、監督からはイヤな顔をされるが、いざ撮影が始まると夢中になって撮り始める。その様が何度見ても面白かった。
八州の方は、その後大学の工学科へ進み、義眼の研究を始めた。今後自分のような、好奇の目で晒される人が減るようにと。
それでも彼はその目を変える気はないのだという。
素顔の私と写真の私 黒井羊太 @kurohitsuji
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