13 ラビット・ラピッド・レベルアップ

 ――数日後。

 草原エリアにて、ウサギ達の猛攻がダメージエフェクトの赤い光としてプレイヤーの目に入る。


「お、見ろよ! マジであんな大量のシルバーラビット相手にしてるパーティーが居るぜ!」

「初心者ってのは運がないよなぁ。ビギナーズラック? そんなの都市伝説だっての。運悪く俺達に見つかっちまったんだ。不運以外に言葉があるかあ?」


 黒装束の男達がくつくつと笑う。

 彼らはプレイヤーキルを中心に活動するPK専門ギルド。

 卑怯にもそのやり方は、モンスターとの戦闘終了後の弱ったパーティーを襲うである。


 硬く素早いシルバーラビットは集団で行動し、敵がどれほど強大であろうと売られた喧嘩は買う脳筋ウサギだ。

 アイテムドロップすらないこのウサギを相手にするのは絵に描いたような初心者プレイヤーだけで、多くはスルーしていく。

 だからこそ、練習にちょうどいい。

 漁夫の利を狙ったプレイヤーが寄ってくるのだから。


「さあ、やるよ!」


 リリキルスは足を踏み鳴らす。

 アクティブスキル【エリア・ヒール】を発動させると淡くあたたかい緑色の光がリリキルスを中心に円を描いた。


「ピキィィィィ!」


 そこらじゅうで飛び跳ねるシルバーラビット。

 その硬さを活かした突進攻撃は弾丸のよう。

 まさに銀の弾丸だ。


「やるったってよ! 全然攻撃当たらねぇぞ!?」


 常に飛び跳ねているシルバーラビットはいつ突進してくるか分からず、タイミングを合わせるのが難しい。

 シュバルツの大振りな攻撃方法では軽々と跳び避けられてしまうのだ。

 そして、サクラも弓を構える暇すらなく逃げ回っている。


「というかこんな大量に相手にする必要あるぅ!?」

「相手は私達よりずっと人数が多い大規模ギルドだよ。これくらい対処しなきゃ!」

「それはそうだったわ~!!」


 逃げ惑うサクラのHPを回復させつつ、リリキルスはノスタにアイコンタクトで合図する。


「【クリティカライズ】!」

「シルバーラビットはクリティカル攻撃に弱い! 回避しながら攻撃して!」

「か、簡単に言うなよなー!?」


 だが、既にシュバルツは大振り攻撃のクセを直していた。

 大剣を引きずるようにして駆け、シルバーラビットが着地した瞬間を狙って斬り上げる。

 たとえタイミングがズレて跳んでしまっても、こうして下から攻撃すれば当たることに気付いたのだ。


「走りながらとか、きっつ……!」


 サクラは弓を構えつつ跳んでくるシルバーラビットを躱し、攻撃の嵐が止んだ一瞬を狙って矢を射る。


「私は攻撃できないんだから! ほらほら体を動かす!」

「り、リリのやつ急にSっ気が強くなってねぇか?!」

「そりゃヒーラーを盾にするからよ!」


 しかしリリキルスの鬱憤ばらしはこれで終わらない。

 真の目的は、影から様子を窺っている敵プレイヤーなのだから。


「で、でもすごいですよ皆さん! あれだけ居たシルバーラビットがもう残り八匹です!」


 ノスタが長剣でアルタイルを守りながら声を上げる。

 見立て通り、サクラもシュバルツも運動神経がいい。

 リリキルスがダンジョンで二人と戦った時からそれは分かっていた。

 このパーティーは、まだまだレベルアップ出来る。


「アルタイル!」

「えぇ、ここはひとつ、わたし達のプレイヤースキルがどれほど上がったか試してみましょうか」


 瞬間、茂みから盗賊風の男が飛び出してくる。

 例のPK専門ギルドだ。他にも数十人ほどわらわらと出てきた。


「おつ狩りサマァ~! 俺達のためにここで死んでくれやァ!」

「【ブレイズ・アロー】!」

「……は?」


 ドスッと、火矢が男のおでこを穿つ。


「お、おお……おんぎゃぁぁぁぁ!? 俺の髪がァァァァ!?」


 男の装備が燃え上がり、隠されていたアフロヘアーを大炎上させながらHPが尽きていった。


「あ、あれ……あたし今……」

「スゲェなサクラ。対応早すぎんだろ」

「なんかモッサリした人だったわね」


 これこそがリリキルスの狙い。

 の強化。


「さあ、PvPの時間だよ!」

「や、やべぇ! はめられた!」

「バカ逃げるな! ここで逃げたらまたあの女に笑われるっ! このまま帰れるかよ!」

「ちっくしょぉ……やるしかねぇのか!」


 黒装束のPKプレイヤー達は後退った足を戻す。


「あのヒーラーからやっちまおう! さっき攻撃が出来ねぇって自分で言ってたからなあ! 回復手段から潰すのはPKの基本だ!」


 そう思うだろう。誰だってそうだ。ヒーラーから始末すれば、あとは煮るなり焼くなり好きに出来る。

 剣士の男が接近し、リリキルスの前に踏み込んだ。


「そらよぉぉっ!」


 剣が振り下ろされ、リリキルスは右腕をスパッと、いとも容易く斬られてしまう。

 宙を舞う腕。散るエフェクト。笑う少女――……。

 斬ったはずの右腕が、その手を開いて男の顔面を掴んだ。


「むぐっ――――!?」

「私アンデッドなんだよね。だったらさぁ……腕の一本や二本、どうってことないわけだ!」

「なっ!?」


 シルバーラビットの猛攻をずっと受け続けてようやく理解した。

 リリキルスのエクストラスキル、その本質を。


「【ライフ・スティール】ッ!」


 相手のHPを吸収し、腕を回復。

 右腕が元通り繋がって、リリキルスは掴んでいた男の頭を地面に叩き付ける。


「私に攻撃力はない。でも、その他オブジェクトへの衝撃は当然っ」


 ウサギのように飛び上がり――


「ダメージあるんだなぁ!」


 男の頭を踏み付けた。


「今だ! 撃てぇ!」

「「【フレイム】!!」」


 後方に待機していた二人のプレイヤーが火球を放つ。

 味方ごと焼いてしまおうという魂胆らしい。


「……な、なんだこのヒーラーは……!? HPが全く減らん!」

「か、確実にダメージは入ってます! ただ、あいつのHPが多すぎる! それに加えてまだ範囲回復効果が残っています! 削っても削っても、すぐ回復されているんです!」

「ば、バカなことを言うな! こちらの火力が回復に負けるのか……!? 相手はレベル30かそこらの初心者だぞ! そんな回復力、あるはずない!」


 リリキルスは敵パーティーのリーダーと思わしき大男の前に堂々と立ちはだかる。


「初心者? さっきまで私達の戦闘を見ていたのに何も感じなかったの?」

「し、シルバーラビットを相手に苦戦していたな。あんなモンスターを相手にするバカはどこにも――」


 刹那、魔法職のプレイヤーが二つの矢に貫かれた。

 サクラの【ツイン・アローシェイプ】だ。

 さらに、残りの雑魚処理は任せろと言わんばかりにアルタイルが全剣を開放。

 宙へ放り投げたバックパックを破るようにして一斉射出させ、敵パーティーを壊滅状態に追い込んだ。


「行くぞノスタ!」

「はい! 準備は出来ています!」


 シュバルツの大剣に手を触れたノスタがMPを全消費させる。


「【アルケミー】!」

「ぶちかますぜ、超剣ッ!」


 ノスタの錬金術で巨大化させた大剣を振り上げたシュバルツは、敵リーダーの頭上目掛けてそれを振り落とした。


「【ギガントスラッシャー】ッ!!!」


 剣の重さを乗せた一撃は男の防御を打ち砕き、瞬く間に真っ二つ。

 地面すら、ズバンと割れていた。


「……あ、あんだけ居たのに、全滅させちまった。俺達がやったのか……?」

「さっき意気揚々とギガントスラッシャァァァしてたのに何言ってんだこいつ」

「おうリリ、お前もだいぶ言うようになったな?!」

「ヒーラーを盾にするってつまりこういうことだよ! 私も好きにやらせてもらうからね」

「まぁカタっ苦しいのは嫌いだし、そっちの方がいいけどよ。それにこうやって言い合えた方がぜってー楽しいしな」


 アルタイルとサクラが硬直する。

 その瞬間に、ノスタは「あぁ、いつものか」と言うようにクスリと笑った。


「「珍しくマトモなこと言ってる!!!」」

「さすがにお前ら俺をバカにしすぎだろ!?」


 サクラとアルタイルを追いかけ回すシュバルツ。

 そして自分を中心に回られ、あたふたとするノスタ。

 それぞれがプレイヤースキルを上げてレベルアップ出来た。

 まさかここまで効果があるとは思いもしなかったリリキルスは、多少、ほんの少しだけシルバーラビットサンドバッグに感謝しておく。


「じゃあ、次はエリアボス倒しに行こっか!」

「おお、いいですね! この調子でガンガン攻略してイベントに備えましょう!」

「アルタイルさん、武器の貯蔵は充分ですか?」

「大丈夫です。問題ありません!」

「おいおい、もうすぐ日が変わるぞ?」

「まさか今日ってオールなの? やっちゃうの?」


 ――やっちゃいました。


 と言っても、脳と接続するフルダイブ。

 睡魔への抵抗は難しく、寝落ちによる自動ログアウトが起動する。

 結局、二時過ぎまでDoFをプレイしたリリキルス達はその日、疲れからまるで死んだように眠るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る