哀愁漂う、君の横顔。

フミアキ

プロローグ




 村の木々に止まったひぐらしが、カナカナと鳴いている。

 夕日を直視し、柚木ゆきは思わず目を細める。いつものように聞いていたセミの鳴き声は、いつもより何倍も大きく鳴いているように聞こえた。

「はぁ、はぁ……」

 痛む腹を抑え、ありったけの力を振り絞り、柚木は後ろを振り返る。

 柚木の背後に立つ人物は、先程柚木の腹部に刺さった、血にまみれたナイフを手に握り、かすかに微笑ほほえんでいた。

「っ……なんで…———…」

 その人物はまわしい目で柚木を見つめ、血がべっとりとついて、ぬるぬるとしているその手で柚木のほおを優しくで、何かをつぶやいた。

 意識が朦朧もうろうとしている柚木ゆきには、何を呟いたのか、上手く理解することが出来なかった。

 振りかざされるナイフが、柚木の左胸に突き刺そうとしている。

 あぁ、うち、このまま死ぬんやろうか。

 柚木は抵抗できなかった。いや、抵抗しなかった。

 柚木は力が特段弱いわけでは無い。腹の傷が痛み、いつもより力が出るとは到底思わないが、抵抗しようと思えばできた。

 汗ばむ日差し、痛む片腹、親愛なるあなた。

 今までの楽しい思い出が柚木の脳裏をよぎる。

 情に厚い柚木は、今、自分の人生に幕を下ろそうとしている人物でさえ、傷つけることは出来なかった。

 柚木の左胸に、ナイフが突き刺さる。血飛沫ちしぶきい、激しい痛みが体を走る。声にならない悲鳴をあげる柚木をよそに、柚木にナイフを突き刺したこれから殺人犯となるであろう人物は、遠い目をし、夕日を見つめていた。哀愁あいしゅう漂う横顔に、柚木は思わず唾を飲み込む。

 最期さいごの力を振り絞り、柚木ゆきはポケットから携帯電話を取り出す。

 指紋でロックを解除し、メールアプリを開く。

 震える指で、キーボードを操作する。

 打ち終わった柚木は、一気に力が抜け、スマホを握る手がゆっくりと開く。


 2018/9/6 18:43

 宛先:親愛なるあなたへ

 Cc:

 Bcc:

 差出人:神堂柚木しんどうゆき

 件名:あなたは、あなただけはゆるさない

   私の人生を奪ったこと、絶対に赦さない














 女子高生殺人事件について

 第一発見者


「仕事から帰る途中で、車に乗っとったんです。そしたら柚木ちゃんが倒れとって…ほんま、ビックリしました。すっごい無惨な姿で…人生これからやって言うのに…ほんま、お気の毒やわぁ…

 え? 柚木ちゃん? 殺されるような子やなかったですよ…あたしらみたいな初老にも親切にしてくれるし。評判、よかったんですよ。…まぁでも、やしねぇ…

 とにかく、このあたりでは評判めちゃくちゃ良かったですよ。」


 神堂柚木の同級生


「割と、校内では人気な方やったと思います。綺麗な顔しとったし。けど、それに善がらず誰にでも平等に接してましたよ。めちゃくちゃ優しいって訳でもないんですけど、どこか魅力があったんです。多分、カリスマ性なんやと思います。みんな、彼女について行きました。特に誰かと関係が悪いとかは…聞いたことないですね。殺されるほど強い恨みを買うようなことも、自分が見とった範囲ではなかったと思います。少なくとも、では。早く、犯人見付かって欲しいです。」


 神堂柚木の幼なじみ

「柚木とは、生まれた時から一緒やったんです。母親同士が高校の同級生で、生まれの病院も一緒で。柚木は……ほんま、ええ子でした。笑顔がほんま愛くるしくて。そんなずっとニコニコしとる方でもなかったけど。しょうもない冗談にも付き合ってくれるし、いっつも一緒おってくれるし……あ…すいません…思い出したら涙出てきてもうた……とにかく、ではなかったと思うなぁ…」

                                  (取材:N新聞・門倉修かどくらおさむ














 二千十三年、九月二十日。

 二週間前に起きた、女子高生殺人事件の犯人が自殺した。

 自身の胸に、ナイフを突き立て、ベッドに横たわっているところを旅行帰りの両親が発見した。

 ナイフから犯人以外の指紋が出なかったため、警察は自殺と断定した。


「殺人を犯すのに、なにか理由が必要なのだろうか。

  強いて言うなら、柚木が好きだから。だから、悪く思わないで。」


 これは、女子高校生殺人事件の犯人が自殺前に残した、遺書だった。

 この遺書は、パソコンに残されていた。

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