なんともない日常

碧天

第1話 出逢い

雪が積もった日のことだった。

自分の住んでいた地域では雪がたまに降りこそすれど、積もることは滅多に無かった。だから、数か月後にはもう中学生になると言うのに親のロングコートを借りて年甲斐もなくはしゃいだ自分は、『非日常を目一杯楽しむ』という子供が持つ特権を行使したに過ぎないだろう。

ブーツなぞ小洒落た物は持っておらず、仕方なく履いてきたゴム長靴で、さくさくと雪を踏みしめる。その感触がなんとも心地よくて、足幅がついつい小幅になってしまう。一面の銀世界と澄み渡る青天井を視界の端に収めながら、無心で歩を進めていく。



(よし、まだ時間も早いし、今日は町を散策してみよう)



と心の中で独り言ち、小冒険へと出かける。軽い足取りで街中を闊歩かっぽする自分の口元は、きっと年相応に好奇をたたえていただろう。そうして白銀に染まった門並みの中目と足を回すこと二、三時間―――




◇ ◆ ◇




(やばい、迷ったかも)



途中から無心で進んできたため絶賛迷っていた。周りを見渡せば、いつもとは違う見慣れない景色。まあ幸い自販機で飲み物を買えるように百円玉を持ってきてる。いざとなったら十円に割って、そこら辺の公衆電話で家に電話かけるか。家の番号は...あれ、いくつだっけな。



「まあ今考えてもしょうがないか」



持ち前の楽観思考で不安を追いやり、周りを見渡す。車に乗って通りかかることはそれなりにあるが、一人では歩いたことがない場所。先週親の買い物について行った時の記憶ではここら辺には大きな公園が...



「あ、あった」



道を曲がってみると、ここらで一番大きい公園が見えてきた。大きな滑り台あった気がするからどのようになっているか見てみようと思い、公園に入って―――









―――そこにたたずんでいた少女に目を奪われた。









白皚皚はくがいがいとした景色の中に溶け込む白髪しらかみの少女。その腰まで伸びた長髪は、太陽の光を反射して銀色に輝いている。まるで精霊かの様な少女に見惚れること数秒、緩慢に覚醒した意識で声を掛け、短い沈黙は破られる。



「どうしたの?」



そう言うと、髪をなびかせながらこちらを振り向く少女。その目には驚きと戸惑いが色濃く映っていた。



「...雪が珍しく積もったから、散歩しようと思って」


「散歩か...俺と同じだね」



どうやらこの子も積雪を目に収めようとここに来たようだ。



「それなら一緒に遊ぼうよ!」


「えっ?」


「まずは雪合戦だ!」


「ち、ちょっと」



かくして雪合戦の火蓋が切って落とされた。初めは戸惑ってばかりだった少女も、だんだんと乗り気になっていき、三十分もすると二人一緒になって無我夢中で雪玉を投げ合っていた。



「次は雪だるま作ろう!」


「うん!」



すっかり仲良くなった少女と一緒に、雪玉をどんどん大きくしていく。ある程度大きくなったら上に重ね、そこら辺で拾った石や木の枝などで飾り付けをしていく。



「できた~!」


「できたね~」



疲れて地べたに倒れこむと、少女も隣に座り込んだ。



「名前何がいいかな?」


「う~ん、ゆきまるすいさんとか?」



そう話しながら空を見上げると雲は一つも架かっておらず、太陽が輝いている。だか如何せん冬なので、日光の温かみを感じることはなく依然寒いままだ。



「寒いし鬼ごっこしようよ」


「いいよ!」


「じゃあ俺が鬼やるよ!じゅー、きゅー」



数を数え始めると、少女は遊具のある方向に走っていく。その光景を眺めながらゼロを数えると、一目散に走りだす。



「あ、遊具の上!」


「ふふーん!」


「た、高い...」



近くに寄って少女を探すと、滑り台の屋根の上に登っており、ジャンプしてみても届かない。



「くっ、ほっ、はっ!」


「タッチしてみな...あっ」


「!!」



ピョンピョンと飛んでタッチしようと悪戦苦闘していると、どうやら屋根を掴んでいた手が疎かになっていたようで、少女は向こう側に滑り落ちてしまった。



「はぁっ!!」



足元の小さな遊具を避けて走り、何とか落ちてきた少女を抱き留める。そうして所謂お姫様抱っこの状態になり、今更ながら少女が小柄であることに気付く。



「ありがとう...力、強いんだね」


「う、うん。空手やってるから」



暫くの無言の間。黙って少女を抱いていると、腕の中でもぞもぞと身をよじる。



「あ、あの...そろそろ下ろしてもらっていい?」


「あっ!ご、ごめん!」



顔を茹ったように朱く染める少女から声を掛けられ、若干キョドりながら慌てて下ろす。



「....」


「....」



若干気まずくなりお互い黙り込んでいると...



「おーい!そろそろ帰ってこーい!」


「あ、お兄ちゃん....も、もう行かなきゃ」


「う、うん」



名残惜しくもお別れの時がやって来た。



「今日はありがとう。すごく楽しかった!」


「...私も、楽しかった」



後ろ髪を引かれながら、少女はお別れを告げる。遠ざかっていく少女に、お別れの言葉が足りない様な気がして、もう一言声を出す。



!」



振り返った少女も満面の笑みで応える。



「またね」



振り向きざまに靡いた髪は変わらず銀に煌めいていた―――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る