ジャンクホップ
里市
プロローグ
◆◇◆◇
ぷかぷか、ぷかぷか。
しゃぼん玉が浮かぶ。
隣に座る友達が、ストローに息を吹きかけて。
淡い虹色の玉が、ふわふわと揺蕩う。
幾つもの数が、綿毛のように宙を舞う。
薄汚れたシャッターを背にして。
コンクリートの段差に腰掛けて。
わたし達は、横並びにたそがれる。
夜明けの繁華街は、煤けた灰色に包まれていた。
わたし達以外、誰もいない。
『ニコちゃーん』
わたしは、あくび混じりに友達の名前を呼ぶ。
ぼんやりとしゃぼん玉を飛ばしていた“ニコ”ちゃんが、その動作を止める。
ピンク色に染まったセミロングの髪。幾つも開けられたピアス。真っ黒なパーカーと、右脚に刻まれた蛇のタトゥー。
彼女の鮮烈な出で立ちは、相も変わらずわたしの目に焼きつく。
『わたし達さぁ』
そうして、ぐったりと身体を傾けて。
飼い猫みたいに、ニコの肩に寄りかかる。
『どこに行くんだろうね』
漂うシャボン玉を、見つめた。
宛もなく、ふらふら、ぷかぷか。
わたし達の眼の前を、儚く彷徨って。
それから淡い泡は、ぱちんと弾けた。
『行けないっしょ、どこにも』
ニコちゃんは、微笑みながら答える。
何かにくたびれて、閉塞に満ちた瞳。
どうしようもない今を自嘲する、乾いた笑み。
きれいな顔立ちとは裏腹に。
その表情は、“諦め”に浸っている。
『だからあたし達、こんなことになってんだよ』
けれど、そんな横顔が。
何よりも、その娘らしかった。
仮に、世界のすべてが終わる時が来たとしても。
きっと同じように、彼女はこんな顔をするんだと思う。
『じゃ、ずっと一緒ってわけだぁ』
だからわたしも、同じように微笑む。
こうやって乾いていれば、いつまでも二人でいられるような気がしたから。
ぷかぷか、ぷかぷか。
しゃぼん玉が浮かぶ。
地に足付かず、這い回る。
ぷかぷか、ぷかぷか。
どこにも辿り着けず。
ぱちんと弾けていく。
ぷかぷか、ぷかぷか。
彷徨って、這いずって。
ぱちんと消えていく。
『てかニコちゃん』
『なに』
『しゃぼん玉のしゃぼんってなに?』
『知らんよ』
ぷかぷか、ぷかぷか。
揺蕩う泡沫(イギー・ポップ)。
まるで、星屑みたい。
『あ、スペイン語で石鹸って意味なんだって』
『最初からググれや』
ま、こういう日もあるのね。
◆
《感染爆発》
《東京都では少なくとも都民の一割に及ぶ可能性》
《今後も増え続けていく可能性が高いとの……》
《2023年3月1日》
《政府はこれらを》
《病原菌ではなく小型の寄生生物であり》
《宇宙から飛来したものとする公式見解を発表》
《未確認寄生型宇宙生物》
《細長い体躯、四肢はなく、蛇に酷似……》
《通称“まむし”》
《“まむし”について》
《極めて強い繁殖力》
《しかし生命力等は大変低く》
《人間に寄生しても大半は無症状との報告》
《体内の免疫機能によって死滅するケースが殆ど》
《後遺症等は現時点では研究中とのこと……》
◆◇◆◇
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