オーケストラ!



 ここ数年の新春映画が、とにかくつまらない。前はもっとサスペンスとかホラーとか、エンタメ性の強いのもやったのに。妙に感動作ばっかりで、ちっとも見る気がしない。もちろん、感動作のなかでも、ほんとにすごくいい作品に出会えることはあるわけだけど、中途半端なやつはクッソつまんない。試しに見ても、「なんだ。やっぱり、このていどか」で終わる話がほとんど。


 そのなかで、この作品は大当たりだった。二、三年……いや、四、五年前? に新春映画でやったやつ。

 題名や番組紹介見たときは、そこまで期待してなかったんだけど。ほかの映画をリアルタイムで見て、これは録画しといた。おかげで、おもしろすぎて、三、四回は見たよ。


 ネットでさっきチョロリと見たら、2009年のフランス映画だというから、僕がこれまでに書いたのにくらべたら、10年ばかり新しいw


 これはいわゆる、『ざまぁ』だ。異世界でもファンタジーでもないけど、これほど痛快にざまぁしてくれる作品はめったにない。


 冒頭は暗いふんいきで始まる。画面が重いし、文学系の感動物かなぁなんて思わせる出だし。


 主役のアンドレイ(名前はネットで調べてきた)は、ロシアのボリショイ劇団の清掃員をしている。だが、もともとはその劇団で天才と言われていた指揮者だった。三十年前のソ連時代に、ユダヤ人排斥運動に従わなかったため、地位を奪われ、今は冷遇されていた。そのときの大粛清で大勢の仲間楽師もみなクビになっている。


 彼は鬱々と不遇の時代を暮らしながらも、心のなかでは楽団で指揮をとる夢をすてきれないでいた。劇場の支配人に、なんとかもとの地位に戻してもらえるよう頼みこむも、「わかってるだろ? おまえさんはもう戻れないんだよ。それが上からのお達しなんだ」とすげなく断られる。いわゆる見せしめ人事。


 そんなある日、彼はたまたま支配人室で、流れてきたファックスに目を止める。ヨーロッパの地方劇場から、予定していた楽団が来られなくなったので、急きょ代理の出演を頼めないだろうか、という内容。


 アンドレイは支配人にそれとなく聞いてみるが、「そんなヒマあるかよ。こっちだってスケジュールがビッシリだ。あんな小さな劇場、相手にしてられない。もちろん断るさ」という返事。


 そこで、なんとかもとの地位に返り咲きたいアンドレイは画策する。支配人が断りのファックスを送った直後、部屋に忍びこみ、文面が送られる前にとりはらうと、承諾の返事を書いた偽の書面とさしかえる。


 そして、かつての仲間たちに連絡をとり、集めようとする。つまり、彼の計画はボリショイ劇団の名前を借りて、自分たちで演奏してやろうというもの。


 しかし、かつて一流の楽師だった彼らも、今は救急車の運転手だったり、八百屋だったり、高齢すぎて隠居生活だったり。楽器を質の抵当に入れてる者も。


 そんななか、アンドレイは仲間たちを鼓舞し、説得し、仲間内でカンパを集めて資金を作り、パスポートも人数ぶん偽造し、この計画をつらぬこうとする。


 腕前の落ちた彼らはヒドイものだが、アンドレイの情熱によって、しだいに一致団結していく。

 劇場からの嫌がらせは続き、アンドレイが勝手に承諾の返事を送ったことがバレそうになったりと、きわどい場面が続く。


 ソ連時代ほどではないのかもしれないけど、国外に旅行に行くとなると、そうとう厳しい条件があるらしい。


 なんとか全員がそろい、決行当日。支配人がついにアンドレイの策略に気づいた。バカなマネをするなと計画を阻止しようとする支配人を物置だかなんだかに閉じこめ、逃げるように旅立つアンドレイたち。ハラハラの国境。追いついてきて、止めようとする支配人。

 どうにかこうにか、ギリギリのところで全員が飛行機に乗った。


 そして劇場で演奏……のはずなんだけど、これも手違いで、公演期日が延期だかなんだか。ホテルが用意されたものの、演奏は翌日になってしまった。とにかく、老人たちの集まりだから、自由時間を得ると、飲むな、時間に遅れるなと言われていたにもかかわらず、やはり思ったとおり、朝になっても人がそろわない。道に迷ったり、なんなら演奏会そっちのけで働きだす者まで。全員がクセ強メンバー。演奏時間の夕方までに全員がそろわないとおしまいだ。資金なんてもともと大してないので、すでに底をついている。演奏会に成功することだけが、ゆいいつの生き残りの道だったのだ。


 どうにかこうにかメンバーをそろえ、演奏は成功した。評判も上々。今度はもっと大きな劇団でやらないかと誘いがあった。パリのオペラ座とかかな? ここが成功すれば、今度こそ、世界中に自分たちが認められるという大舞台だ。


 どうしてもピアニストだけがたりなくて、現地で募集する。やってきた若い女性の名前を聞いて、驚愕するアンドレイ。


 アンドレイには計画の最初の段階から、ずっと支えてくれた長年の親友がいた。楽師の一人としてついてきていた彼が、アンドレイに問いかける。


「おまえはいいのか? 〇〇(若いピアニスト)にほんとのことを言わなくて?」

「昔のことだ。今さら言われても、〇〇だって困るだろう」


 じつは、アンドレイにはかつて指揮者時代に恋人がいた。恋人は楽団のピアニストだったが、彼と音楽的な見解があわず、ヨーロッパに旅立ってしまった。そのとき、娘が一人いて(妊娠してたんだったか?)その娘こそ、〇〇だったのだ。


 〇〇自身もピアニストとしての将来性や、両親のことなどで悩んでいた。母はもう死んでたんだったかなぁ? 敏腕マネージャーみたいな女の人がいて、その売りこみかたに彼女は不満があった。ほんとは自分はこんなアイドルみたいな売りこみじゃなく、ちゃんと実力のあるクラシカルなピアニストとしてやっていきたいのに……。

 ただ、彼女の演奏は稚拙で情感に乏しいとか、うまいけど安定性に欠けるとかの欠点があった。母にこれだけはやるなと禁じられてたんだったか?


 このへんからのそれぞれの心理描写が細やかなんだけど、例のごとく、こまかいことは忘れてるので、いろいろ行き違いがあったあげく、父娘の誤解はとける、と。抱きあい、涙を流す二人。両親は愛しあい、音楽で結ばれていたと知った娘はピアニストとして大きく成長をとげる。


 そして、いよいよ大舞台の日。

 この場面、ほんとに感動します。映画としてかなりの長尺をこの舞台にさいている。圧巻の演奏が続く。指揮棒をふるアンドレイと、それに応える仲間たち。問題児だった老人たちも、まるで別人のように素晴らしい演奏をする。娘のソロパートなんかもあった。何より、アンドレイがめちゃくちゃカッコいい。イケおじ。マエストロってこんなにカッコいいんだ!


 数々の苦難を乗り越えて、ここまでにこぎつけた彼らに拍手を送りたくなります。胸の奥がジーンと熱くなる場面なので、ぜひみてほしい。


 もちろん、劇場は拍手かっさい。総立ちのスタンディングオベーション。

 これこそ、かつてのボリショイの正当な後継者だ。ボリショイがかつての輝きをとりもどしたと、絶賛される彼ら。


 それからはヨーロッパ中をまわるツアー。画面ではマップ上にイラストの飛行機があちこち移動する演出。その合間に成功した彼らのようすがカット割りで入る。忙しくてしかたないくらいのスケジュール。


 あるとき、どこかの空港で、大元のボリショイ劇団を従え、地方公演にやってきた支配人と鉢合わせ。と言っても、空港なので、異なる棟でガラスごしの対面。


 おいこら、アンドレイ、きさま、よくもーって感じで憤激する支配人に対して、中指を立ててみせるアンドレイ。おれたちはもっと大きな公演会場にこれから行くんだぜい、と。


 彼らの快進撃は続く。



 そういう終わりでした。

 不遇の天才って悲しいですよね。才能があって、それをやりたくてしかたないのに不条理に禁じられて、その力を発揮する場を奪われる。ニジンスキーとかね。


 でも、この作品はそうやって弾圧された人が自身の力で、小さな反撃から始まり、仲間と団結して、かつての地位をとりもどす。それどころか、もっと大きな成功をおさめる。心のふるえる『ざまぁ』作品です。こんなにスカッとする作品はなかなかないですよ。


 ラノベが書きたいからと言って、ラノベばっかり読むんじゃなく、広くいろんな作品にふれることで育まれる感性もある、と僕は思いますね。

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