第四世界 数奇なフリージア第九話
…ただ、手足が言うことを聞かなかった。それほどに、目の前にいる存在が…怖かった。
目の前にあの少女が現れた時、あの少女と目が合った様な気がした。
そこから一瞬だった。全身の血の気が引き、手足の震えが止まらなくなった。
初めは気のせいだとか、相手の能力だ、とか思っていた。…でも今は分かる。これは、僕がただ臆病なだけだ。
…思えば、僕が今まで戦ってきて殺意を向けられたことなど一度もなかった。姫野だって、グリアだって、シキさんだって。…アルマに関しては僕を敵だと認識していなかったから、殺意を向けられなかった。
そう思うと少し前にアルマに言われたことが頭をよぎった。
ははっ…アルマの言う通りだ。シキさんに、グリアに教わって一つの
…僕は特別な人だと。ただの凡人の癖に。
だから、ただ殺意を向けられただけでガタガタ震える木偶坊になるんだ。
誰もお前になんか期待しな…
「行けるよね、レン。」
言葉を失った。それ以上に、ただ感情が溢れ出た。
何で…何でこの人は…そんな目僕を見るんだ。…ただ自分を特別だと思ってるだけの凡人に、敵を前に震えることしかできない木偶に…
僕が期待していない僕に、何でそんな目で見てくるんだ。
溢れる思いを押し込め、空を見上げた。
…この人に、こんな人に期待されたんだ。応えるしかないだろ。
「はい!」
この時、不思議と踏み出す足は軽かった。
真幌たちと合流して作戦を聞き、大きく深呼吸した。
「…いけます。」
「ありがとう。じゃあ、始めるよ。」
そういいながら大量の分身を出して少女を撹乱し、シキさんと享楽で糸を払いながら進んでいった。
そして僕は、少女の死角をつくように進みながら、弓を出してトリスタンに声をかけていた。
「トリスタン、力を貸してくれないか?」
「(どうしたの?急に。もう十分貸してると思うけど。)」
弓を眺めながら答えた。
「…うん。十分貸してもらってるよ。これは僕が弱いから必要なんだ。弱くて、凡人で、何にもできなくて。」
それでも弓を握りしめトリスタンに伝えたい。
「…それでも、こんな僕に、期待してくれる人がいるんだ。だから力を貸してくれないか?」
・・・・・・
「(僕の能力、人に使わせたことが何度かあったんだ。」
結果を聞こうとしたが、トリスタンの表情で大体察しがついた。
「…誰も使えなかったよ。それだけ僕の能力は特異なんだ。一朝一夕で使えるものじゃない。さらに、ぶっつけ本番で。)」
少しトリスタンが沈黙した。
「(貸してもいいけど…)」
「外したら没収、でしょ?」
少しトリスタンが笑った気がした。
「(使いこなしてくれよ、僕の能力を。)」
真幌が今だ!と地面に止まっていた破壊された分身の炎を集め、少女を覆った。
それと同時にシキさんが飛び出ていた糸を纏めて鎖で地面に繋いだ。
そしてさらに、ガラ空きの少女に向かって享楽が仕掛けた。
「『瓦解』!!」
瞬間、糸のバリアに少し隙間が空いた。
しかし、享楽の攻撃の勢いのせいで纏めていた鎖が外れ、無数の糸が周囲を暴れ回ってしまった。
「ふぅー。」
トリスタン、またの名を必中の騎士。
…本来、弓使いの二つ名は名手や恐怖、最恐や悪魔、そういうものがつけられる。そんな中、なぜトリスタンだけが必中の名を与えられているか、それはトリスタンの能力の特異性に由来する。
弓矢というのは基本、真っ直ぐにしか飛ばない。だから盾や遮蔽物で身を隠せば当たらない。まぁ、とても当たり前のことだ。
けれど、ここから説明しなければならない。なぜなら、トリスタンの放つ矢は曲がる。正確には空間を自由に反射して直角に曲がる。
それが意味する事は、盾、遮蔽物の後ろ、建物の中、…それら全てトリスタンの射程圏内という事。
…だから人々は畏怖と敬意を示しこう呼んだ。
『
弓を構えている時、妙に頭が冴えていた。初めてその能力に触るのに、まるで生まれた時からそばにあったかように。
「『ディフィニティ・ウル』」
放たれた矢は無数の糸を前に、まるで生きている蛇の様に糸を直角に曲がって避け、少女のバリアの隙間に入り背中の出糸突起を撃ち抜いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます