流れゆく あの日の夏

甘月鈴音

第1話 帰ろう

 ひゅっと空に花火が打ち上げられた。天に見事な花が開き、ぱっと儚く消え失せる。

 人生もそんな物なのかもしれない。

 真夏の夜。テレビニュースでの縁日の光景をぼんやりと眺めていた杉田すぎためぐみ24歳は、ビールを片手にひとり寂しく、ふけっていた。くびぐびと進むビールが、やけに苦く、心にじんわりと染み渡る。

「嫌になる」

 闇に心を住みつからてしまったかのように、何も考えたくもないし、何もしたくもない。


──私はいったい何をやっているんだろうか。

 崩した体操座りに、凭れ掛かるようにベッドに頭を乗せる。

 私の人生は燃え尽きた花火のように散ってしまった。

 なんのこともない、ただ挫折しただけ。

 はぁっと大きなため息を吐き、塩まみれのピーナツを、ちまちまと口に運び酒のつまみとした。


──いつからこうなってしまったのだろうか。

 幼い頃は夢や希望だらけだったのに。

 近所の古びた神社があった。密基地だとか言って大人に怒られながらも、駆け回ったあの頃。毎日が無敵で、とても煌めいた日々だったような気がする。


「兎追いしかの山 

 小鮒つりし かの川

 夢は今も めぐりて

 忘れがたき 故郷」


 唐突に頭に浮かんだ童謡を口走り──ふと

『めぐ』

 そう私を呼ぶ、おじいちゃんの顔が浮かんだ。

 真っ白の頭に、三日月の様な細い目、白いお髭がつり上がり、太陽のように笑う祖父。

『じいちゃんは、いつだって、めぐの味方だ』

 祖父の口癖だった。


 私は飲みかけのビールをちゃぶ台に置いて口の端だけで笑った。

「おじいちゃん、元気にしてるかな」


 ドーン。

 小さなテレビのスクリーンに幾つかの花火があがっている。

「実家に帰ってみようかな」

 どうにも懐かしくなり、私は次の日の朝、実家に帰ることにした。


◇◇◇◇


「──のぞみ213号、新大阪行、まもなく電車が参ります。危険ですので白線の内側まで、お下がり下さい」

 駅のホームに汽笛が鳴り響く。

『ちょっと恵。今から帰るって、聞いてないわよ』

「だから、今、電話してるじゃん」

『仕事はどうしたのよ』

「辞めたから」

『えっ! なによそれ。お母さん聞いてないわよ。まったく、あんたは、いつもいつも、そうやって』

「兎に角、新幹線来たから切るね」

『めぐ……』


 母の言葉を遮るように私はスマホの通話ボタンを切った。うっとするような熱風が通り過ぎ、私のボブカットの髪が靡いた。新幹線が目の前を走り、所定の位置で停止したのだ。

 ドアが開き、ぞろぞろと人々が新幹線の中に入って行く。私は、祖父の好きな東京バナナを持ち、中に入る。


 ふいにサラリーマンの男性の持っていた新聞紙が私の肩に当たり、男性は「すみません」と疲れた様子で言った。私は「いえ」と言って気にせず、チケットを確認しながら座席に座った。

「JR東海道新幹線をご利用いただきありがとうございます」

 機内のアナウンスを聞きながら、来る途中で買ったコンビニの玉子サンドとたらこのおにぎりを出し、無言で齧る。


 車窓から町並みが見えた。

 大きな入道雲が遠くに見える。それらが、あっと言う間に流れていく。

 その移ろいに、私は何故か上京してきたことのことを思い出していた。


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