第8話 父は死にました
いえ、幸い存命なのですが。私の知る父が死んだと表現した方が正しいのだと思います。
おれごんがオレゴンに行っているあいだに、実家では大事件が巻き起こっていたらしく。父が脳梗塞で倒れていたのです。
その事実はおれごん一家には渡米中ずっと伏せられ、帰国してから開示されたのでした。その気遣いはなによりありがたく、おかげでみんなが健康でいるものと、のほほんと過ごしました。
帰ってきてびっくり、おじさん(血縁の叔父、あるいは伯父のことで、年齢的にはおじいさん)たちはのほほん中に幾人も亡くなっており、父はといえば脳梗塞で。
男の人って、女の人と比べて早いですよ、それこそバッタバッタと。なにか行動を起こすつもりがある方はお早めに。
父の変化に驚いています。彼は昔から口が悪く、金づかいが荒い面もありましたが、あんなに分別があり、あんなに人のために行動しても見返りを求めなかったような人が。
脳梗塞をさかいに、一触即発の怒りの権化になり果ててしまいました。まるで別人のよう。もともと自他に厳しい人物でしたからそれが加速して、まったく何もかもを許せない性格に変貌してしまったようです。
決して善人ではなかったけれど、尊敬できる人物ではなかったけれど、よい親ではなかったけれど、あんなでも父でした。胸は張れなくとも、人様に紹介はできる父でした。でも今はそうですらなくて。
性格変化は脳梗塞の隠れた症例のひとつなんだとか。調べて納得、しかし大いに落胆。
同居家族は困り果てています。お察ししやすぜ、アレを毎日ですから……。
あれだけド派手に怒り散らしておいて、それで自分自身が正常であると認識しているのがもう危ない。一刻も早く自動車の運転免許を返納してほしいレベル。なにかドでかい間違いが起きる前に早く。
しかし満足に歩けないからこそ足としての自動車は必要で。また返納を勧めたら勧めたで怒り狂うのでしょうが。
渡米している間に変質したので、前後しか知らないおれごんにとって今の父は別人です。再会までに6年ほど年齢を重ねたため、まるで実在しない父の兄のような存在。
ですから以前の父にはもう会えないのだなと感じ、かつての彼は死んでしまったのだなとひとりで結論を出しました。
彼のぜんぶを受け入れて共に生活せねばならない同居家族には頭が下がります。離れて暮らす子供の私より、同居する孫たちの方がよほど柔軟に対処できている印象すらあり。
同居とは、いっしょに生きるとはそういうことなのかなと、勝手に腑に落ちています。
同居家族にとって、脳梗塞から生還した彼は変わらず同一人物なのでしょうか。それとも私と同じか。
聞けはしませんよ、当然。
5年生存率は意外にも高くないんだそうです。かなり再発しやすい病気とのことで。
1回目で運動機能を損なっており、頑固なうえ若くないため生活の改善は難しく、2回目もおそらくそう遠くない未来に。
最初は生きてさえいてくれたらいいと感じましたが、正直に言ってしまえば今はむしろ。
人は美しいままに死んでくれないんですね。多くの人は周りにある程度の迷惑をかけつつ、醜態を晒してから去る。かならず誰かしらの手をわずらわせないと、現代日本では死ねませんから。
怒りを失ってしまったおれごんと、憤怒の塊となった父。足して2で割れば真人間が2人できますのに、人間とはかくも繊細にできているのですね。
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