第25話 対魔法少女用魔物第一号

 魔物少女が十代半ばごろの容姿とあって、ソルグランドの心中には暴力をふるうことに対する躊躇が無かったと言えば嘘になる。

 だが、視界に入る前から感じられる人間とは異なるプラーナの質、血の代わりにプラーナを噴き出しながら、海へと落ちて行く魔法少女達の姿を見れば、躊躇をはるかに凌駕する怒りと戦意が生まれる。


 魔物少女がソルグランドを真似るようにたどたどしく言葉を操った事実にも、ソルグランドは関心も興味も寄せず、これまで通り人類の天敵である魔物として処する決意を岩のように固める。

 魔物少女は指先を濡らすジェノルインの黄金のプラーナを振り払うと、黒く染まった目玉からソルグランドへ視線を注ぎ、それ以外への注意をまるで払っていないように見える。

 先に戦っていた四名の魔法少女にダメージを与え、すぐには戦闘に復帰しないと判断しているか、ソルグランドのみに専念するべきと判断しているのだろう。


 魔物少女は自身にまるで消耗がないのを確認し、自らの存在理由を全うするべく、機械的に淡々と、しかし凶暴な肉食獣のように猛々しく、眼前のソルグランドへと襲い掛かる。

 稲妻と見まごう神速の襲撃だったが、これを見落とすような中途半端な性能のソルグランドではない。

 須佐之男命、建御雷神、経津主神、建御名方神、八幡神等々、日本国内において広く知られた、あるいは忘れ去られた、知られてさえいない無名の神まで含め、軍神達の芸術的戦闘技巧と信者まで含めた者達の経験値がソルグランドに宿っているのだから。


 魔物少女がスカートの裾をふわりとはためかせ、ソルグランドの胴体を両断するべく放った左回し蹴りをソルグランドの右手が強かに打ち払う。

 喉を狙った右貫き手、右肩の付け根を斬り落とそうとした左手刀の流れるようなコンビネーションも、ソルグランドの左右の手があっさりと打ち払った。

 両者の四肢が衝突するたびに数万トン、あるいは十万トンにも達するパワーが行き場を失くして、周囲の大気とプラーナを震わせる。


 魔物少女は四肢を用いた連続攻撃でソルグランドの注意を引き寄せながら、自分の体を遮蔽物として、ソルグランドの視界の外から尻尾を用いた奇襲を仕掛けた。

 尻尾の背ビレは既に光を発しており、先端から発せられるプラーナブレードの長さは八百メートルを超えている。もしソルグランドが単純に後方に飛び退くだけなら、そのまま両断する腹積もりであろう。


 魔物少女の背中越しに襲い来る尻尾の斬撃に対し、ソルグランドは分かり切っていたという表情のまま、それこそ草原の花を摘むようにしてあっさりとプラーナブレードを摘まみ止める。

 流石に指先にプラーナを集中して、魔物少女のプラーナに指が焼かれぬように処置を施してあるが、それにしてもにわかには信じがたい神業だった。


「おい、まだウォーミングアップは必要か? 俺に負けてからアレをしておけばよかったとか、こうすればよかったとか、後悔しないように全力を出し切れ。なにもかも絞り出して、その全てをぶち壊して、言い訳の余地のない敗北をくれてやる」


 常にない厳しい言葉がソルグランドの桜の花びらのように可憐な唇から零れ落ち、その山脈を思わせる胸元で揺れていた鏡が太陽を思わせる輝きを発する。

 魔法名──とソルグランドは勘違いしている──を破棄した上での、『破断の鏡』の発動である。一メートルと離れていない距離から発射された百を超える光線は、容赦なく魔物少女の華奢な体と返り血のような模様のついたドレスを貫いて、空の彼方まで伸びて行く。


 穴だらけの無残な魔物少女の死体は、しかし、出来上がらなかった。『破断の鏡』によって穴だらけにはなったが、その直後にジェノルインの砲撃を凌いだ時と同じように、肉体をプラーナ化させて、無効化したのだ。

 魔物少女は黒い霧のような形態のままソルグランドを通過して、その背後で実体化する。

 鋭い爪を備えた両腕は背中へ、尻尾は弧を描いてソルグランドの腹部を狙って突き込む、という前後から串刺しにするオマケつきだ。

 そのままソルグランドの壮麗な装束と肢体を貫く手応えを、魔物少女は味わえなかった。

 彼女の両手も尻尾もソルグランドがその場に残した残像のみを貫き、完全に空を切ったから。


「陽炎って知っているか? 蜃気楼でもいいが、ソレさ」


 ソルグランドの声は魔物少女の背後から、彼女の耳に届いた。

 魔物少女は振り返るよりも両手を突き出した勢いを利用し、そのまま前方へ跳躍することでソルグランドの一撃を回避しようと試みた。

 その直後、彼女の背中に経験したことの無い凄まじい衝撃が襲い掛かり、そのまま体を大きく仰け反らせたまま吹き飛んで行く。


 吹き飛んだ魔物少女が空中で姿勢を立て直し、足からプラーナを放出して空中でブレーキをかけてこちらを振り返るのを、ソルグランドは冷徹な瞳で見ていた。

 二級の魔物程度なら一撃で粉砕する前蹴りを叩き込んだ姿勢から、ゆっくりと足を戻して、魔物少女にほとんどダメージが入っていないのを認める。


(こりゃあ、この前の準特級より身体能力で言えば確実に上か。燦達に合わせて能力を使っていたところを踏まえると、俺用にもいくつか能力を持ってきているのは間違いない。

 闘津禍剣なんかを使った剣術、破断の鏡を用いた光線系、破殺禍仁勾玉でのオールレンジ攻撃が俺の主な攻撃パターンだが、どこまで有効な対抗手段を用意できているのか、今後の為にも調べておく必要があるか?)


 目の前の魔法少女はおそらく対魔法少女用の魔物だろう。目の前の個体を撃破したとしても、今後、同じように魔法少女に似せた個体が連続して出現する可能性が高い。

 敵対勢力の有する強力な兵器に対抗する為、同じ土俵に立つのは人類がこれまで幾度となく繰り返してきた手法だ。魔物か、あるいはその背後に居る者達が同じ手をとらないと考えるのは楽観的過ぎるだろう。


「空を奔り、魔を穿て 『破殺禍仁勾玉』」


 ソルグランドにとっては、スタンダードな首飾りの勾玉によるオールレンジ攻撃だ。首飾りを構成する勾玉がひとつずつ分離し、高速で回転しながらそれぞれ別の軌道を描いて魔物少女へと襲い掛かる。

 ジグザグと直線的な軌道を描くもの、柔らかな曲線を描くもの、直線と曲線を組み合わせたもの、と不規則な動きだけでなく速度も異なる勾玉全てを見切るのは、決して簡単な話ではない。


「ララララ!!」


 魔物少女の喉から澄んだ歌声のような鳴き声が発せられると、全身から黒い霧が噴き出して、周囲の空間をたちまちの内に黒く染めて行く。

 周囲百メートルを埋め尽くす黒い霧に勾玉が侵入した瞬間、動きが顕著に鈍ったのをソルグランドは把握する。


「ふむ。ジャミングの原因物質がアレか。台風と同じ範囲に目に見えないくらい小さなアレを流布して、今は目に見えるくらい濃度を高めて放出しているってとこだな。無線誘導に対して通信妨害を図るのは、定石かね」


 ソルグランドの心中では、これまで荒廃した無我身図書館や市内の無人と化した書店などで読み漁ったバトル漫画やライトノベル、伝奇小説で登場した数々の戦闘や能力が蘇っては消えていた。

 人類の想像力の豊かさと情熱は、魔物の脅威にさらされるこの世界でも決して絶えることはなく、大量のサブカルチャーの結晶達がソルグランドと彼女をバックアップする神々にバリエーション豊かな戦闘技術や概念を伝えている。


 そうしたデータとソルグランドの機能を照合し、魔物が執る可能性の高い対抗手段を検索・分析し、対抗手段への対抗手段を分析・検討・模索しながら戦っているわけだ。

 魔物側の技術力と発想はどんなものかと、今後出現するだろう第二、第三の魔物少女を見据えて、あえて様子見をしながら戦うソルグランドの眼前で、ジャミングの次の手が打たれる。


「ユ!」


 魔物少女の指先がバクリと割れると、鮫か猛獣を思わせる牙の生え並ぶ口となる。

 魔物少女は割れた指先を動きの鈍っている勾玉へと向け、一斉に指先の奥から黒いプラーナの弾丸を発射した。

 毎分千二百発の速度で連射される銃弾は動きが鈍り、精々亜音速にまで速度を落としていた勾玉を次々と撃ち落として見せた。

 神の手によって造り出された勾玉ゆえ、それでも砕かれることはなかったが、勢いを失った勾玉達は糸の切れた人形のように海へと落下してゆく。


「それならこいつはどうだ。二回しか使ったことはないが……日輪に飲まれろ、破断の鏡・日光退崩にっこうたいほう!」


 勾玉無しでもソルグランドの胸の前に浮遊している破断の鏡へと日光が収束し、圧縮・増幅されることで、焦点温度一千万度以上の超高熱を持つ太陽光の砲撃と化して放たれる!

 かつては直径三キロメートル越えのスライム系魔物を蒸発させた砲撃を、黒い霧──ミストジャマーの中から魔物少女は迎え撃った。


「ギィギ!!」


 腰を直角に近い角度で曲げた魔物少女の背中越しに尻尾が延び、その先端がソルグランドへと向けられて、指先と同じように尻尾の先端が開かれる。指先との違いは十文字に開かれて、さながら花弁のようであること。

 ただし花びらにしては縁に沿って牙が生え並んでおり、あまりに凶悪すぎてこの世ならざる魔性の花のものとしか思えない。


 そうして魔物少女の尻尾が咲かせた魔性の花びらからは、『日光退崩』と同等以上のプラーナの奔流が放たれた!

 小細工無し、真っ向からぶつかり合う二つのエネルギーは押しつ押されつの拮抗状態を作り出し、ソルグランドの降臨によって凪いだ海と静まった大気に再び波乱を齎す。


 世界のトップランカー同士の戦いを想起させる激闘の余波に、体勢を立て直して海面に立っていたソルブレイズは両手で顔を庇いながら、まだ余裕を残す二名の戦いから目を離せずにいた。

 ソルグランドと両面両儀童子の戦いも凄まじかったが、魔物少女との戦いはそれを上回る圧倒的な力のぶつかり合いだ。さしものソルブレイズも割って入る隙をまるで見つけられずにいる。


「こちらでしたか、ソルブレイズさん」


「コクウさん?」


 ソルブレイズの鼓膜を揺さぶったのは、背後から掛けられたコクウもとい夜羽音の声だった。振り返ってみれば、そこには黒い鳥居とそこから伸びる注連縄で円を作り、その内側にザンアキュート、ワンダーアイズ、ジェノルインを保護している夜羽音の姿があった。

 彼自身は鳥居の下で番人のように佇んでいる。

 見失っていた仲間三人のとりあえず無事な姿を確認して、ソルブレイズは安堵からほんの少しだけ緊張の糸を緩めて、夜羽音へと近づき、恐る恐る結界の中へと足を踏み入れる。

 この結界は、夜羽音の羽色と同じ黒い鳥居と注連縄で簡易的に作り上げた神域である。ある程度ならば夜羽音の思い通りに物理法則を変えられる特別な場所だ。


「三人とも、無事……ですか?」


 ソルブレイズの安否を問う声に、ジェノルインが真っ先に応じた。魔物少女の貫き手で貫かれた胸の傷を両手で圧迫して、プラーナの流出を少しでも抑え込もうとしている。


「ええ。とりあえず魔法少女への変身も維持できているし、傷も少しずつだけれど塞がってきているわ。私よりも……」


 ジェノルインは言葉を濁しながら、ワンダーアイズへと視線を向ける。固有魔法の要である二つの眼球を斬り裂かれた結果、ある意味で一番深刻な事態に陥っているのはワンダーアイズだ。

 ワンダーアイズ当人は両方の手のひらを目に当てて、一秒でも早く傷が塞がるようにプラーナ操作に神経を注いでいる。

 そんな状態でもソルブレイズからの案じる視線は感じ取ったのか、わざわざ口を開くという無駄をする。やはり、彼女は面倒見がよいという評判通りの性格に間違いは無さそうだ。


「こういう時は魔法少女の体に痛覚を抑制する機能が付いていて、よかったと思うぜ。生身だったら痛みで気絶していたかもしれねえからな。ま、その分、瀕死の重傷だろうと戦えちまうわけだがよ。

 とりあえず視力を戻すのに十分、そこから固有魔法を使えるように調整するので更に七分ってところか」


 冷静に自分の状況を分析しているように見えるワンダーアイズを、神域を疑似展開している夜羽音が嗜める。ワンダーアイズも彼にとっては愛する日本の子に他ならない。


「強がりはよくありませんよ、ワンダーアイズさん。その予測は魔法少女の肉体に相当な無理を強いた上での時間でしょう? 今回の戦闘が終わった後、半月は魔法少女の体が使い物にならなくなるのでは?」


「ち、ご明察で……。しかし、アレを放置したら半月後にゃ日本列島に生きている人間は一人も居ねえだろう? だったら今が無理のし時だぜ」


 ワンダーアイズの意見もまた一つの正論だった。魔物少女が魔法少女に特化した魔物だとしても、その戦闘能力を発揮すれば日本列島を蹂躙するのに半月は長すぎるくらいだろう。

 そしてまた青い血ならぬプラーナの零れる傷口を押さえるザンアキュートも、顔色をより白く変えながら衰えない闘志を言葉に乗せる。


「ワンダーアイズさんの言うとおりです。魔法少女をしていれば無理と無茶をしなければならない時は、必ず来るもの。そして今がまさにその時に他なりません。少なくとも私は魔物を討つ一振りの刀として、身命を賭して使命を果たす覚悟です」


「見事な覚悟です。まだ二十歳にもならぬ貴方達にそのような覚悟を固めさせてしまったのを、私を含め多くの者達は恥じ入るばかりですが……。

 しかし、まだ皆さんが無理をする場面ではありませんよ。ソルグランドさんは肉体もそうですが、中身の方も大変、お強い方ですから。たとえあの魔法少女型の魔物がソルグランドさんを倒す為に作られた特注だとしてもね」

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