第19話 魔■少女

 ようやく涙の止まったザンアキュートは赤く泣きはらした目元をそのままに、恥じらいの笑みを浮かべた。同年代の男子達がたちまち心を奪われる魅力に満ち溢れている。

 いくら女神と崇拝する相手とはいえ、自分の弱さも思いも願いも、全てを吐き出してしまったのは、まったく予定にない事だった。


 ソルグランドが支部を訪れていると知らされて、大急ぎで戻ってきたのもソルグランド本人とまた会える、会いたい! という思いで頭がいっぱいになって、それだけを考えた結果である。

 そもそも会ってなにを話そう、なにをしよう、という考えがなかったので、予定外もなにもないのは、内緒の話である。


「なんだか、とても恥ずかしいところを見せてしまって……ああ、恥ずかしい」


「恥ずかしがるほどでもないだろ。君の場合は、なまじランキングが高いから他の魔法少女に相談しにくいだろうし、身内相手だって相談するのが難しい内容だしな。

 俺みたいな半分部外者の年長者がちょうどよかったと思うがね。君以外にも同じように悩んでいる子が居るなら、相談相手になってやりたいところだ。俺は君らの為に戦っているからな」


「私だけを助けてくれる女神様で居て欲しいですけど、それはワガママすぎますね」


「君専用ってわけには、な。他の魔法少女がピンチなのを見捨てたら、それはもう俺じゃない。ソルグランドじゃないよ」


 はい、とザンアキュートは素直に頷き、残念に思う気持ちを小さな溜息に込めて外へと吐き出した。とりあえずは応急措置だが、この場での気持ちの切り替えは出来る。


「皆を守る魔法少女を守ってくれる方が居る。それだけで私はとても安心できます。ええ、安心して戦える。ふふ、ソルグランド様は魔法少女を守る魔法少女なのですね」


 図らずも真上大我がソルグランドとなるのを受け入れた大きな理由を、ザンアキュートは言い当てたのだった。もちろん、孫娘の燦を助けてやりたいという思いが最大の理由だが、それに次ぐ大きな理由であるのは間違いない。

 大我はザンアキュートのなにげない言葉に、柔らかな笑みを浮かべて頷き返す。大我のような例外を除いて、魔法少女の正体である少女達は本来、庇護されているべき未成年の子供なのだ。

 その子供の強力な守りてとなれる力を得た以上、大我はその力を魔法少女達の為に振るうのに、なんの躊躇も迷いもない。


「おうよ。それが俺の戦う理由だからな。体が一つしかないから、日本中の魔法少女を同時に助けられないのが悩みなんだよなあ」


「それは流石に贅沢すぎる悩みでは? 私が言っても説得力はありませんが、貴女に守られてばかりの私達だけではありません。本当に自分の力だけではどうしようもない子達だけを、どうか助けてください」


 憧れ、焦がれ、心酔した相手に恥も外聞もない姿を見せた結果なのか、ザンアキュートは意外なほど素直な態度で応じている。

 大我としては別に不審な態度ではないが、先日の秘密のお茶会での様子を知っている燦は、先ほどの泣きじゃくっていた姿も相まって、彼女に対する印象の移り変わりに目を白黒させていた。

 とても口を挟む余裕は無さそうだ。


「そうするよ。俺もまだまだだからな。これからもっと色々と出来るようにならないと、願いを叶えられそうになくてな。ハードルが高いもんで参るぜ」


「ソルグランド様でもまだ力が足りていないとお考えなのですね」


「そりゃあ、魔法少女を助けるだけじゃなくって、出来るもんなら魔物を根絶したいからな。やっぱり問題は根本から解決しないといけないだろ?」


「それは、世界中の魔法少女が思っているでしょうけれど、でも地震や台風が起きないようにするというのと同じ話ですから……」


 半世紀以上に渡って地球全土、地球人類を襲う魔物は今では天災の一種として認識されており、ザンアキュートの語る通り地震や台風と同列に語られる。

 都市人口の制限と人口密集地の分散も、魔法少女による魔物討伐もすべては魔物という災害に対する対処療法に留まるのが現実だ。もちろん、フェアリヘイムも地球各国も魔物の発生を防ぐ方法を日夜模索し、研究しているが、残念ながら結実には至っていない。


「だからって諦めるわけにいかないだろ? 幸い頼りになる相談相手も居るし、俺なりに何とかできないか探っていくさ。ザンアキュート、ソルブレイズ、君ら二人が魔法少女として戦わなくていいようにな」


 大我の燦を見る瞳にザンアキュートに対するよりもいくばくか慈しみの光が強く宿っていたが、彼を責めることは出来まい。

 大我と視線の合った燦が、ここでようやく口を開いた。ここまで魔法少女を守ることに拘るその理由を、知りたくなったのだ。


「あの! ソルグランドさんはどうしてそこまで私達を守る事に拘るんですか? ソルグランドさんも魔法少女なら、私達とそんなに年は離れていないはずですよね?

 高校生かそれでも大学生くらいの筈。あ、で、でも、あの、いきなりプライベートな部分を聞いてしまってごめんなさい」


 現役の魔法少女で最年長者は三十路を超えているが、それは他に例のない唯一の逸材で、過去に彼女ほど長く魔法少女を続けられた少女は居ない。

 魔法少女システムの不安定な部分によって発生した例外であり、ソルグランドがその二番目の例かもしれない可能性は、燦やザンアキュートのみならず日本政府もフェアリヘイムも考慮しているだろう。

 実際はそれどころではなく、大我のような高齢の男性でも魔法少女化できる技術があると発覚したなら、それもまた大問題に発展するのは確実だ。


「正確な年齢は答えられないが、ま、君らより年上なのは確かさ。少しの差でも自分の方が年上だったら、守らなきゃ、しっかりしなきゃって思うモンさ。話せない事ばかりでごめんな?

 今回の話し合いでこれまでよりも綿密に連絡を取って、協力できるような体制作りを約束したから、これからはもっと君達の力になれる。それで、許してくれ」


「ソルグランド様が居てくれる。私達を助けてくれる誰かが居る。それだけで私達にとって、どれだけ救いになることか。それに少しの謎は魅力を増すエッセンスになります」


「私はむしろソルグランドさんを助けられるくらい、強い魔法少女になって見せます。そしていつか、ソルグランドさんの本当の名前を教えてもらうのを目標の一つにして、これから

戦い続けますよ!」


 ソルグランドの本当の名前云々の箇所でザンアキュートの右眉が上に、左眉が下に動いて、はあ? と言わんばかりの意思表示をしたが、燦に悪意がないのは確かであるからザンアキュートはすぐに澄ました顔に戻る。素晴らしい切り替えの早さだ。


「はは、まあ、二人とも怪我をしない程度に頑張れ。命を粗末にするなよ。どんなに強い魔物が出てきても、諦めずに粘っていれば必ず俺が駆けつける」


 凛として断じる大我にザンアキュートがまた蕩けた顔になり、ソルブレイズは自分も負けまいと決意を新たにしたようだった。そこに話を終えたか、あるいは様子を見守っていたかしていた夜羽音が素知らぬ顔でやってきた。

 ほぼ定位置となった大我の左肩に止まった夜羽音は、ザンアキュートの赤い目元に少しだけ視線を向けるが、特に言及はしない。


「ご歓談中失礼します。お待たせしました、ソルグランドさん」


「お疲れ様です。実りのある話になりましたか?」


「ええ。ほどほどの緊張感を維持しながらそこそこの信用は得られた、といった具合ですかね。これからの我々の活動と日本国の魔法少女との連携が円滑に行くのは確かです」


「それが肝心なところですから、大きな収穫ですよ。通信手段も得られましたし」


 更には報酬を得られて合法的に買い物もできるようになったのも、地味に大きな変化だ。

 とはいえこの姿で買い物に行こうものなら、目立って仕方のないケモ耳巫女姿なので、光学迷彩の応用で姿を偽るか、恥を忍んで堂々と買いに行くか悩ましいところだ。


「では今日の用事はもう済みましたし、帰るといたしましょう。ザンアキュートさん、ソルブレイズさん、今後もソルグランドさんと仲良くしてくださいね」


 二人が揃って、はい、と返事をしてくれたものだから、夜羽音はデフォルメした鴉姿なので少しわかりづらいが、にっこりと笑ったらしい。

 ザンアキュートと燦にエレベーターホールで別れを告げた大我達は、エレベーターの中で鏡を用いた空間転移を行い、支部から姿を消し、少しばかり支部の人々を驚かす置き土産を残していった。

 いつもの無我身神社へと帰還した大我は孫娘の窮地を救ってから、今度は日本政府との会見の連続に、多少の気疲れを感じながら境内にあるチェアに腰を下ろす。


「はあ、なんだか疲れたな」


 クーラーボックスに入れておいた瓶を手に取って、一口。元々はお神酒の瓶だが、今は手水場の水が入れられている。


「大我さんにとっては慣れぬ場でしたかな?」


 妖精のフリを止めて、本来の八咫烏の姿へ戻った夜羽音がテーブルの上から、からかい混じりの口調で大我に話しかけた。

 そんな夜羽音に対して大我はじとっとした瞳を向ける。相手は真正の日本の神であるが、多少の慣れが彼にそんな態度を取る余裕を与えていた。


「それは否定しませんが、あの生塩さんとモモット君を相手にもっと上手く話すこともできたのに。彼らの警戒と不審を自分に集めるよう仕向けておられたでしょう?」


「彼らからの信用と信頼は貴方に寄せられるのが最善ですから。あまり私達、この場合は八百万の神々ですね。私達とフェアリヘイムや現世の人々があまり近づきすぎて、技術協力など求められても困ります。それは大我さんもお分かりでしょう?」


「俺のように七十近い男性の老人でも、あらかじめ器を用意しておけば、強力な魔法少女として戦力化できる技術。今になっても世界中のどの国も実用化できていない技術の成功例が、このソルグランドという俺なわけですからね」


「モモット君達も生塩君達もソルグランドの正体は普通の少女だと、まだ思っていますよ。

 それと器の能力を大きく下げて、神々の権能を除去し、水準以上の能力を持った魔法少女程度に抑えれば、数を揃える難易度は下がります。理論上、量産化できなくもない、といったところですかね」


「マジですか。それを正直に伝えると、歯がゆい思いをしている自衛隊の人達とか、世界中の軍人達が老若男女、どれだけ魔法少女化の道を選ぶか分かりませんね。

 そうなれば魔物との戦いは大きく前進します。いくら人間が神に縋る時代に逆行させない為とはいえ、ここまで有用な技術を伝えないのは、どうにも歯がゆく感じられます」


「大我さんの憤りはごもっともです。ただ、我々の技術による戦闘用の器を作成するには、妖精達とも異なる特殊な技術が必要ですし、それは魂にも触れる領域です。この技術の流出が齎す被害は、魔物災害による被害を超えると我々は判断しています。

 人間の人間による人間に対する虐殺を、我々の齎した技術によって加速させるわけにはいきますまい。

 そうして未来で魔物災害が大したものではなくなったとして、次は魔法少女化技術の普及により、兵器化した魔法少女とその技術を用いた戦争の時代に移行するでしょう」


 近代国家ですら破滅する魔物災害という人類共通の災害を前にして、この半世紀以上、国家間の大きな戦争は発生していない。

 魔物の被害により政情が不安定となり、そこから内紛に発生したケースはあるが、皮肉にも魔物によって戦争が抑止されているのがこの世界だった。


「だからあなた方は妖精達からも、人間の国家からも、ほどほどに疑われて、警戒されている状況を維持したいという話でしたね。

 彼らの勘違いを修正しないのもそれが理由なのは、頭では分かっているんです。……しつこくて申し訳ないんですが、渡せる技術はなにもないので?」


 大我は自分でも未練がましいと思いながら、人間でも扱える技術が少しもないのかと、夜羽音に問いかけるが神の鳥の答えは残酷であった。


「今のところはありません。我々の間でも渡していい技術の選定と供与を前提とした技術開発について、議論してはいるのです。下手に技術を供与して、世界規模で生贄めいた人体実験が活発化されては、笑い話にもなりません」


「そうそう都合よく話は転がりませんか。まあ、誰でも魔法少女になれるようになっても、魔物を根絶できるわけでもないし、発生のメカニズムの解明とその抑止の方がよりよい解決方法なのは確かだと分かっちゃいますが……」


「お気持ちはよく分かります。ただ私達も日本国に限らず外つ国も含めて調べて回っておりますが、そろそろ実を結びそうな研究も散見されております。ともすれば、魔物との戦いに大きな変化が起きるやもしれません」


 夜羽音の言葉は人類側の戦力の増加を示唆するもので、詳しく聞く前から大我は光明が差し込んだ気分であった。

 だが世界がそう都合よく行くのならば、そもそも魔物が誕生して地球規模での災害となりはしなかったろう。


 まるで魔法祖父ソルグランドという圧倒的薬効に対し、魔物という病原菌が対抗しようと進化したかのように、粘度の高い極彩色の液体で満たされたような空間で、ソレは生まれた。

 白でも黒でもない灰色の肌。ガラス片のように鋭い牙の生え並ぶ口。大きな目は黒く染まり、瞳は真っ赤な満月のよう。

 肌と同じ灰色の髪が腰裏に届くほど長く、両側頭部からは捩じれた赤い角が伸び、角と同じ赤色の甲殻に包まれた尻尾が生えていた。


 か細い四肢はそれぞれ肘と膝から先は青黒く染まって、指先はそれ自体が凶器のような鋭さ。これでは触れるものすべてを傷つけずにはおられまい。

 淡いパステルカラーの衣装は可愛らしいデザインだが、ところどころに血のような赤色が滲んでいて、どこか不吉な印象を見る者に与えるだろう。

 後に『魔物少女』と呼ばれ、極めて強大な脅威として人類と妖精達に恐怖を与える存在、その始まりの個体が産声を上げたのを、この時、人間も妖精も神々もまだ知らなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る