第9話 秘密のお茶会

 夜羽音と行動を共にするようになってから数日。今日も今日とて出現した魔物を討滅し、窮地に陥っていた魔法少女を救って神社に帰ってきたところ、ソルグランドこと真上大我は秀麗を極めた形の眉を寄せて、出撃する前にはなかったはずの物体を見つめる。

 社に上がる為の階段の上に野菜や果物、乾物、生魚、餅に塩、水に酒、米……と定番のお供え物がズラズラと並んでいたからだ。


「なんじゃこりゃ?」


 もし害のあるものならば夜羽音から警告があるが、大我の右肩にとまっている夜羽音は特に騒がしくする様子はなく、代わりにお供え物がなんなのかを大我に説明してくれた。


「あれらは人々の貴方への感謝の気持ちですよ。それを八百万の神々が受け取り、変換したものになります。古式ゆかしい品揃えになった件については、なにとぞご容赦を。現代に至るまで、この国の人々が伝統を固く守ってくださった結果ですので」


「つまり自分達に捧げられたお供え物に変換することは出来ても、それ以外は難しいってことですね。確かにステーキやビール、洋菓子にワインを神前のお供え物にはしませんわな。

 それでもこれはありがたい。魔法少女の子達に奢ってもらってばかりというのは、気が引けて仕方がなかったところです。調理はしても構わんのでしょう?」


「ええ。大我さんは料理の心得がおありなのですか?」


 こちらの顔を覗き込みながら尋ねてくる夜羽音に、大我は肩を竦めながら答えた。


「そこまで凝ったものは作れませんよ。若いころに自炊していた時期がありまして、独身男の料理程度のものなら作れるってだけです。それでも文明的なことが出来て、食生活が豊かになるってのは、いいもんです」


「それは良かった。他にも手はあったのですが、現世に影響を与えない方法としては、こちらが手っ取り早かったのです。

 貴方にはウケモチ様、オオゲツヒメ様の権能が含まれておりますから、慣れれば自力で食材を出せるようになるでしょう。そうすれば、こういった形での食材提供は必要なくなりますね」


 ウケモチ、オオゲツヒメ、共に体の穴から穀物や魚、肉を始めとした食材を出す女神である。日本書紀、古事記でそれぞれ語られる神だが、食材の出し方に対して腹を立てた神によって殺害される点も共通している。

 ウケモチはツクヨミ、オオゲツヒメはスサノオによって殺害されているのだが、いわゆる日本三貴神の内の二柱に殺害されるとは、なんとも不憫な女神と言えよう。まあ、鼻や口、尻の穴から出てきた食材に抵抗を覚えるのは確かであるのだけれども。


「神々の権能、か。いや、考えてみれば戦い以外に活かせる権能の方が多いわけですね。古来、日本人だけに限らず世界中の人々は、あらゆる自然現象と自分達の行いに神を見出してきたんだから」


 いかにも真面目くさった顔で語る大我だったが、彼の思考はお供え物を使ってどんな料理を作ろうか、とそんな考えで埋め尽くされていた。

 おおよそ大我の心の内を見抜いている夜羽音は、そんな大我を咎めるでもなく静かな瞳で見守っていた。大我に委ねた魔法少女の救済という大役に対し、あまりに小さな報いだとそう嘆いているのかもしれない。



 大我が食材ゲットに喜びの声を上げていたころ、魔法少女姿のザンアキュートは他の魔法少女達からの招待を受けて、フェアリヘイム内にある魔法少女専用のリゾートホテルに足を運んでいた。

 魔法少女並び地球各国と交流する為の都市、デルランドである。

 空中に渡された光学映像の道路、継ぎ目のない滑らかな構造材で建てられたビル群をはじめとした建築物の数々、人間相手に規格を合わせて全てが作られている為、思ったほどメルヘンチックではないと印象を抱くのが、初めてこのデルランドを訪れた者達の共通点だ。


 自分の魔法やボードや絨毯、円盤に乗って空を飛ぶ妖精達の合間を縫って、ザンアキュートが足を運んだのは、デルランドの中心街に聳え立つ百階建てのホテル『フェイロット』。

 戦闘訓練を受けたプロの兵士である妖精達と魔法で作られた人形達が警備する中、VIP待遇で迎えられたザンアキュートは、既に円卓について卓上を埋め尽くすお菓子を楽しんでいる招待主達に、いかにも義務的な挨拶をする。


「ザンアキュート、お呼びと聞き、まかり越しました」


 どこの王宮かと思うような豪奢な部屋の中で、ザンアキュートを待っていたのは三名。いずれもJMGランキングで十位以内に名を連ねる、日本魔法少女の切り札達である。

 高位の魔物に対して単独で対抗できる数少ない逸材である為、温存されがちな彼女達が直接顔を揃える機会は滅多にない。

 半年に一度、定期的な会合を行っているが、今回は緊急の招集であり、ザンアキュートを含め四名も顔を出しているのはむしろ集まった方だろう。


「お久しぶりですね、ザンアキュートさん。ご活躍はいつも耳に届いていますよ」


 ティーカップをソーサーに戻しながら、穏やかな声音と眼差しをザンアキュートへと向けたのは、ランキング二位のジェノルイン。

 黄金に輝くロングヘアーを大きな三つ編みにして垂らし、聖母を思わせる笑みを浮かべるその姿は、日本の魔法少女の中で指折りの実力者とは信じがたい包容力と慈愛に満ちていた。

 当然、ザンアキュートと同じく魔法少女としての姿に変身していて、薄い水色と白色の二色をメインにしたドレス姿の上から、桜や牡丹などの花を柄にあしらった打掛を着た和洋折衷のデザインだ。


「アンタが一番最後だぜ? 指定した時間の五分前だから、そこまで口煩くは言わねえけどよ」


 続いたのはやや行儀悪くテーブルに頬杖をついて、供されたコーヒーとお菓子に手を付けた様子のないランキング六位、ワンダーアイズ。

 百九十センチ近い長身の持ち主だが、真っ赤な半袖の水干やショートパンツから伸びる四肢はか細く、些細なことで簡単に骨が折れてしまいそうな危うさがある。

 紫色の癖っ毛に気だるげな金色の瞳、右耳と下唇をつなぐチェーンとピアスなど魔法少女というワードからなかなか連想し難い容姿だが、紛れもない日本の魔法少女の上澄み中の上澄みだ。


「こんにちは! 初めまして、ですよね? ザンアキュートさん」


 そして最後に元気よくザンアキュートに挨拶をした少女の姿を、もし大我が見たなら驚きの声を上げたに違いない。なぜならそこに居たのは魔法少女ソルブレイズ──すなわち彼の孫娘、真上燦に他ならなかったのだから。

 ランキング十位、ソルブレイズ。魔法少女として正式に登録され、活動を開始してから瞬く間にランキングを上げ、その戦果と潜在能力、現状の戦闘能力を考慮した結果、第十位に名を連ねた新進気鋭の逸材である。


「初めまして、ソルブレイズさんね。貴方の事は妖精達から聞いています。こうして無事に会えてよかった」


「私もテレビでザンアキュートさんの活躍を見ていました。本物に会えて、とっても嬉しいです!」


 いかにもミーハーなソルブレイズのセリフだが、彼女の輝かんばかりの笑顔に嘘偽りは見つけられず、ザンアキュートは素直に受け取る。それからランキングに応じて割り振られている席へと向かい、腰を下ろす。

 この会合は魔法少女のみが出席を許されると取り決められており、パートナー妖精であっても参加する魔法少女達全員の認可が下りないと、同席を許されない。


 その為、給仕する者もいないのだが、椅子に腰かけたザンアキュートの目の前に、ひとりでに浮かび上がったティーポットとカップ、ソーサーが見えない手で運ばれるよう用意され、傾いたティーポットからは日本製の茶葉で淹れられた紅茶が注がれる。

 海外の産地は魔物の襲撃によって大きな打撃を受けている為、嗜好品の多くが自国生産に切り替えられて久しい。

 角砂糖一つが自ら紅茶に飛び込んでくるのを待ってから、ザンアキュートはティーカップを手に取った。

 現在、国内で得られる高級品を堪能できるのは魔法少女の特権の一つであり、命を危機にさらしながら戦う彼女らへの対価の一つだ。


「では今回の『秘密のお茶会シークレットティーパーティー』は、この四人での開催となります。皆さん、魔法少女とプライベートで忙しい中、足を運んでくださってありがとうございます。ホストとしてお礼を申し上げます」


 魔法少女が実戦投入されるようになった初期の頃は、生き残れたことを喜ぶささやかなものだった。

 それが徐々に政府のバックアップ体制が整い、フェアリヘイム側との技術交流が盛んになるにつれて、お茶会の規模と主旨は変わってゆき、いつからは『秘密のお茶会』と呼ばれるようになった。


 今となっては政府と妖精の目と耳を気にせずに、魔法少女のトップランカー達が公私の話をする特別な場となっている。

 これまでのトップランカー達の何人かは安直な名前を変えたら? とは思っているが、わざわざ口にするほどでもないかと思い直して、変わらずに今に至る。


 背筋をピンと伸ばすソルブレイズは初めての参加に緊張しつつ、気合が空回りしているようにも見える。

 ザンアキュートは有望な新人をちらりと観察しながら、自分より上位のランカー達を一瞥してゆく。果たしてこの二人がソルグランド派かどうか? それを判断する為の些細な切っ掛けがあればと思うからだ。


(どちらもそう簡単に内心を表には出さないか……)


 ザンアキュートはティーカップをソーサーに戻し、ジェノルインの言葉を待つ。

 よく秘密のお茶会を開催し、他の魔法少女との交流を好む彼女が取り扱う話題は、今回、事前に知らされていなかった。

 トップランカーの仲間入りを果たしたソルブレイズの紹介と言うのなら、もう少し人を集めるかリモート参加を促すだろう。

 これまでは事情を知らない学友とは出来ない世間話や愚痴、遭遇した強力な魔物との戦いにおける感想や攻略法の検討など、有益無益こもごもの話をしてきたが、ザンアキュートの勘はいつもとは少しだけジェノルインの雰囲気が違うと囁いている。


「んで、ホストの挨拶が済んだところで、主題に入ろーぜ。ソルブレイズの正式な紹介はまた後でする予定なんだろ? 初めての挨拶の相手がこんだけじゃ寂しい、アンタならそう考えるからな。その上で新人含めて俺らを集めたんなら、急ぎの話ってこったろ」


 頬杖を止めて背もたれに体重を預けるワンダーアイズの言葉に、ジェノルインは表情を変えずに頷き返す。頭の回転が速く、察しの良いワンダーアイズは話を進めるのに、いつも手を貸してくれている。本人が意図しているかどうかはまた別として。

 ソルブレイズはというと、どんな話がされるのかとますます緊張を深めているようだ。それでも浮かべている人懐っこい笑みはそのままだが、なんとも初心な反応だ。


 魔法少女として命の危機を感じながら戦い続けていると、正常な感覚がガリガリと削られて、攻撃的になるなり厭世的になるなど、人格にも悪影響が出るものだが、ソルブレイズはまだそんな傾向は見られない。

 いつまでそのままでいられるのか? 昔のままではいられなかったザンアキュート達としては、どうしても気がかりであり、行く末を案じずにはいられない。彼女達自身もまた未成年の身だというのに。


「今回、『秘密のお茶会』を催したのは、改めてこの魔法少女、旧コードネーム『ヒノカミヒメ』、自称『ソルグランド』について情報共有を行う為よ。既に特災省と妖精達から情報が伝わっていると思うけれど、改めて、ね?」


 我が女神の名前が出たところで、咄嗟に目を細めそうになるのをザンアキュートは堪えなければならなかった。

 余談だが、アワバリィプールが徳島グルメをご馳走して以降、ソルグランド派ではかの女神にどんな捧げものをするべきか、秘かに熱を上げて議論が交わされている。

 マジポイントの譲渡や現金の献上も検討されたが、ソルグランドがマジポイントを使えない疑惑が濃厚であり、また買い物ができない可能性も考慮され、却下されている。

 ソルグランドの情報がまるでない、という点においてはソルグランド派の彼女達も政府や妖精と同じだ。


「噂で聞きました。本名もスカウトした妖精も、何もかもが謎の、だけどものすごく強くって、日本中あちこちで魔法少女を助けている人ですよね?」


 まだ新人のソルブレイズにもソルグランドの情報は回っていた。その正体が実の祖父とも知らず。


「ええ、そのソルグランドで合っているわ。初めて彼女の活動が認められてから、今日までで彼女が討伐した魔物は確認できているだけでも、群体型を除いても百を超えている。

 いずれも対応に当たった魔法少女が苦戦していたか、あるいは到着前に先んじて討伐していたのが確認されているわ。

 そして政府とフェアリヘイムの調査にもかかわらず、彼女の謎は一向に解明されていない。これは逆説的にフェアリヘイムの関与していない形で、彼女が魔法少女になったのを証明しているとも言える」


「だがよ、対魔物以外にも兵器として優秀な魔法少女を、フェアリヘイム抜きで実用化しようなんてのは、とっくの昔に、世界中あちこちで研究されてきただろ?

 そんで、フェアリヘイムがそれを防ぐ為に徹底的なブラックボックス化とセキュリティを敷いて、それを突破できずにいる。プラーナを使った魔物用兵器の開発は逆に推奨してっけどよ。

 日本だけじゃねえ。アメリカ、中国、ロシア、イギリス、ドイツ、フランス……それ以外のどの国も出来てねえことを、どこの誰がやれんだ? 謎の秘密結社ってオチかよ」


「可能性を潰していって、それしか残っていないのなら、認めがたくても認める他ないわ。ただ、彼女が魔法少女の味方であるのは間違いない。ササヤイターやマジチャンでも、ソルグランドは話題になっているけれど、私も彼女とは友好的な接触を第一にと考えているわ」


 ほほう、八十点といったところですね、とザンアキュートは内心でジェノルインの発言に点数を付ける。ソルグランド派あるいはソルグランド教教祖たるザンアキュートとしては、皮肉にも日本のトップランカー達は最大の警戒対象となっていた。


「ただ、素性不明という点以外にも、問題がないわけではないのだけれど」


 ほう? と剣呑な声が漏れ出るのを、ザンアキュートはかろうじて防ぐことに成功する。

 次に出てくるジェノルインの言葉次第では、ザンアキュートが危険なアクションを起こすかもしれないのを、この場にいる他の三人は知らない。

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