第38話 天国と地獄は親友

 昨日、徒歩の侵入を阻んだ大きな鉄の門が開く。月見里さんが、ハンドルを握る車が門から道路に出る。僕たちが苦労して上った坂道を颯爽と下る。基地に来るまでにじっくりと見て来た景色が、あっという間に後ろに消えて見えなくなる。

 運転席には月見里さん、その後ろに理恵加さん、その隣に僕が座っている。月見里さんの車は、綺麗で物も散らかっていない。新品の車に近い匂いがする。ラジオも音楽も何もかかっていない。タイヤが地面に触れる音が静かに聞こえるだけだ。


 「これからどこに行くんですか?」


 窓の外の知らない景色に気を取られていると、隣に座る理恵加さんが月見里さんに質問を飛ばしていた。


 「ヤクザの事務所だ」


 月見里さんの言葉を聞いて、半開きで景色を見ていた僕の目は、メガネザルくらい大きく開く。その開いた目を頭ごと、運転席に座る月見里さんに向けた。ヤクザが普段、どんな悪い事をしているのか知らないが、とにかく悪い事をしている事だけは知っている。


 「少し前から、この辺りで希少なギフトを使える人間が拐われる事件が起きた。その犯人が、これから向かうヤクザ達って事だ。ギフトの無断使用もしていたことも判明した。もう逮捕出来る奴らだ」


 「そいつらをこれから逮捕しに行くんですよね?」


 隣に座る理恵加さんが平常心を前面に押し出した表情で質問する。


 「そうだ。まあ、ほとんど終わっていると思うけどな」


 「人間と戦いに行くって事ですか?それは警察の仕事じゃないんですか?WSEOのクズハキが人間の相手をするんですか?」


 ダスト駆除のプロフェッショナルのWSEOのクズハキが、人間を相手にすることに対する疑問をぶつける。


 「俺たちがやった方が早いし、被害も少ないからな。それに長野はギフトを悪用した犯罪が多い」


 「あー、田舎のくせに土地が広いからですか?隠れるのに最高の田舎だから!」


 悪意のなさそうな表情と声色で悪口を言い放つ理恵加さんに、田舎暮らしのプロフェッショナルである僕が訂正を入れる。


 「理恵加さ〜ん。土地が広いから田舎になるんだよ〜」


 「...双葉の言ったことは大体合ってる。人も少なくて土地も広いから、犯罪もやりたい放題って感じだな。岐阜からも流れてくる犯罪者も止まらない」


 「岐阜からですか?」


 岐阜から犯罪者が流れてくると聞いて驚きを覚える。まだ完全に復興されずに、当時のままの景色が残されている事は知っていたが、僕の中では比較的安全で平和なイメージが定着していた。


 「岐阜は恒星基地のサンも移ってかなり復興が進んだ。それでも富山、長野、愛知と接する当たりの地域の復興はかなり遅れていて、荒れている。無法者の犯罪者たちが拠点にするのに打ってつけの場所だ。そこから流れてくる犯罪者が多いんだ」


 「へー」


 「なるほど」


 「惑星基地のある長野は割と平和だが、富山と愛知はかなり治安が悪いそうだ。まあ、一般人が違和感を覚えるほどの治安の悪さはないだろうけど。俺たちの同業者から見ればの話」


 赤信号に止められた車内で月見里さんは続ける。


 「今日はお前たちにはクズハキの仕事がダストの相手だけじゃないことを知ってほしい。先に俺たちの班員が向かっているから、ほとんど終わっていると思う。危険はないと安心していいが、油断はするなよ。でも、体が動く程度にはリラックスを忘れるなよ」


 「は~い。分かりました!」


 「ん?」


 理解出来そうで出来ない、矛盾していなさそうで矛盾している言葉を飲み込み切れずに困惑する。隣で何の疑問もなく、全てを理解したかのような快調な返事をする理恵加さんを見て、更に深く困惑する。


 「津江月は緊張し過ぎだな」


 ルームミラーに映る月見里さんの目が僕に向けられる。心配しているような、呆れたような視線。


 「もっと体の力を抜け。顔にもそんなに力を入れなくていい。隣の双葉くらい軽くていい」


 「私がお手本だって!」


 嬉しそうに笑いながら、こちらに顔を向ける理恵加さん。緊張感を知らない笑顔をしている。


 「ほら葵君笑って!ニコーって!リラックス笑顔で!」


 「...こう?」


 口角を無理やり上げて、生えている歯を全てむき出しにする。這い上がって来た頬に追いやられて、視界が消える。目は景色を映さなくなるほど、細めて笑顔を演出する。鏡を使わなくても今見せている笑顔がぎこちない事が分かる。作り笑顔は苦手分野だ。


 「おー、良い笑顔!」


 「そ、そう?」


 一瞬で真顔になった理恵加さんが拍手を始める。パチパチパチと鳴り響く拍手は増える。運転席からも拍手が聞こえて来る。運転席に視線を送ると、ハンドルから手を放して月見里さんも拍手をしている。月見里さんが悪ふざけをする事の意外性に驚く。それは一旦置いておこう。

 

 「え?なにこれ?知らない間にコンサート始まって終わった?」


 フロントガラスが信号が赤から青になる瞬間を映し出す。


 「月見里さん。信号青になりましたよ」


 「知ってる」


 拍手が一斉に鳴り止む。月見里さんは拍手に使っていた手をハンドルに添える。止まっていた車が再び走り出す。理恵加さんを見ると、今度は真顔から一瞬でニコリとほほ笑んで見せた。それにつられて僕の口元と頬も緩んだ気がした。


 しばらくして、車は入り組んだ住宅街に入る。目的地に到着した。ここが目的地だと分かった理由がある。住宅街にあるにしては立派な門が見える。


 「着いたぞ。降りろ」


 「はい」


 シートベルトを外して外に出る月見里さんに続いて車から降りる。和の雰囲気を漂わせる立派な門。背伸びをしても中の様子が伺えない程の高さの塀。木で作られた二本の柱が立派な瓦屋根を支えている。その下にあるはずの門は見るも無残な姿を晒していた。門は開いているのではなく、壊されている。風が通り放題になっている。

 何かに雑に荒々しく貫かれたのか、取り残された両端の門の一部からは痛々しさを感じた。地面にも門の破片らしきものが散乱していた。


 「入るぞ。着いてこい」


 月見里さんは何の躊躇もなく、門の破片を踏んだ時に鳴るパキリという音を奏でながら進んでいく。門をくぐって敷地の中に入ってすぐに、ガラスはヒビだらけで車体は傷だらけのボロボロの車が目に入る。捨てられているかのように、雑に置いてある車。

 

 「うわっ。もう動かねえんじゃないか、これ」


 歩きながら車に軽く目を通した月見里さんが呟く。月見里さんは車に興味がなかったのか、そのまま奥にある建物までの道を進む。僕と理恵加さんも月見里さんの後ろを歩く。


 「めっちゃ広いね」


 隣を歩く理恵加さんが話しかけてくる。


 「ねっ。ヤクザって良いところに住んでるんだね」


 「きっとこれも全部悪いことして稼いだお金が使われてるんだよ。最低な奴らだよ」


 「ねっ。最低だ」


 奥には和風な大きな建物が見える。表の門とお似合いの姿をしている。建物までの距離は百メートルくらいだろうか。それまでずっと続いている石畳の道を歩く。石畳の道の両脇には、背の順を無視して並んでいる木々、見るだけで心に和やかさを運んでくる小さな池がある。


 「こんなに良いところに住んでるなんて、最低だなヤクザは」


 「ねっ」


 庭園に対する羨望の眼差しが思わず声に漏れる。理恵加さんの返答のオマケつきだ。

 建物に近づくにつれて何かが見えてくる。建物のすぐそばまで来ると、それが何か分かった。床に横たわる人間だ。全員、意識を失っているのかピクリとも動かない。人数は五、六人。明らかに堅気の人間のファッションセンスでないものを体に纏っている。恐らくヤクザだろう。顔つきからも推測出来る。そのすぐ近くにスーツを着た男性が立っていた。


 

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