第22話 墓墓地
墓地は家から歩いて数十分のところにある。駅から歩いてきた道と反対方向に向かって歩く。この場所もかなり変わった。昔は家の周りも田んぼだらけだったが、今は家や薬局などが植えられている。同じような顔の家が窮屈そうに立ち並び、残り少なくなった田んぼが家に囲まれている。変わったと言っても何かが減っていたり、無くなっていたりする訳ではない。新しいものが増えたが、古いものも変わらず残っている。
こっちに帰ってきて周りの景色を見渡すだけで朝陽のことを思い出してしまう。目の前の公園ではよく遊んだ。遊具で遊んだり鬼ごっこをしたり、バドミントンも缶蹴りもした。キャッチボールだって暗くなって投げたボールが見えなくなるまでずっと遊んでいた。こっちの汚いドブ川でメダカとか捕まえた。僕の歩いている横を流れる川では夏にサンダルで入って、たも網で名前も知らない見たこともない魚も捕った。鯉の赤ちゃんだって捕まえた。その後バケツに放置して死なせてしまった。あれは可哀そうなことをした。
山の上にある墓地へと続く坂道の近くには変わらず、こじんまりとした家が建っている。小さな芝生の庭は夏野菜を育てるにはちょうどいいサイズだが、犬が駆け回るには狭すぎる。そんな庭には傘の取っ手のような形の、平仮名の『し』を逆さまにした物が一定の間隔で立てられている。それには三つのランプが吊り下げられている。手前からサンタクロース、トナカイ、魔女だ。クリスマスなのかハロウィンなのか、よく分からない人選だが、年中無休で夜の闇を明るく照らすのが彼らの仕事だ。今はまだ暗くないから光ってない。このランプの明かりには何度か助けられたことがあった。
「ふー、やっぱり結構疲れるな」
坂道を上り終えて墓地に到着する。他の墓地と比べてかなり広めな場所だと思う。来るのは久しぶりではない。春休みの間にも来た。
「母さんの言う通り来過ぎなのかな~墓地なんて頻繁に行くの縁起悪そうな気もしなくもないよな~この発言も縁起悪い気するな」
どうでもいい独り言をつぶやき、中央の階段を上る。棚田のようにそれぞれの高さに位置する墓地。朝陽のお墓は上の方にある。行くまで面倒だが、他人からしたら毎回墓参りに行っていることの方が面倒と感じるだろう。向かう途中に手桶にひしゃくを突っ込み、それに水を汲む。人がいないこの場所では蛇口を閉める音ですら大きく聞こえる。花を左手に持ち、水の入った手桶を右手でしっかり持ち歩き出す。
「でも会いたいから来るんだよな~。ね、朝陽。家族なんだから何回も会いに来ておかしいことないもんな」
朝陽のお墓の前に立ち、手桶はそっと地面に置き手に持つ花を供える。
「ん~毎回悩むよな。この花の供え方。お前は左利きで赤色好きだったから、こっちでいいや。で、青色が好きで右利きの僕の花はこっち」
お墓側から見て右の花立には青色の花、左には赤色の花。いい感じに供えられて満足する。手桶に入ったひしゃくを手に取り、水をすくいお墓にかける。
「今日はいつもみたいなしょうもない話じゃないよ朝陽。僕クズハキになることになったんだ。高校のそういう学科に移ることになったんだ。まあ自分から希望した訳じゃないし、こうなった理由も褒められたもんじゃないけどさ」
手に持つひしゃくを手桶に戻し、しゃがみ込んで続ける。
「危険な仕事だってことは知ってるけどさ、自分がそんな危険な仕事に就こうとしてる実感がないんだよな。もちろん、ダストの怖さも恐ろしさも知ってるよ。お前もダストに殺されちゃったし、クズハキの最期はダストによってもたらされるんだろうな。せめて誰かの命のために死ねればな、朝陽みたいに。死んだとしても誰かの心で生き続けられる、そんな風に生きて死にたい。世界に忘れられないように」
アスファルトと靴に挟まった小石が砕ける音が耳に届く。咄嗟に音のした方を向く。ひとりでお墓にしみじみと話しかけていたことが見られて恥ずかしいとかそんな理由じゃない。単に反射で静の世界に飛び込んで来た音に反応しただけだ。振り返るとそこにはよく知る人が立っていた。
「そんなの大丈夫よ。葵、あんたが死んだって、私が死ぬまで忘れないでいてあげるから。朝陽ほど記憶力がいいわけじゃないけどね」
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