第7話

 左手でスマートフォンを力強く握り、右手の人差し指で電話番号を入力していく。やる気のある人差し指は画面に触れる度に、耳を澄まさなくても聞こえるほどの音を響かせる。電話を掛ける先は自分の通う高校。この電話一本で休校に追い込む。夢が正しければ、朝のホームルームが始まる前にダストが現れる。その時間に襲われる人を排除しておけばいいだけだ。


 電話番号を入力し終えて、スマートフォンを耳に当てる。プルプルプルと電話特有の音が聞こえる。部屋がその音だけになり、今まで全くなかった緊張感が現れる。そんなことを考え出したタイミングで電話が繋がる。


 『星彩玲瓏せいさいれいろう高等学校の吉村です』


 聞き馴染みのある声。よりによって担任の先生。いや、担任の方が話しやすいか。


 「あ...もしもし。あの〜、今日ですね。お宅の学校に、あの、ダストが出ますよ。うん。ですからねぇ。えー学校を休みにした方がいいですよ」


 『なわけねぇだろうがぁ!?てめぇ朝っぱらからふざけたイタズラ電話してきてんじゃねぇ!?よ!?!?そのようなお問い合わせについては答えられない決まりですので失礼いたします』


 電話が切られた。驚き過ぎて言葉が出ない。まあ言葉にしようと思ってないけど。吉村先生は温厚。怒っている姿も怒鳴っている姿もイラついている姿も見たことがなかった。


 「こんなに怒鳴るタイプの人だったの?」


 緊張が吹き飛んだ。今のは本当に吉村先生だったのだろうか。周りに他の先生はいなかったのか?これが吉村先生の本性か。恐ろしい。


 「やっぱりダストが出るとか、フワフワした内容の電話じゃ、臨時休校の判断にはならないか」


 電話に出たのが吉村先生以外でも、対応は違えど結果は同じだろう。


 「なら、もう一つの作戦。というか別の内容の電話するしかないか」


 もう一つの作戦は学校に爆弾を仕掛けたという内容の電話をすることだ。生徒達を死なせたくなかったら学校を休みにしろ。これならイタズラだとしても、学校側は休みにせざるを得ないはず。


 「そうだな、また電話を掛かるなら時間をおいた方がいいな。5分後とかでいいか。また吉村先生が出たら台無しになるからな」


 時間が過ぎるのを時計を見て過ごす。椅子に座り時計の針の動きを見る。秒針が一周すると分針が動く。ぼーっとしている内にある感情が生まれる。


 「何で僕がこんなこと...」


 そもそも予知夢のギフトが発現したかどうか確証を得る方法がないし、その夢の通りになるかどうかも分からない。あんな最悪な予知夢が外れれば、それだけで幸せだ。


 今の僕は自分の予知夢、ギフトを信じて行動している。夢のような地獄がこれから起こると思っている。だから、学校に爆弾を仕掛けたって脅迫の電話をして無理やり休校にさせようとしている。脅迫電話だ。紛うことなき犯罪だ。電話を終えたら数時間かそこらで、警察か誰かに普通に特定されて、逮捕されるよな。そういうニュースたまに見るし。そしたら社会的に人生終わり?親にも迷惑かけることになる。それは絶対にダメだ。もう学校にも行けなくなる?少なくとも今通ってる学校には、もう行けなくなるだろう。


 これじゃあ僕は幸せになれない。なら休校なんて言わずに僕は普通に欠席すればいい。そうすれば、僕だけでも生きることが出来る。生きることは何よりも幸せなこと。でも周りには誰もいない。

 

 クラスの人数分並べられた机と椅子。僕は自分の椅子だけを机から下ろして座っている。僕が声を出さなければ、この教室の静寂が崩れることはない。チャイムがなっても先生が来ないから授業は始まらない。僕は窓側の席だから空ばっかり見てるんだろうな。天気は曇りばかりだろうから、カーテンはもう必要ない。僕が触れられる数少ない存在の風がカーテンと僕の髪を冷たく揺らす。退屈過ぎるから眠っちゃうんだ。みんなが幸せになれる夢を見れることを願いながら。


 助けられたかもしれない命を見殺しにして残りの人生を生きるなんて出来ない。罪悪感に締め付けられる。謝るべき対象はみんな死んじゃってる。この罪悪感は殺せないんだ。自分一人だけが幸せになるより、周りのみんなが笑ってる方がお得だ。一見不幸に見える僕も笑顔のみんなを見ることが出来れば幸せになれる。


 どっちを選んでも僕の心は晴れない。ならせめて、周りの人間だけでも太陽のもとで幸せに。


 秒針が時計の8周目に突入する。


 「母さん、父さん、デカい迷惑ばかりかけてごめんなさい。これが最期のワガママです。僕は正義の犯罪者!みんなの救世主!」


 プルプルプルと電話の音が聞こえる。体が震えているような音だが決心がついた今、体も心も揺らぐことはない。


 『星彩玲瓏せいさいれいろう高等学校の佐藤です』


 電話に出たのが担任じゃないことに安堵する。これでイタズラだと断定されて、電話を切られることもないだろう。


 「もしもし、そこら辺のおじさんです。お宅の学校の生徒達がうるさいんだな。うん。だからね、校舎に大量の爆弾仕掛けたわ。たくさんね。うん。うるさかったら今日爆発させるから。それじゃ」


 電話に出た教員の返答を聞くことなく、伝えたいことを伝え終えるとすぐに電話を切った。


 「こんなんでいいのかな?」


 爆弾を仕掛けたことを伝える脅迫電話なんてしたことないから、どんな感じでかければいいのか分からない。


 とりあえず学校から連絡来るまで待つか。何かしら連絡があるはずだ。爆弾が仕掛けられてるからな。


 緊張からか20分ほど眠ってしまっていたようだ。携帯の。秒針のランニングが20周目くらいに差し掛かった時に、メールが送られてくる。メールを確認すると、男から爆弾を仕掛けたという内容の電話があり臨時休校になるとのことだ。


 「休みか〜、よかったー?」


 このメールを見て僕は安堵の感情を抱くが、同時に自分のかけた電話で、休校になったことに焦りを感じた。


 「こんな適当なイタズラ電話でも内容が内容なら休校になるんだな。」


 段々と焦りが大きくなる。僕のイタズラ電話1本で休校だ。途端に頭が冷える。


 「学校のみんなが死ぬ夢を見たから、休校にするため仕方なく爆弾を仕掛けたってイタズラ電話をしました」


 警察署でこんな感じのこと話せば罪は軽くなるのだろうか。そもそも逮捕されるのだろうか?よく分かんないけど、書類送検の方が罪が軽そうだからこっちがいいな。書類送検されたい。


 「はー、テンション上がんない。せっかくの休校なのに」


 今更、後悔しても意味なんてない。自分の起こした行動はなかったことになんて、できるはずがない。眠ろう。そして夢を見よう。起きたら全て何とかなってるはずだ。自分を無理やり言い聞かせて眠りにつく。

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