第12話 パキる場所―――――(作者コメント有)


 雄馬と会った日から1週間、俺は家で寝て起きて飯を食って、また寝るだけの生活を繰り返していた。何にもやる気が起きず、スマホすら見る気になれない。ひたすら寝ていたい、起きたくない、意識を持ちたくない、そんな心持ちだった。当然、風呂も入ってない。


 3日前くらいに颯太からレインが来ていた気がするが未読スルーをしている。こんなことをしたのは初めてだ。颯太に申し訳ないと思いつつも、もうどうでもいいやと溶けていく意識に身を委ねた。

 

 ~♪


 突然、鳴った着信音が俺の意識を呼び戻した。目を擦りながらスマホを見ると颯太のアイコンが写っている。


「もしもし……?」

「もしもし、じゃないよ。レイン、ずっと既読つかないから心配したんだぞ」

「あー、ごめん」

「新? なんか元気ないな。何かあったのか?」

「いや、何でもないよ」

「そうか? なら良いけど」


 そう言った後、颯太は声のトーンを上げて話し始めた。


「それでさ、前に、俺らとゆかりと健の同中おなちゅう4人でカラオケ行こうって話したじゃん。ちょうど今、アスキミの映画やってるから、それ見てから帰りにカラオケ行こうって話になったんだよ。お前、いつ空いてる?」

「俺? あー、いつでも良いよ」

「分かった。じゃあ、またレインするな!」


 電話が切れて、ほっとした自分に驚いた。ため息一つついて枕に顔を埋める。このままじゃ駄目だ。なんとなく分かってるけど、どこに向かえば良いのか分からない。今、自分がどこにいるのかも分からない。星の見えない闇夜の砂漠の真ん中で立ち往生している気分だ。

 

 (もう、俺は……)

 

 その時、ピロンとスマホが鳴った。今度は何だとしながらタップすると、雄馬からのレインだった。

 大丈夫か? と言う文字を見たとき、砂漠の北に星が瞬いた。



***



 翌日、風呂に入って髭を剃ってから雄馬に会った。今度は19時に新宿ハルタ前に集合だ。今回は俺が時間を指定した。相変わらず、新宿駅で大幅なタイムロスをしながら、ようやくハルタ前に辿り付いた。


「よお」


 後ろから雄馬が肩を叩いた。またしても全身黒のコーディネートだ。


「どうしたんだよ。明日会いたいって言うからビビったぞ。急すぎんだろ」


 雄馬が俺の顔を覗き込んで言った。


「うん、ちょっと。アネ広ってどんなとこかなって」

「え、もしかしてアネ広気に入った?」

「ちょっと興味がわいて」

「OK、行こうぜ」


 上機嫌に歩き出した雄馬の後を追う。雄馬からレインをもらったとき、真っ先に「もう一度アネ広に行きたい」と思った。

 前回はちょっとしか見られなかったから、なんて軽いもんじゃない。もっと強い感情、同族意識なのだろうか、とにかく妙に気になって仕方がなかった。

 

 アネ広に近づくにつれ、あの酒やタバコ等の混じった苦い匂いが強くなっていく。今日は更に胡椒の匂いまで漂ってきた。路上に置き去りにされた空のカップラーメンの容器が視界の端に映りこむ。おそらく匂いの元はソレだろう。

 そのまま雄馬に連れられて、アネ広とその周辺を一通り見て回った。


(やっぱりちょっと怖いな。目つきの怖そうな人いるし。こんなところ歩いてたら、絶対母さんに叱られる。やっぱ来なきゃよかったかな……)


 次の瞬間、パキッ、と足下で音が鳴った。


「え?」


 屈んで見ると、銀色に輝く殻の錠剤のシートがあった。


(薬のゴミ? なんでこんな所に……?)


「ちっ」


 頭上で舌打ちが聞こえた。驚いて頭を上げると、目の前にいたピンクと黒の派手な格好(地雷系と言うんだろうか?)の女の子が冷たい目で俺を睨みつけながら通り過ぎって行った。どうやら屈んでいた俺が通行の邪魔をしていたらしい。


「あ……スイマセン」

「どした?」


 雄馬が振り返って、俺を見る。俺の視線の先に気付いて雄馬が口を開いた。


「あ、薬のゴミじゃん。ここら辺、パキってる奴が多いからな。行こうぜ」

「え、パキってるって何?」

「あ~。薬で気持ち良くなることだよ」

「ええ。それって麻薬じゃ……」


 俺は全身から血の気が引くのを感じながら、雄馬に耳打ちした。


「ハハ。違う違う」


 雄馬は可笑しそうに笑った。


「ちゃんと病院で薬もらってるから。あとは市販の風邪薬とか。ちゃんと合法だから安心しろよ」と、背中を叩かれた。


(な、何を言ってるんだ? 風邪薬? なんでそんなもので気持ち良くなるんだ?)


 戸惑いつつもアネ広を見て回ったが、想像以上にアンダーグラウンドな世界だ。幼い顔立ちの女の子が度数の高い酒の缶を持って歩いてたり、たまに取っ組み合いの喧嘩が始まって周りの人が止めに入ったりと異様な世界だ。新宿姉萌根ビルの壁に二人並んで、寄っかかる。


「びっくりしたか?」


 腕組みした雄馬がチラリと俺を見た。

 俺は躊躇いながらも正直な気持ちを吐露した。


「ちょっと、こういう世界は初めてで、ぶっちゃけ怖い気持ちもあるし……混乱してる……」

「そうか。オレはもう何年もここ来てるから、慣れちまったよ」

「何年も?」

「そ。家にいたくねえから、ちょいちょいここ来てて。最近はもう全然家帰ってないし」

「ええ? 高校は?」

「そんなもん行ってねえよ」

「な、なんで? そんな家にいたくないの?」


 雄馬の瞳が、サッと諦念の色に染まった。

 しまったと思ったが、もう遅かった。


「……今の家、妹がいてさ。例のプロジェクトじゃない、普通に産まれた妹」

「う、うん」

「そいつの方が大事だって言われたよ」

「……そんな。だって、プロジェクトに参加すれば、いい家に生まれるんじゃないの!?」

「しー! 声がでけぇよ」


 眉を吊り上げた雄馬が、声をひそめながら言った。


「あ、ごめん」

「……確かに、良い家だったよ。妹が生まれる前まではな。妹が産まれた後、親からの扱いが変わったんだよ。オレは混じりもんだってさ」

「え……酷い……。だって、親御さんだって、プロジェクトに納得してたんじゃないの?」


 俺は語気を強めながら雄馬に訊ねる。


「そりゃ、参加した当初はな。このプロジェクトのために大金払うような、子供思いの親だったんだよ。でも、人間の気持ちなんて環境でいくらでも変わるもんだからよ。今じゃ高校の金も出したくねえってよ」

「……」

「プロジェクトに参加して生まれてきても、まあ蝶野よりはマシだけどさ、家に居場所がねえのは変わんねぇなって。そういう運命なんだろうな、オレは。なんか、もう人生どうでもいいわ」

「雄馬……」


 道の隅に追いやられた銀色の空き缶が、虚しく横たわって鈍い光を放っていた。


「……そういやさ、なんで雄馬はプロジェクトのこと知ってたの? 前の記憶は無いって言ってたのに。……まさか……」

「ああ。混じりもんって言われてたから気になってさ、病院の看護師、口説いて聞き出した」

「……マジか」

「そりゃ、親は混じりもんって言うだけで、何も教えてくれねえからさ。何で理由無くこんな目に遭うんだって、すげえ腹立って。小さい頃から病院行ってるから、看護師なら何か知ってるかと思ったらビンゴ」

「……お前、逞しいよ」


 やりきれない気持ちになった俺は、そう口にするのが精一杯だった。


「ハハハ。オンナって案外チョロいから。不幸アピールしたら、母性本能発動するから」

「……それはお前がイケメンだからだろ」

「まあ、オレのとこはそんな感じ。お前んとこは? 高校行けてんだから、いい家に生まれたんだろ?」

「まぁ。……でも、なんか、わからないけど疎外感があるんだ。自分だけ違うと言うか。感覚が合わない気がして」


「……贅沢な悩みだな。でも、分かる気はする」

「……うん。学校の友達にもこんなこと話せないし。なんか俺の居場所、どこだっけみたいな」

「あ~……。あるな、そんな感じ」


 雄馬は力なく、ふっと笑った。


「……まあ、悩んだら、アネ広に来いよ。こんな特殊な生い立ちのやつはオレたちくらいだけど、目の前のやつら見てると元気もらえるからさ。こいつらも苦労して、でも頑張って生きてんだなって」


 眼前を通り過ぎる、女の子の横線だらけの腕を見ながら雄馬は呟いた。


「ほら、あそこ、踊ってる。ティックタックかな?」

「ほんとだ。楽しそうだな」


 ここには嫌な空気が流れてる。やるせなくて、這いつくばってるような重苦しい空気だ。でも一方で、そんな中でもくうを切り裂くように歓声や笑い声が上がる。そんな一時の煌めきが、俺は美しいと思った。まるで、夜の曇天の、一瞬の晴れ間から見える星々ほしぼしのように。



***



 21時を過ぎた頃、二人で新宿駅に向かって歩いてると、俺と同じくらいの背丈のマッシュルームヘアの男が雄馬に話しかけてきた。年は2~3歳上だろうか。黒のロング丈のTシャツを着ており、右腕にシルバーのブレスレット、両耳にはシルバーのピアスが光っていた。


「よっすよっす」

「のだっち」と、雄馬の顔がパッと明るくなる。

「何? 新入り?」

「いや、見学」

「何それ」と、のだっちと呼ばれた男は笑った。

「これから、こいつ、駅まで送ってくとこなんだわ」

「おー。じゃ、また後でな」と、彼は人混みの中に消えていった。


「え、また後でって言ってたけど、この後もなんか遊ぶの? もう暗いけど」と、俺は疑問を口にした。

「あ~わかんね。とりあえず集まって、適当に過ごすかな」

「……やっぱり、家には帰らないんだな」

「まぁな」

「どこに泊まるの」

「え~……」


 流し目をしながら、雄馬が薄く口を開いた。


「ちょっとアネヒロ民じゃねえと、そこは教えらんねぇな」



***



 8月18日、この日は同中おなちゅう4人で、アスキミの映画を見に行った。映画の後はカラオケをした。でも、この日のことは何一つ実感を持って思い出せない。アスキミの映画を見ても、友達と一緒にいても、心が動かなかった。無表情の俺に皆が心配した。友達がかけてくれた色んな言葉も、アスキミで皆が泣いた台詞も、どれもこれもが遠くに聞こえた。俺は何かが変わった自分を自覚した。

 8月の終わり、蝉の焦燥に駆られた鳴き声を聞きながら俺は病院に電話をかけた。次の検診を9月に早めてもらうために。





◇◇◇◇◇

 

【親愛なる読者の皆様へ】

 いつもお読みいただき、ありがとうございます!

 また、ここまでで「いいな」「続き気になる」と思われた方は

 ♡、★、コメント等、応援頂けると俺が泣いて喜びます!


 さて、ここから更に内容が濃くなっていきます。


【濃すぎて、メンタルがキツくなった場合の対処法】ですが、

キツい部分はサラッと読んで頂いて構いません。

 最悪、読み飛ばして頂いても大丈夫です。


 それよりも最後まで読んで頂ける方が私としては嬉しいです。

 彼らが足掻いて、最終的に何を見つけるのか。

 それを見届けて欲しいんです。

 

 我が儘な作者で申し訳ございません。

 引き続き応援、よろしくおねがいします!(^^)/

 

 




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