最終話 二人の日々は終わらない
『やっと付き合ったのね……』
『お待たせしました……』
夕食時、イヴの両親に付き合ったことを報告すれば、エラさんがようやくかと言った様子でため息を吐く。
確かにかなりの間待たせていたのは事実なんだろうが、その返しに「お待たせしました」もなんか違うよな?
『本当よ。もっと早くに言ってくれれば、お夕飯もちゃんとしたものを準備できたのに』
『えっ、そこですか?』
『当たり前じゃない。せっかく子供たちが結ばれたんだもの、精一杯お祝いしたいでしょ?』
俺としては付き合うのが遅かったことを指摘されているとばかり思っていたのだが、急な方向転換に戸惑いを隠せない。
『えぇー、私ピザ食べたかった』
『イヴはイヴで平常運転だな』
ちなみに食卓は味噌汁やら焼き魚やらといった和食で染まっている。
郷に入れば郷に従えという精神で日本に来てから基本的に和食を食べているらしいが、イヴは飽きているらしい。
日本人も和食ばかり食べているわけではないのだが……俺も和食一本は流石に厳しいし、後でエラさんに言っておこう。
『まぁ、冗談はとにかく』
『あっ、冗談だったのね……』
どうやら彼女お得意のユーモアだったらしい。
喜べばいいのか悲しめばいいのか……と、そんな感じで食卓は賑やかに夕食の時間が進んでいく。
しかし俺の声を境に話が一段落したかと思えば、エラさんは優しい笑みを浮かべて隣同士に座っている俺とイヴを見た。
『改めて、おめでとう』
『……ありがとうございます』
彼女の親であるエラさんに祝われたことに、少しだけ安堵する。
イヴがその気だったものの、俺たちの交際を受け入れてくれるか心配だったが、それも必要なかったようだ。
『改めて、イヴのことをよろしく頼むよ』
『……お父さんの声、初めて聞いたような気がします』
『あれ、そうだったかな?』
俺がエラさんにお礼を言うと、その隣に座っていたイヴのお父さんが口を開いた。
いつもにこやかな笑顔を浮かべているイメージしかなかったので、思わず話の腰を折ってしまう。
意外と声は低かった。
『お名前、お伺いしてもいいですか?』
『あぁ。俺はキーファー、キーファー・デイヴィスだ』
『キーファーさんですね』
『だけど、呼び方は“お父さん”でいいよ。なんて言ったってもう家族なんだからね』
『私のこともエラさんじゃなくて、“お母さん”って呼んでね』
二人にそう言われたことで、改めて俺はデイヴィス家の一員、家族になれたのだと認識する。
家族……家族、か。
ようやく、俺も家族になれたんだな。
『ありがとうございます。父さん、母さん』
『敬語もやめること』
『……分かったよ、母さん』
素直に“母さん”、“父さん”と呼べることが嬉しくて、意味もなく口にしてしまう。
するとエラさん……もとい母さんが『あっそうだ!』と呟いて立ち上がると、ポールハンガーにかかった鞄の中から何かを取り出して戻ってくる。
『忘れないうちに渡しておこうと思って……はいこれ』
そうして手渡されたのは、平べったい銀色の袋に包まれた丸いものだった。
それが何かを認知した瞬間、俺の顔が思い切り熱くなる。
『ちょっ、エラさん!?』
『あら、呼び方が元に戻ってるわよ?』
『今はその話をしてる場合じゃないですよね!?』
『何を貰ったの?』
隣からイヴが覗き込んでくる。
そうして俺の手のひらの上にあるブツを見れば、徐々に顔を紅潮させていった。
『こ、これって……』
『するんだったら必要でしょ? 部屋は防音になってるから、私たちのことは気にしないで。あっ、でも遅くならないうちに寝るのよ? 明日も学校あるんだから』
いや、確かに俺たちの関係を受け入れてくれたことは嬉しいけど、付き合った初日でこれは……。
『な、なぁ母さん。そういうのを本人たちの前で口にするのは、少し野暮ってものじゃないかい?』
『あら、そうなの?』
完全に野暮ですよ……。
彼女のあまりに突飛な言動に、俺はしばらく苦笑いを浮かべることしかできなかった。
◆
「ご、ごめんね、うちのママが……」
「いいよ。母さんがそういう人だってことは分かってたことだから」
寝る準備を全て終わらせた俺たちは、客間のベッドに腰を下ろす。
母さんからそれを受け取ってすぐは気まずすぎて別々で寝ることも考えたのだが、彼女に『カップルが別々で寝るなんてありえないでしょ』と言われてしまったので仕方なく二人一緒にこの部屋にいる。
でも、少し時間が経ったからかだいぶ冷静さを取り戻せていた。
イヴは気まずさと申し訳なさを織り交ぜた複雑な表情のまま視線を落としている。
ここは彼女に頼っている場合じゃないと、俺は努めて優しい声音で話しかけた。
「イヴは、したい?」
「わ、わたし、は……」
舌足らずな言葉で呟いた後、彼女は再度俯いてしまう。
しかし意を決したのか上目遣いでこちらを見ると、最後の一押しを望むように口を開いた。
「……エッチな子って、思わない?」
「思わないよ。イヴは俺のことを真っ直ぐに好きでいてくれてるって、ちゃんと分かってるから」
「じゃあ……したい」
問いかけたそれと同じ三文字の言葉が、小さく部屋を揺らす。
それだけで、俺の理性は崩されそうになっていた。
「シュウトは?」
「俺も……したい。けど、負担がかかるのはイヴの体だから。……本当に、いいのか?」
「だって、それがシュウトに伝えられる最大の愛情表現だもん。“愛してる”って、ちゃんと伝えたい」
「もう、十分伝えてもらってるけどな」
「足りないのっ」
「分かったよ。じゃあ……電気消すぞ」
「うん……」
部屋を真っ暗にすると、俺は改めてベッドの上でイヴと向き合う。
月の光だけが照らすその顔は薄暗くてよく見えないけれど、頬が赤く色づいているのだけははっきりと分かった。
だから俺は彼女を安心させるようにそっと抱き締めて、あの日とは違うキスをする。
最初は触れ合わせて、ついばんで。
次第にゆっくりと彼女の中に入り込んでいく。
少し離れて、荒く息をつきながら。
「もう、戻れないからな」
「うん……来て」
甘く呟かれたその言葉に、俺は彼女をそっと押し倒しながら理性を溶かしていった。
俺たちの夜は、まだ続いていく――。
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