イギリスから来た金髪美少女を助けたら、何故か一緒に日本語を勉強することになりました〜素っ気なくしているのについてきます。誰か助けて下さい〜

れーずん

1話 金髪美少女は泣き出しそうです

「――イヴリン・デイヴィス、です。イギリス、から、来ました。よろしく、お願いします」


 ぎこちなく笑顔をつくる彼女の辿々しい日本語に教室が湧いた。


「可愛いっ!」

「イギリスから来たって言ってた?」

「めっちゃタイプなんだけど……!」


 大声で騒ぎはしないものの、各々の中で心の内から溢れ出した喜びを吐き出す。

 男子はもちろん女子まで有頂天の様子だった。


 そんなクラスメイトとも呼べるか分からない関係性の周りの反応を、俺は教室の一番後ろの隅。

 空がよく見える窓際で、静かに傍観していた。


 まぁ、テンションが上がるのも無理はないだろう。


 肩までまっすぐに下ろされた透き通った金色の髪。

 キメの細かい白色人種特有の白い肌。

 宝石のようにキラキラと輝く碧眼。

 大人びた表情にあどけなさの残る可憐な容姿。


 日本人の好みをこれでもかと詰め込んだような一人の美少女を、写真ではなく生で見ているのだ。

 言うなれば街中で偶然有名人を見つけてしまったような、そんなざわめきが教室内で響いていた。


 そういう俺はテンションが上がらないのかって?


 正直に言ってしまえば、どうでもいい。

 むしろ関わってしまう可能性のある人物が一人増えてしまったことに嫌気が差す。


 俺ことかい修斗しゅうとは、人と関わることを避けていた。


「皆さん静かに! そんなに騒いでたら、デイヴィスさんを怖がらせちゃうでしょう?」


 担任の女教師は慣れた様子でなだめると「デイヴィスさん、あなたの席はあそこね」と一つの席を指差す。


 デイヴィスはコクリと頷き、周りの視線を浴びながら教室を横断すると……隣の席に腰を下ろした。


「よ、よろしく、ね?」


 ……どうしてこうなってしまったのだろう。


 肩を落としたくなる気持ちをぐっと抑え、俺は特に何も返さずに窓の向こうの青空へ視線を移す。


 今日の空は、うんざりするほどの快晴だった。



          ◆



 いや、薄々は気づいていた。


 前まで隣にいた人が一つ隣の席に移っている。

 そうして不自然に出来た一つの空席。


 気づくなという方が無理な話だった。


 誰も来ないでほしいと願っていたのに、無常にもその席はいま埋まっている。

 でも、彼女は今で頭を悩ませていた。


「じゃあこの問題を……デイヴィス、答えられるか?」


 先ほどの先生とは違う教科担任の先生に当てられてしまったのだ。


 この人は何を考えているのだろう。

 夏休み明けに転校してきた彼女をまさか名指しで当てるとは。

 それまでの授業を受けてるわけでもないのに。


 まぁでも、この先生はそういう人のことを考えられない性格もあってあまり生徒ウケがよくない。

 こういう行動に走ってしまうのも納得できたが……それでも理解はできなかった。


「あの……その……」


 戸惑うデイヴィス。

 休み時間中あれだけ彼女とお近づきになりたそうにしていた周りも、彼女を助けようとする素振りは見せない。

 大方が助けてあげたいが、ちゃんと彼女に教えられるのか不安なのだろう。


 それもそのはず、彼女はあまり日本語が喋れなかった。


 俺も助けてあげたいのは山々なのだが、生憎と必要以上に人と関わりたくないのだ。


 ここで関わらなければ、俺と彼女に接点はできない。

 不必要に関わられることも少なくなる。


 だから見ないふりをしていたのだが……彼女が不安そうに俯く。

 そうして、みるみるうちの彼女のきれいな碧眼が潤んでいった。


「っ……」


 背に腹は代えられない。


 彼女が泣き出してしまうくらいなら。


『答えが分からなくて困ってる? それとも、答え方が分からなくて困ってる?』

「え?」


 急に英語を喋りだした俺に驚いたのだろう。

 デイヴィスは掠れた声で素っ頓狂に呟いた。


『いいから。どっち?』

『えっと……答えが分からない』

『答えは32。単位はないから32だけ言えば大丈夫』


 答えが分からないと言ったが、もしかしたら遠慮していて答え方も知らないかもしれない。

 また躓いてしまったら困るため、俺は答え方も合わせて教える。

 デイヴィスは小さく頷くと、涙を袖で拭いて前を向いた。


「thirty-two……です」

「ん、あぁそうか。ここには外国人の転校生がいるんだったか。いいぞ、正解だ」


 さっきまで暗かったデイヴィスの表情が明るく変わっていく。

 その姿はまるで親にあやされた子供のようにあどけなく可愛いかった。


『ありがとうっ。まさか、あなたが英語を話せるなんて思わなかったっ』


 担任が授業を続ける後ろで、デイヴィスが微笑みながらお礼を述べてくる。

 俺が英語を話せると知って安心したのか、彼女も不器用な日本語ではなく流暢な英語で話してきていた。


 しかし。


「……別に」

『な、なんて?』


 ごめん。

 俺、君とあんまり関わりたくないんだ。


 急に日本語に戻ってしまった俺に戸惑うデイヴィス。

 そんな彼女に胸を痛めながら、俺は再び空を見つめるのだった。

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