第2話
外回りからの帰り、経費精算のためにウキウキで経理課に行くと、怒鳴り声が聞こえてきた。
「何度言ったらわかるの!このやり方だとあとで金額が合わなくなるの。ちゃんと確認してちょうだい!」
覗くと、真理が涙をためて叱られていた。
「ちょっと、待ってください。そんなに怒らなくても」
ヒートアップしている女性社員に声をかけると、怒りの矛先は涼介に向いた。
「そうやって甘やかすから、この子がまともに覚えないのよ!」
女性社員はカンカンに怒ったまま自分の席に戻った。
経理課の課長は不在のようだ。真理は立ったまま泣きそうになっている。
「真理ちゃん、ちょっとこっちに」
外に連れ出し、自動販売機でコーヒーを買って渡す。
ベンチに腰掛けて静かに涙を流す真理のそばで、涼介はコーヒーを飲みながら彼女が落ち着くのを待った。
「ごめんなさい、ごちそうさまです」
真理は小さく呟いてコーヒーを飲み始める。
怒りでも悲しみでも、女性が感情的になったときはなにも言わずにただそばにいる。無理に聞き出さず、余計なことも言わない。妻から学んだ処世術だ。
「いやいや。少し休憩して、戻ろうか」
真理は笑顔を見せてくれた。
その日の帰り。車通勤の涼介が車に向かうと、影から真理が現れた。
「あの、さっき、ありがとうございました。これ、お礼です」
真理が缶コーヒーを差し出してくれた。受け取ると、一緒に紙を渡される。それがなんなのか聞く間もなく、真理は去ってしまった。
車に乗り込み折りたたまれた紙を開くと、アプリの名前とIDが書かれている。その下に『連絡待ってます』の文字を見つけて、涼介は慌ててスマホを開いた。
土曜日。妻と子供たちと共に公園へ向かう。公園へ行く前に、例の保育園を外から覗いてみた。見学はできないが、雰囲気だけでも知ってほしいという妻の提案だった。正直なにがどう良くて悪いのかわからないが、保育園の子供たちは元気そうだ。
「いいんじゃない?華が選んだなら、間違いないよ」
近所でも大きい公園で、子供達はふたりとも楽しそうに遊んでいる。上の子はブランコ、下の子は滑り台。涼介は上の子について子供を眺める。子供達は元気で、妻は下の子を追いかけ回している。
(平和だなぁ)
スマホが震えてすぐさま画面を開くと、メッセージの通知が見えた。アプリを開くと、真理からの連絡だった。
『天気がいいですね。何してますか?』
『子供達と公園にきています。』
返信をしようと思ったが、子供がブランコから落ちてしまっていた。擦りむいたのか、膝から血を流して泣いている。
「あー、血が出ちゃったな。ママのところに行こう」
スマホをしまって、涼介は子供を抱き上げた。
その後もバタバタと時間が過ぎ、真理に返事ができたのは夕方だった。
『今日は公園に行きました。子供が怪我をして大変だったよ。』
絵文字を入れるべきだろうか。入れるならどの絵文字がいいだろう。おじさんと思われてしまわないだろうか。
そんなことを考えながら、涼介の気持ちはウキウキと弾んでいた。
外回りからの帰り道、時計を見て涼介はため息をついた。
今日は件数が多い上に場所が遠かったため、とても時間がかかった。定時はとっくに過ぎていて、会社の電気はついているものの、人はまばらだった。
(真理ちゃん、もういないよな)
そう思いつつ経理課に顔を出すと、私服の真理がデスクにいた。
「真理ちゃん?」
声をかけると、真理は顔を上げて笑顔を見せてくれた。
「鈴木係長!」
疲れた体に、真理の笑顔が染み込んでいく。しかし、こんな時間に私服で何をしているのか。近づいてみると、デスクに伝票が広げられていた。
「勉強してたんです。この処理は、どうだったかなーって」
「そうなんだ。えらい、勉強熱心だね」
真理が頬を染めて笑い返してくれた。
するりと、真理の手が涼介の手に絡みつく。そのまま真理の手が、涼介の手を一つの伝票に導く。
「これって、どうやって処理するんですか?」
「そ、それはさすがにわからないな…明日課長に、聞いたほうが」
「鈴木係長に、教えてほしいんです」
真理の潤んだ瞳が見上げてくる。涼介はごくり、と生唾を飲み込む。
「この後、時間、あるかな」
真理は頷いて、二人別々に涼介の車へ向かった。
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