第14話「文化祭」

 体育祭が終わった後、暫くして文化祭の準備を始める生徒たち。

 A組の出し物は猫耳女装喫茶。衣装作りから始まり、男子生徒たちが寸法を測られ、女装させられる。

 賢也と優斗も女装させられる。やらなければいけないことだからと堂々としている賢也に対して恥ずかしがる優斗。

 咲花先生は似合ってるよと言う。すると照れる賢也。


 喫茶はコーヒーやジュースのみを出す。調理室は他のクラスが使うため今回は使えない。インスタントコーヒーや市販のジュースをコップに容れお客さんに出すことにする。

 必要なものは生徒会に言って予算を出してもらうのだが、初めてのことなので女子たちも苦戦する。

 当日は最寄りの猫耳喫茶店からネコミミを借りる手筈になっている。女子は裏方に回り、男子のサポートするのだ。

 最初は恥ずかしがっていた男子たちだったがいつの間にかノリノリになっていた。ただ優斗は流石に慣れられない。父親にバレたらどうしようと考えていた。

「なんでこんなことに……」

「あはは。諦めてね、優斗君」

 巫女は満面の笑みで優斗のドレスの調整をしている。


 賢也はこの光景を頭に刻みこもうとしていた。こんな笑い合える環境がいつまでも続けばいいと思っていたからだ。

「退屈なようで退屈でない。こんなこと初めてだ」

 咲花先生はその賢也の呟きに反応した。

「そんな事ないはずよ。きっと忘れてるだけで、こんな感情がもっとあったはずよ」

 そうだろうかと遠い目をする賢也。思い出せないそれは黒く塗りつぶされているかのような感覚。楽しい思い出なんてなかった。喧嘩ばかりの日々だった気がする。


 誰からも助けられない、先生すら味方しない、そんな日々を送っていたような……。賢也はそこでハッとした。声をかけてくれる人は必ずいたはずだった。

 自分に余裕がなかったせいでそれらを無視していただけかもしれない。それを考えると申し訳なく感じた。

「やり直せるかな?」

 賢也はクラスの風景を見たまま言った。

「いくらでもやり直しなさい! ずっと正しくいられる人なんていないのよ? 何度も間違ってから正しい大人になっていくのだから」


 賢也は尋ねる。大人になったらやり直せないのか? と。咲花先生は首を横に振る。大人も沢山間違う。でも歳を重ねる毎に立派になってくのだ。大人でもそうなのだから子供なんてまだまだだ。

 色んな情報に踊らされたり、何が正しいか混乱する時も多々ある。そのせいで攻撃的になり誰かを攻撃するようになる。呆れ諦められ放置された愚者たちは世界中にいる。

 そんな大人になって欲しくない、そう思うからこそ咲花先生は心を込めて教鞭をるのだ。それは愛のムチ。


 賢也には特に入れ込む咲花先生。喧嘩をよくする彼を放っておけない先生。正しい拳の使い方を覚えて欲しいと願っている。

 グラスを持っていく練習をする賢也に客役の咲花先生は言った。

「あなたの手はこうやって誰かのために役に立つんだよ」

 ニッコリ笑う先生に頷く賢也。そうやって準備期間を終えて、いよいよ文化祭当日。学校の生徒だけで行う一日目はどのクラスが売上が良かったかの勝負もある。

 自分のクラスには入れられないため、自分の決められた持ち点を使って他クラスを回る。


 咲花先生は三年生のクラスを回っていた。三年生のクラスはレベルが高く、コスプレも気合いが入っている。

 そんな中でも咲花先生の人気は高く、来年卒業する三年生にとってもっと触れ合いたい先生でもあった。

 だが一年生の担当であることもあって、手を振り降りていく。生徒たちは先生に言われた、受験頑張ってね、という言葉を噛み締めたのだった。


 賢也と優斗と巫女らは一年生の他クラスを敵情視察する。お化け屋敷などもあり本格的だ。絵画展を開いていたクラスは絵画付きの色紙の購入に持ち点を回収していた。

 A組の猫耳女装喫茶も中々の繁盛だった。面白半分で来る生徒がほとんどだったが、中にはマニアもいる。

 休憩交代で当番が変わるため、明日の二日目で親が来る時間を調べて避けようとする優斗。

 皆は中学校での文化祭を楽しんだ。二日目、保護者がやってくる。教室の窓や掲示板には生徒がそれぞれ行った自主活動などが載せられる。

 賢也や優斗も空手部での活動が載っていて、少し恥ずかしい思いをしながら文化祭を楽しむ。

 個別の保護者がやってきた時は休憩時間とされたので急いで着替える優斗。

 ギリギリセーフで見られる事のなかった優斗だったと思ったが、女生徒が父親に悪ふざけで写真を見せたのが不味かった。

「隠すのは良くない。着替えなさい」

 父親にそう言われ渋々着替えて恥ずかしい思いをした優斗。

「堂々としたらいいだろ」

 なんて賢也は言うがそんな簡単にいったら苦労しない。咲花先生は、からかうのはやめてあげてください、と苦笑して優斗を制服に戻してあげた。

 保護者と一緒に回っていく生徒たち。中には保護者が来れない場合も多々ある。そんな生徒たちに、クラスの担任として一緒にいてあげる先生。

 やがて賢也たちも女装して客を迎える。文化祭は大盛況だった。色んな人が来る。中にはガラの悪い人たちも当然来る。

 咲花先生は冷や冷やしながら見ていた。だが目立って悪いことをする人はいなかった。からかいにも動じない賢也たち。咲花先生はホッとした。

 だが事態は水面下で起こっていた。アナウンスが鳴り響き、咲花先生が呼ばれる。咲花先生は、後は任せるわね、と皆に言って職員室に向かった。

 その間にも悪の種は撒かれていた。賢也はピリリとした感覚を覚える。女装喫茶で飲み物を出していた時だ。そのネックレスには見覚えがあった、否、忘れるはずがなかった。

 日常が崩れ去る音が聞こえる。女生徒の悲鳴が起きた。不良グループ『下克上』の再来。文化祭は格好の餌食だった。

「よぉ、天谷賢也ってのはどいつだ?」

 どうやら賢也は『下克上』の中で有名人になってしまっているようだ。賢也は迷いなく答える。

「俺だ」

 男子生徒が止めようとするがその男子生徒は殴られた。

「そうかぁ。じゃあお前、俺を殴ってみろよ。そのへなちょこパンチでよ」

 賢也は拳を握りしめる。安い挑発だ、乗るわけがない。

「お帰り頂けますか? お客様」

 賢也は深く頭を下げる。その頭を殴る『下克上』のメンバー。

「これでも俺を殴れねぇか?」

 いつの間にか紛れ込んでいた『下克上』のメンバーが生徒を襲い始める。

「やめろ!」

 賢也は思わず叫んだ。それに対して『下克上』のメンバーは笑った。

「止めてみろよ、そのへなちょこパンチ・・・・・・・・でな」

 カチンときた賢也はその男を殴ってしまう。その男は更に殴り返す。喧嘩の始まりだ。他の生徒も助けようとして賢也は『下克上』のメンバー全員を引き受ける。

 やがて先生を呼びに行った生徒を見た『下克上』のメンバーは合図をして撤退する。

 職員室から慌てて帰ってきた咲花先生は、事態を把握した後お客様に謝った。

 文化祭二日目にしてとんでもない事態に陥ってしまったのだ。咲花先生は傍にいられなかった事を悔やむ。

「なんで殴ってしまったの……?」

「悪い……」

「先生! 天谷君は悪くないです!」

 守ろうとした事はわかる。だがすぐに先生を呼ぶべきだったという咲花先生。

「賢也君はただ僕らを……!」

 優斗も必死に庇う。だが事態はあまりにも悪い方向に向かっていた。咲花先生が呼び出された理由がそれだった。

 賢也が喧嘩している様子が撮られていたのだ……。そして『下克上』の復讐が始まったのだった。

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