第6話「咲花先生に弟子入り」

 賢也は後悔していた。本来危険な物を隠し持たないのがその不良グループのルールだと知っていたからだ。とはいえ金属バットは野球でも使う。持ち歩くには十分だ。彼らの絶対ルールは、殺人を犯さなければ人をボコってもいいというもの。

 少々やりすぎな感はあるが、これくらいで人は死なない。スッキリした後、奴は去っていくだろう。こいつをボコボコにできないのは癪だが、とにかく賢也に敵意を向けさせなければならない、そう感じていた。

「こんなもんか。まぁ、スッキリしたわ。ありがとさん、なんだけど……。折角かわい子ちゃんがいるんだ、唇くらい奪っておこうかな?」

「ふざけるなよ! そんなこと僕がさせない!」

 優斗は掴みかかったが、腹を金属バットで殴られ崩れ落ちる。

「おい! お前の相手は俺だ!」

「もう君に用はないよ。まぁそう言ってもまだ余力はありそうだなぁ……。気絶させてゆっくりかわい子ちゃんと楽しむか」

 巫女は震えて涙を流している。男がゆっくりと賢也に近づいていく。


「何をしているの!」

 声が響いた。咲花先生の声だった。

「あらら、人が来ちゃったか。じゃあ退散退散」

 男が去ろうとした時だった。すごい速さで男に近づいた先生は思いっきり跳んで男に張り手した。

「よくも私の生徒に手を出したわね? 絶対に許さない!」

「先生……! 先生ーー!」

 男は巫女の叫びを聞いて不意に笑った。

「ふーん、こんなちっこいのが教師なんだ? あのさぁ? 俺、教師ってのが大嫌いなんだよねぇ!」

 男は金属バットを咲花先生に振るった。だが先生には当たらなかった。華麗なステップで躱す先生。男はややムキになりながらバットを振るが全く当たらない。

 そして大根切りで振った男のバットを躱した先生は後ろ回し蹴りの構えでジャンプしてそのまま男の顔面を蹴り飛ばした。吹っ飛びながらもバットを手放さない男を見て、先生は不敵に笑った。

「今度は避けないから真っ直ぐ振り下ろしてみなさい」

 血眼になった男は、思いっきり先生の頭目掛けて振り下ろす。先生はそれを真剣白刃取りの構えで捉え、捻り回しバットを奪い遠くへ飛ばす。

「あなたはバットがなければ私にも適わない弱い男なのよ」

 背の低い先生を蹴りで攻撃する男。だが軽々防いだ先生は、その足を思いっきり正拳突きした。男は足を抑え悶え苦しむ。男が立つのを待つ先生には余裕が感じられた。

「クソが! クソアマがぁ!」

 立ち上がった男は走ってバットを取ろうとする。それを難なく追いつき、足払いで転ばせる。立ち上がろうとした男の胸ぐらを掴み、力任せに背負い投げをした。地面に打ち付けられた受け身も取れなかった男は気絶した。

 男が気絶したのを確認した先生は僕らの方へ来た。


「何故警察を呼ばなかったの?」

「すいません、タイミング悪くスマホ奪われて……」

「わかったわ、私が呼びます」

 警察に連絡を入れた後、僕らの話を詳しく聞いた先生はきっとお説教をすると思っていた。

 だが先生は僕らを一人一人抱きしめ頭を撫でた。

「無事でよかった。もうこんな無茶してはいけないよ?」

「咲花、お前強いんだな……」

 賢也は先生を尊敬の眼差しで見ていた。

「違うわ、あなたが弱いのよ」

「そうだな、俺は今回勝てなかった。まだまだ鍛錬が足りない」

「違うわよ。誰かを頼れない、それはあなたの弱さよ」

 先生は賢也にお説教をした。

「あなた、武器がなければ勝てたと思ってるんじゃないの?」

「そうだな、俺は中坊だが、それなりに鍛えてきた。あの程度のやつなら武器さえなければ勝っていたと思う」

「……そんなだからあなたは全然弱いのよ」

 この言葉には賢也はムキになった。

「俺はそこまで弱くはない!」

「いい? リングの上なら勝てたかもしれないというのはわかるわ。でもここはリングの外なのよ? どうして相手が武器を持ってこないとわかるの?」

「あいつらは自分達のルールで武器を持ち込まないと……」

 ここで、先生は可笑しそうに笑う。社会のルールを守らない連中が、自分達の決めたルールだからとそんなもの守るわけないじゃないか? と。

 賢也が守らなかった社会のルール。相手も守らなかったルール。それら全てを理解した上で賢也には全てを守る強さがなかった。

「とてもとても単純な子供で詰めが甘い。それだけよ」

 賢也はぐうの音も出ない。彼は頭を垂れた。暫くして警察が来る。事情聴取をされて彼らは正当防衛だとし、罪には問われなかった。

 先生が最後まで彼らの親にも巻き込まれただけだと、主張してくれたからだ。

 賢也は自分が巻き込んだと言ったが、巫女を助けたことの延長だと彼女が主張し、賢也のお父さんの拳骨一発で済んだ。

 どうやら喧嘩しているのは賢也のお父さんも黙認してる節があったらしい。事情を知っていて不良グループへの報復に動いていた彼を止められはしなかったと、反省していた。

「無茶はするな、そう言ったはずだ。お前だけなら俺の責任だけで済むと」

「親父、ごめん」

 彼はお父さんと一緒に優斗たちに頭を下げる。先生は何かを紙に書いて賢也に手渡した。

「明日休みでしょ? ここへきなさい」

 賢也は首を傾げた。巫女さんが聞く。

「あの……私達も行ってもいいですか?」

「構わないわよ」


 咲花先生の強さの秘密を知ろうと賢也たちは隣町の咲花先生の家を訪れる。そこは大きな屋敷で、隣に道場があった。空手と柔道が習える『空道』という名の格闘技を扱う道場だった。

 今は生徒が少ないため、人がまばらな道場で咲花先生は話す。それは格闘技は人を傷つけるためにあるわけではないこと。人を守るためなら迷いなく使っていいが、その代わり負けない強い力が必要なこと。そして自分を誇示する為にあるわけではない事を話した先生。

 何でもいい、強くなりたいと言う賢也に対して強さとは心の強さがまず第一だと言う先生は、しっかり心の強さをつけるように言う。

 そして怪我が癒えたらここで試合とは言えぬ喧嘩をしてあげると言う先生。


 二週間後、腕の傷も癒えて再び道場で向かい合う咲花先生と賢也。

「何でもありでいいわよ。私は私のやり方であなたを負かす。あなたはあなたのやり方で私を負かす。言っておくけど手加減なんてしない方がいいわ。私は強いわよ?」

「あの……この道場は?」

 巫女さんが尋ねると、咲花先生の祖父であるお爺さんが笑った。

「平日だけ小さな子供たちに解放してる、古びた道場じゃよ。本当なら弟子をとらねばならんのだが、生憎弟子はもうこの薫だけでな。この道場、もうただの遊び場なんじゃ。気にせず暴れるが良い」

 賢也は難しい顔で言った。

「お前、中坊だからと俺を舐めてないか? 怪我しても知らないぞ?」

 お爺さんは離れる。そして僕らに離れるように言った。お爺さんは合図を出す。

「始め!」

 舌打ちした賢也は構える。咲花先生は勢いよく踏み込み飛び込んだ。正面から叩く。防いだ賢也は笑った。

「この程度か?」

 地に足着いた咲花先生に拳を振るう賢也。狙う場所が低すぎて頭を狙っている。だがその拳を容易に左掌で捕まえ、そのまま回転し後ろ回し蹴りを賢也の太ももに入れた。

「こんなもの!」

 見ると大分痛かったらしい。歯を食いしばっているのがわかる。

 賢也は足を上げた。かかと落としの構えだ。でもそんな大振り避けられるはず……

「なに!?」

 咲花先生は手を頭の上にクロスして完全に受けきっていた。威力は半端ないはずなのに何事もなかったように笑っている。

「この程度?」

 それからもことごとく賢也の技は受けられた。そして反撃で苦しむ賢也。

 背の差に反して、完全に大人と子供だった。赤子の手をひねるように、先生は賢也に勝ってしまった。


「くそっ! なんでだ……」

「ふふふ、鍛錬が足りないのかしらねぇ?」

 先生は笑う。

「咲花、お前の強さは何だ?」

「咲花先生と呼びなさい」

「……咲花先生。教えてくれ。俺には何が足りない?」

「何もかも足りてないわ」

 先生は笑いながら言う。

「まず鍛錬した期間、確かにあなたの年代の中では突出して鍛えられてると思うわ。そしてどこを狙うか、あなたはちゃんとわかってるようには見えた」

「なら……」

「でもね、それら全部が喧嘩殺法なのよ。私からしたら急所を狙いに来る相手ほど弱いものはないわ」

 先生は座るように言った。それも正座。

「よく聞きなさい。確かに相手に重い一撃をくれてやるのは大切かもしれない。でも私ならどこを攻撃しても弱らせられる程の技術があるの。そして、弱ったところで一撃をかますのよ」

 賢也は真剣に聞いていた。

「私はただ鍛えるだけじゃなく、きちんとした技術を磨く努力をしてきたわ。それこそ、喧嘩するだけの道なんて霞むほどの努力をね」

 賢也は先生の強さに惚れ、話を熱心に聞く。それは先生と生徒のあるべき姿だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る