第25話:漂泊者③

 ルドベキアのお父さんと連絡を取った後、定期的に少女のところに顔を出すようにした。貴重な人造魔導士の成功例だ。その思考回路や情緒は不安定。人類に友好的になるように教育していくべきだと思ったのだ。

 病室のドアを開けるとそこにはマネッティアがいた。


「ごきげんよう、マネッティアちゃん」

「ごきげんよう、クローバーお姉様」

「今日はどうしてここに?」

「ああ、結梨の面倒を見るように祀様に頼まれてしまいまして」

「結梨?」


 聞きなれない言葉にクローバーは問い返す。


「祀様が、結梨で良いよね、と仰ってたので」

「何やってるのあの人?」

「クローバーお姉様、子供の相手って大変ですね。凄く元気が良いです。何歳くらいなのかしら?」

「マネッティアちゃんは受け入れてるんだ」

「名前がないのも可哀想ですし、良いじゃないですか、結梨って」

「……そうだね」


 マネッティアは結構長い間、結梨と病室で遊んでいたようで仲良くなっている様子だった。そして結梨も世界史を勉強して、戦術や魔力、魔導士について興味を持ち始めていた。


「どうでしょう、お姉様。結梨に魔導杖とリングを渡すのは。魔導士という話ですし、少しくらい良いのではないでしょうか?」

「そうだね、色々と気になることもあるし、申請してみようか」

「でも不思議なんですよね。レギオンの人達を探しても魔導士として登録されていなくて。ルドベキアさんのお父様経で調べてもらったんですけど情報なしで」

(それで、ルドベキアちゃんに危険が及ばないようGE.HE.NA.と繋がりのある私に連絡が来たのか)

「身元不明の魔導士なんです」

「そうなんだ。あ、そろそろ筋肉トレーニングの時間じゃない? 結梨ちゃん、一緒に行こうか」

「わかった、行く」


 マネッティアとはトレーニング室へ向かい、メニュー始める結梨を見つめる。ルドベキアがぼそりと呟いた。


「子供を育てるってこんな感じなんですかね」

「どうだろうね、育てたことないから分からないや」

「でも元気なの見てるとこっちも元気になります。いや、微笑ましくなると言った方が良いんでしょうか」


 クローバーはどうしても結梨を保護対象とは見れなかった。魔導士の戦力を増大させる実験動物としてか感じない。いや、感じようとしている。クローバーは本来善性の人間だ。過酷な過去によって捻じ曲がってしまっているかもしれないが、その大前提に「誰かの幸せのため」「平和に暮らしてる人が不幸にならない為」というものがある。


 もし結梨に愛着や感情移入して仕舞えば、自分は彼女を守ろうとするだろう。それだけは避けなければならない。今まで積み重ねてきた全てが瓦解する。しかし、だけど、せっせと頑張っている女の子を見て何も思わないはずが無かった。


 クローバーは善性だ。それが無ければクローバーは今頃魔導士をやっていなかっただろう。


 クローバーは復讐心を募らせてパワーにするタイプではない。失った悲しみに打ちひしがれて無気力になるタイプだ。それでもクフィアを失っても魔導士をやめなかったのは幻覚のクフィアと、彼女が最後に残した「死力を尽くして任務にあたれ」「生きている限り最善を尽くせ」「決して犬死するな」という言葉があったからだ。


 生きている限り最善を尽くす。

 その言葉はクローバーを苦境と困難から幾度も立ち上がらせて、奮い立たせた。

 そこでふと、思った。

 マネッティアちゃんと姉妹契約になったのは良いけれど、私ってお姉さまらしいことしてなくない? と。

 クフィアお姉様は髪をとかしてくれたり、食事を一緒にしたり、季節の行事を一緒に楽しんだが、マネッティアちゃんとはまだそんなことはしていない。している事といえば訓練くらいだ。


 導くのが姉の役目といえど、あまりに戦闘に偏り過ぎてある。これはいけない。クローバーはそう思った。


「マネッティアちゃんはさ、私と姉妹契約になりたいって言って、レギオンメンバーまで集めてくれたけど、何でそこまでしてくれたの? 私が知る限りだと命を救ったことがあるって事しか知らないから」


 クローバーからそんな話題を出すのが意外だったのか、目をぱちくりした後、マネッティアは言った。


「命を救われた時に、お姉様の姿がとても美しく見えたんです。とても、心に焼き付くほどに」

「そっか、なら幻滅したでしょ? 実物はそんなに綺麗じゃ無くて。もっとスマートで格好良い感じを想像してたんじゃない? いつも訓練で実戦じゃ情けない姿を見せちゃうし」

「いいえ。クローバーお姉様は私の想像通りの方でした。とても優しくて、生きているって感じがします」

「生きている?」

「はい。その時々で妥協をしないといいますか、その時できる最善を行動をしようとしているように思えます。それは自分の人生に真摯に向き合っているから……と思っています」


 後半は恥ずかしくなってしまったのか声が小さくなる。だけどクローバーからすればそれはまさに言葉通りだった。クフィアお姉様の言っていた「生きている限り最善を尽くせ」を実践していると周りも感じていてくれるのだ。それがクローバーには嬉しかった。自分のやってきた行動が無駄じゃないかったようで、認められたようで誇らしい気持ちになった。


「うん、私のお姉様から教わったんだ」

「クフィアお姉様、ですね?」

「うん、もう亡くなってしまったけど、死力を尽くして任務にあたれ、生ある限り最善を尽くせ、決して犬死するな。この三つの言葉を良く言っていたの。だから私もそれに倣ってあるつもりなんだ」

「良い言葉ですね。常に命の危険がある魔導士に相応しい言葉です」

「だから、その、マネッティアちゃんもそうしてくれると嬉しいな。後悔のない人生はないけど、それにも種類があると思うから」


 マネッティアは首を傾げた。


「種類ですか?」

「そう。理不尽による後悔、状況による後悔、行動による後悔、そしてできた筈の後悔」

「どういう意味ですか?」

「前者三つは自分が何をしようがどうしようもない場合が多い後悔。そして最後は自分が持てる力を意図的に発揮しなかった結果の後悔。失敗とか事故じゃなくて、自分で手を抜いた結果招くことになった現実は、とても辛いよ。無意識の油断や慢心とも違う、意図的に自分で失敗することを選んだわけだからね」


 そう呟くクローバーは哀愁に満ちていた。マネッティアにはまるでクローバーがとても大人びて見えた。これが数々の戦場を駆け抜けて、人々を鼓舞して、戦ってきた人の末路かと考えると心が痛んだ。


 もっと幸せなるべきだ。確かにクローバーは良いことばかりしてあるわけじゃない。見方によっては悪と言われても仕方ない戦略を取ることがある。しかしそれだって好きでしてあるわけじゃない。少しでも多くの人間を救うためにやってきた事だ。


 胸を張るべきだ。

 誇るべきだ。

 笑うべきだ。

 幸せになるべきだ。

 そして、それができるのは私しかいないとルドベキアは直感的に思った。他の人間ではクローバーに特別を求めてしまう。一人の人間であることを理解できているのは、クローバーにもっとも憧れ、現実を見て、心の闇を明かされた私しかいないのだ。


「クローバー様、今度遊びに行きましょう?」

「え?」

「美味しいご飯を食べて、好きなお店を見て回って、貴方の守っている世界を確認しに行きましょう。クローバー様はお疲れのように思えます。体の健康管理はできていても、心は傷ついているように思えます。だから、休みましょう。それが最善だと思います」

「でも、訓練が」

「みんなも少しくらい許してくれますよ。訓練ばかりしていても士気は上がりません。バランスですよ、肉体疲労は解消できても、精神負担は溜まっていきます。気晴らしをしましょう」

「そっかぁ。自由時間で解消できていると思っていたけど、確かに完全にオフの日はなかったね。うん、取り入れて見るよ。今度お休みにできる日はいつだったかな?」


 マネッティアは思った。

 ほら、これだ。

 クローバーは自分ではなくレギオンメンバーの精神休息の為に休みを提案したと思っている。

 が休んでほしいのはクローバー自身なのだ。

 最初は命を救われて憧れた。

 次は魔導士となった事で彼女の凄さに驚いた。

 そして最後は彼女の弱さに気付いた。

 心の底から幸せにしたいと思った。一方通行でも良い。乱暴でも良い。彼女に相応の報いを与えてほしい。

 頑張った人には、頑張っただけの褒美がなきゃ悲しいじゃないか。もし世界がそれを許さないなら、私は全てを持って彼女に与えよう。


 クローバーの妹として、クローバーを癒して支える存在になりたいと思った。

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