第24話:漂白者②

 謎の少女が保護されてからは慌ただしい日々が続いた。

 訓練、授業の繰り返しでモンスター襲来がないのが救いだろうか。クローバー隊は完全に少女のことを忘れて、日々を送っていた。


 誰も特に気に留めなかった。あくまでユグドラシル魔導学園が対処する問題だと判断したのだ。その代わりに少女の担当は祀と百由となり、色々と調べている。普通の人間でないことが露見するのは時間の問題だった。


 クローバーは体力を温存する為に出る科目を絞っていたので授業を受ける日々が続いている。しかしGE.HE.NA.からの通達で、理事長代行と一部の企業の偉い人達の話を盗聴する事もあった。


『時に高松君。先日そちらに保護された民間人のことだが』

『あ~。該当する者はおりますがそれが何か?』

『民間人がモンスターとの戦闘に巻き込まれたというのなら対外的な問題になる前に我々には身柄を引き受ける用意がある』

『せっかくですがお気遣いはご無用です。彼女は魔導士であると判明しました』

『ほう。衛士とは』

『君達の手を煩わせるには及ばん。提案を受け入れてはどうだ?』

『ご存じのとおり当学院には対モンスター防衛戦以外にも魔導士の保護という役割があります。そのため学院には独自の自治権が認められております』

『魔導士一人がどれだけの戦力になるか。その魔導士を1カ所に集中させかつシビリアンコントロールを受けることもなく自治などと…それがどれだけ危険視されているかはもちろん君も知っているだろう』

『もちろんです。関係各所にそれを認めさせるための苦労は筆舌に尽くしがたいものがありました』

『この学院が預かるのは年端もいかぬ子供ばかり。その彼女達をモンスター殲滅の矢面に立たせる我々もまた危険なのではありますまいか?』

『今のは問題発言として記録されるぞ』

『少なくとも魔導士が人間の敵になるなどあり得ないことです』

『魔導士第一世代としての君の見解は承知している。だが過度な思い入れは判断を誤ることになる』

『一つお聞かせ願いたいのだが彼女に興味を示しているのはどこの誰ですかな?』

『質問の意味が分かりかねるが』

『それは君とは関係ないことだ』

『関係ないとは?』

『……また改める』


 そこで通信は終わった。

 通信を聞いて真昼はため息をつく。どう考えてもGE.HE.NA.関係だ。しかもユグドラシル魔導学園に遠回しに身柄を要求するくらいあの謎の少女を欲しがっている事になる。

 このやり方からしても、かなり危ないGE.HE.NA.の過激派であることは分かった。


 クローバーが組んでいるGE.HE.NA.ラボは穏健派と呼ばれる『最小の犠牲で最大の成果を』を旨とするグループだ。こちらは負傷した魔導士の義足や、社会貢献を中心にした安定した成果を供給する事に力を注いでいる。


 対して少女の身柄を欲しがる過激派、または急進派と呼ばれるグループは『望む成果をどんな犠牲を払っても』を旨とするサイコパスとマッドサイエンティストの集まりだ。百由の第四世代魔導杖の失敗実験を成功するまで止まらないとえばわかるだろうか。


 だがその分過激派の持つ成果は高く、モンスターの支配やに攻撃されない魔導士の育成などを成功させている。


 恐らくこのやり取りを聞かせたのは穏健派のGE.HE.NA.職員がクローバーに、危険な真似をしないように忠告を込めて連絡してくれたのだろう。それに感謝すると同時に厄介な事になったと舌打ちをしたくなった。


(GE.HE.NA.と繋がっている以上、薄いラインではあるけど過激派からの命令も来るかもしれない。今、GE.HE.NA.との繋がりがユグドラシル魔導学園にバレるのは避けたい。どうしよう)


 クローバーが一人で迷いながら、オープンテラスで休んでいると、ルドベキアがやってきた。不機嫌なのを隠して微笑みを浮かべる。


「ごきげんよう、クローバー様」

「ごきげんよう、ルドベキアさん。今は休み?」

「はい。そうです。それで、あの」

「どうしたの?」

「少しお願いが」


 ルドベキアが頬を赤くしながらモジモジと言う。


「いいよ、うん、と言えるかわからないけど聞くだけなら」

「私のお父様とお話ししてもらえませんか?」

「どう言う事?」

「いえ、私が入ったのがクローバー様のレギオンだとお伝えしたら、是非ともお話ししたい、と言われて」


 ファンみたいなんです、とルドベキアは顔を真っ赤にしていった。親が尊敬する先輩のファンで職権濫用して話したいと言えばそれは娘の立場からしたら恥ずかしいだろう。

 クローバーは今まで考えていたことがバカらしくなって声を出して笑った。


「ぷはは、うん、大丈夫だよ。端末に回して」

「では、失礼します」


 クローバーの端末に知らない番号が通知される。それを受け取る。


「こんにちは、クローバーです。ルドベキアさんのお父様ですか?」

『ああ、私がルドベキアの父だ。無理を言ってすまない。ルドベキアからはなんと聞いている?』

「私の、幸運のクローバーのファンだと」

『そうか、ああ、それは正しい。後で写真とサインを送ってもらいたい。しかし本題はそこではないんだ。最近保護された少女のことだ』


 クローバーは一旦、失礼、といってミュートにするとルドベキアに離れるように言った。ルドベキアは、自分の父が喜んでクローバーと話す姿を見るのが恥ずかしかったのか、それに従った。


「人払いしました。大丈夫です」

『あの少女は、モンスター研究の国際機関GE.HE.NA.と、フランスに拠点を置く魔導杖メーカー・クレスト社が、捕獲したモンスターの体組織から幹細胞を作り出した人造魔導士だ』

「何となく分かっていました。モンスターの遺伝子は地球上全ての生物の遺伝子があり、その中から人の遺伝子のみを発現させたんですね」

『その通りだ。実験はやや失敗。唯一の成功例はユグドラシル魔導学園で治療を受けている彼女一人だ』

「人造魔導士計画。言葉だけきくと強化魔導士の延長であるように聞こえますが、問題は?」

『再現性とセーフティがない事だ。人道的な問題を置いておけば、それでも推進するべき計画だと思った』

「なぜですか?」

『人類の滅亡が近いからだ』


 その言葉にクローバーは眉を顰める。


「出生率と死亡率、そして戦闘可能時間ですね?」

『その通りだ。まず女子しかなれない点、そして魔力数値という適正、そして職業を選ぶ自由。これによって魔導士なる人間は限りなく少ない。そしてその中から中学一年生から高校卒業できる確率もまた低い。そして生き残れたとしても6年しか戦えない。人類は剣の下に立っている』

「そこで戦力を拡充させる人造魔導士計画に繋がるわけですね」

『ああ。君はどう思う? この計画を』


 クローバーは素直に答えた。


「人造クローバー、もしくはクローンによってオリジナルの人間が死ぬ可能性が低くなるならやるべきでしょう。一番の問題は現存する全ての人類の命です。オリジナルが死ねばクローンも人造クローバーも死にます。最優先されるべきはオリジナルの衛士もしくは人類であることは明確だと思います」

『驚いたな。この計画を聞いた時は唾棄すべきものだと思った。君はそれを受け入れるのか?』

「人類は常に進み続けなければ壊死する。それはモンスターに持久戦を挑んだ時点で決まった事です。今の人類はモンスターの本拠地であるネストへの大規模攻勢にでる戦力がありません。このままでは魔導士の寿命と物資の枯渇によって人類が絶滅するのは目に見えています。誰かがやらなければならない汚名を、貴方は自ら進んで行った。それは誇るべき事だと思います」

『私は娘や君のような少女が命をかけて戦うのが嫌だった。だからこの計画を支援した』

「それは立派な考えです。誰だって自分や家族を危険に晒したくないです。貴方は社会に貢献し、更に世界を救う計画を進めている。これは誰が否定しようと私は貴方を尊敬します」

『そう言ってもらえるとありがたい。それで、例の少女をこちらに引き渡すことは可能だろうか?』

「難しいですね。ユグドラシル魔導学園内部は人道的で善人が殆どです。この中でGE.HE.NA.への引き渡しを進めるのは難しいです。外部の圧力を増やすべきかと」

『わかった。ありがとう。君と話せて良かった。もし魔導杖について困ったことがあれば是非相談してくれ。あとルドベキアと君の写真を送ってもらえないだろうか?』

「娘さんの姿は見ていたいですものね。わかりました。では失礼します」


 クローバーは通話を切った。

 遠くにいたルドベキアに声をかける。


「電話終わったよ」

「ど、どうでした?」

「私のこと大好きだって。魔導杖のこととか相談してだって。あと写真とサインが欲しいみたいだから送ってあげたいんだけど、良いかな? 良いお父さんだね」


 父親を褒められてルドベキアは嬉しそうに笑う。


「はい、もちろんですわ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る