13話:レギオン結成④

 マネッティアはユグドラシル魔導学園の廊下を、ルドベキアと一緒に歩いていた。


「レギオンメンバー探し順調ですわね」

「二人ともありがとう」

「まさか愛花さんと葉風さんにも了承して頂けなんて。葉風さんの狙撃凄かったですね」

「頼もしいわね」

「はい! とても」

「あとは二人ですね。あとできればアーセナルの方とも仲良くなりたいものですわ」

「アーセナル?」

「ええ、マネッティアさんはご存じなくて? レギオンに一人は必ずアーセナルを作るのが通例になっているんですのよ」

「魔導杖は消耗品ですからね。かといって巨大魔力結晶一個分の武器をポンポン買い替えるわけにはいきませんし」


 ちなみに巨大魔力結晶は最低八億だ。カスタムによってはそれ以上の値段になる。それらは全てユグドラシル魔導学園が負担している。国防に関する事なのだから当然だが、しかし魔導杖の破損は戦場での死を意味する。なので意外と破損させて買い替えという事態は起きない。破損させた魔導士は死んでいるからだ。


 よく破損させつつも生還する魔導士といえばカオリくらいのものだろう。クロスハンドによる魔導杖二刀流で敵を薙ぎ倒すが、その魔導杖の使い方は荒く激しい。


「そんな事をすればユグドラシル魔導学園は破産してしまいますからね。定期メンテナンスで長持ちさせるんですの」

「そうなのね。アーセナル、あのエレーミアさんとかどうかしら?」


 アーセナルは魔導士の武である魔導杖を開発、改良、メンテナンス、改造する者達の総称だ。レギオンに一人は専属のアーセナルがつき、メンテナンスを担当する。臨時で他のレギオンのものを担当するが、大抵は専属だ。


「良いかもしれませんね! 今度誘ってみましょう!」

「あと一人は放課後にみんなで相談して……」


 そこでマネッティアは言葉を止めた。

 魔導杖の格納箱を持った胡蝶が歩いてきたのだ。顔には包帯が巻かれており、左目が見えない。


「ごきげんよう。傷の方は大丈夫かしら」

「……問題ない」


 胡蝶は包帯を取った。そこには傷ひとつなかった。


「保険医が過剰なだけ。私はすぐに傷は治る。急いでいるから退いてくれる?」

「それはごめんなさい。気をつけてね」


 完全装備の胡蝶を見送り、マネッティアは少し思考に耽った。

 胡蝶はマネッティア達と離れたあと、敷地内に停められた車の中に入る。するとそこには、桃色の髪にクローバーのアクセサリーをつけた魔導士がいた。


「何でアンタがいるの?」

「GE.HE.NA.との契約の関係上、胡蝶ちゃんの実験と被っちゃったんだ」

「そう」


 胡蝶は不機嫌そうに鼻を鳴らして席についた。

 ユグドラシル魔導学園は反GE.HE.NA.と呼ばれている学校だ。GE.HE.NA.は非道な実験や倫理観を放棄した行為を繰り返す研究機関で多くの人に貢献しつつも多くの人達に嫌われている。


 反GE.HE.NA.を掲げるユグドラシル魔導学園はその接触を禁じているほどだ。胡蝶も例外ではない。本来ならGE.HE.NA.とは関わりたくないが、元々GE.HE.NA.の所有物であった胡蝶は身柄をユグドラシル魔導学園に移すのと交換に、実験に参加するように交渉されてしまったのだ。


 多数の成果を出すGE.HE.NA.に、非人道だからといって胡蝶を保護することはユグドラシル魔導学園といえどできなかった。

 だからこそ、胡蝶はクローバーを嫌悪する。自分が嫌々GE.HE.NA.に従っているにも関わらず、クローバーは自分からGE.HE.NA.に契約を持ちかけたと噂がある。


 自由を自ら放棄するなんて、正気とは思えない。だからクローバーが嫌いだった。


「包帯取っちゃったんだ。先生悲しむよ」

「要らないわよ、あんなもの。検査だって不要」

「GE.HE.NA.の施設から解放されて半年でしょ? 自分の体を労わりなさい」

「ふん、どうせデータが取りたいだけでしょ」

「ユグドラシル魔導学園は、そんなデータに興味はないよ」

「どうだか。じゃあ何のために私を保護したのよ。ユグドラシルの引き抜き癖は有名だからね、どうせ強い魔導士が欲しいからに決まってる」

「歪んでるなぁ、もっと人の善意を信じないと」

「人の善意があれば私は強化魔導士なんてやってないよ」


 目的地に着くと、そこにはモンスターが多数存在していた。


『今より実験を開始する。モンスターを攻撃する人造モンスターを製作した。それがもし暴走した場合は全て処分しろ』


 スピーカーから男の声がする。


「了解」

「わかりました」


 檻から人造モンスターが姿を現し、モンスターを攻撃し始める。だがすぐに負けてしまい、殺されてしまう。

 そして次の獲物に、クローバーと胡蝶が選ばれた。


「やるよ」

「うん、合わせるよ」


 二人はよく実験で一緒になった。だからお互いの闘い方はわかっている。二人はモンスターの群れに飛び込むとお互いをカバーし合いながらモンスターを始末していった。


『実験は終了だ。帰投する。車に戻れ』

「はいはい」


 そして車に戻ってユグドラシル魔導学園に戻る。そして次の実験に備えて体力を回復させておく。

 それが、胡蝶の日常だった。

 翌日の昼休み。

 胡蝶が一人で昼食を食べていた。

 のんびりと雑談をしながら食事をする生徒達を見ると、彼女達は所詮上級階級の騎士なのだと思う。


 ユグドラシル魔導学園のは騎士だ。戦場に立ち命を落とすことはあるが、そこには誇りと尊厳と自由がある。一人の人間として認められている。しかし胡蝶は違う。

 兵器だ。消耗品だ。魔導杖でモンスターを倒すための道具。そこに自由も尊厳もない。


 GE.HE.NA.の非道な実験は過酷なものだった。投薬に、モンスター細胞の移植、更に神経の改造、体を人間以外のものに作り替えられて、もう自分の体を自分だとは思えなくなっていた。


「あら、ごきげんよう。胡蝶さん」

「は?」


 胡蝶はマネッティアを睨みつける。


「ご一緒させてもらうわ」

「許可を取りなさいよ」

「ご一緒させてもらうわ」

「何だお前」

「じゃあ私達もご一緒させてもらおうかしら」

「失礼しますねー」


 マネッティアに引き続きルドベキアも同じ席に座る。


「貴方達……いいわ、なんでもない」


 マネッティアの強引さに苛立ちを覚えたが、諦めて食事に戻る。


「ところで、私たちはレギオンメンバーを集めているのよ」

「何、突然」

「私たちのレギオンに入らない?」

「入らない」

「そんな筈はない筈よ、貴方は心の中では入りたいと思っている筈。このバナナのように皮を被っているだけなのよ」

「バナナの皮で滑って死んでしまえ」


 単純に戦力としてみるなら胡蝶は強いだろう。GE.HE.NA.の外道な倫理観を無視した生体実験によって、筋力増加、反射神経の加速、防御結界の出力強化、傷の超高速再生を得た。


 結局、こいつらも力が目的か、と侮蔑する。

 胡蝶自身は求められない。力だけを求めている。そんなのに付き合っていられない。胡蝶は人付き合いをやめて、GE.HE.NA.からの命令だけを実行する機械になろうとした。


 ただのモンスターを殺戮する機械。


「人が足りなくて困っているのよ。私達を助けると思って入ってみない? そうすれば貴方も一人で任務に行く必要もなくなり、危険度も減るはずよ」

(困っている、ですって?)


 その軽々しい物言いに苛立ちを覚える。


「困っているから助けろ? 出会ったばかりの私に? 貴方一体何様なの?」


 強い言葉が出た。それにマネッティアは真っ向から見つめてくる。


「私はね、胡蝶のさん。クローバー様を救いたいの」

「アイツを?」

「クローバー様は人々を助ける為に自身を蔑ろにして傷ついている。それをどうにかしたい。そのためには仲間を集めて、真昼様の仲間になる必要があるの。クローバー様が自分を助けないなら私たちが助ける。お互いを助けるレギオンを作りたい」

「……」

「貴方の噂は知っているわ。事実かはわからないけど、もし事実なら助けが必要でしょう? どちらかが助けるだけじゃない。助け合おう、と私は言っているの」

「そう。立派な考えね。私は別に貴方の助けを必要としていないわ。じゃあね」


 マネッティアの言葉は胡蝶には信じられなかった。

 胡蝶はトレーを持って去っていった。

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