12話:レギオン結成⑤

 その後は最悪だった。

 気分もそうだが、ルームメイトなので顔を合わせるのだ。愛花は何もなかったように挨拶してくるので勿論返したが、それでも心の傷は残る。

 葉風は部屋に戻るとすぐにベットで横になってカーテンを閉めた。


(私なんて、どうせ)


 そこでふと、マネッティアの顔が浮かんだ。


『性格も内向的で自罰的なんじゃないかしら。自分なんてダメな子って思っている』

(シノアさんはすごかったな、私には到底)

『葉風さん、貴方は万能でなければならない、と思っているでしょう?』


 その言葉が胸に引っかかった。


『そう。成績優秀で、社交的で、あと色々。たぶん周りが優秀な環境だったのでしょう。できるのが当たり前だと思ってる。だけどね、人は出来ないこともあるのよ』


 あのクローバーも失敗をしてマネッティアに重傷を負わせた。


(私にできるのは、なんだろう? 成績は平凡、ファンシーなものや猫が好き。スキルは遠くを見れる天の秤目。狙撃が、得意……)


 葉風は頭に電流が走るのを感じた。


「これだ!」


 ちょうどその時、訓練から愛花が帰ってきた。


「ただいま戻りましたわ」


 葉風は慌ててカーテンを開けて、ベットから降りて愛花に詰め寄った。


「愛花!!」

「は、葉風さん!? どうされました!?」

「私もやっぱり愛花と同じレギオンに入りたい!」

「ですが」


 そこで葉風は愛花の言葉を遮った。


「だから、その覚悟を見せる! 愛花とレギオンのみんなと、あとクローバー様の都合の合う日を教えてほしい。そこで私の覚悟を証明する」


 葉風の強い言葉に、愛花は驚いた顔をした後、優しい笑みを浮かべた。


「ええ、わかりました」

「あ、あと魔導杖と訓練場もお願い。全部揃えるのは大変かもだけど私も手伝うから」

「はい、構いませんよ。しかし葉風さん、少し見ない間に随分と顔つきが変わられましたね?」

「うん、マネッティアさんのおかげ」

「マネッティアさん? 確か少し喋った事があるとか」

「うん、その時にヒントを貰ったんだ」


 愛花がセッティングした日はすぐにきた。

 距離5キロ。

 台風のような猛烈な雨風。

 時刻は夜。

 場所は入り組んだ都市部。

 それが葉風の示した訓練場の環境設定だった。観客席にレギオンメンバーとクローバー集まり、訓練場には愛花と葉風がいる。


 葉風は大きく息を吸って深呼吸をした後、言う。


「ここから模擬弾を愛花に命中させる」


 それ聞いた観客席のルドベキアが目を見開いた。


「この状況でですか!? 流石に無茶が過ぎませんこと!? いくら魔力弾が風や雨の影響を受けにくいからといって全く受けないわけじゃないんですのよ!? しかも暗闇でこの距離!?」


 愛花は魔導杖を構えて黙って聞いている。

 葉風も魔導杖を持って、胸を張って言う。


「私は才能がない。全部平均的で、喋るのが苦手で、モンスターが近くにいると怖くて震える」


 葉風は魔導杖を握りしめる。


「けど、射撃の腕なら私は負けない。レギオンのみんなの背中を守って見せる。それを今から証明する!」


 手を伸ばして、愛花を指差す。


「今から五発、愛花に向けて模擬弾を発射する。それを全て打ち落とせたらレギオンに入れて欲しい。模擬弾がズレて愛花から外れたら打ち返さない約束をしてる」


 震える声で、葉風は叫ぶ。


「私は自信がなくて、臆病だけど、レギオンに入りたい気持ちは本当。みんなと一緒に戦いたい! その力があるってみんなに示したい! 足手纏いにはならないって証明する。だから! 私にチャンスをください!」


 暗闇、雨風、長距離、そして自分からこの条件を指定するプレッシャー。その全てを超える事ができれば彼女の加入を否定するものはいないだろう。


「いいわ、やってみなさい。葉風さん」

「うん、ありがとう。マネッティアさん」


 葉風は魔導杖を構える。


「スキル発動、天の秤目」


 スキル発動:天の秤目は敵味方の距離をセンチ単位で把握出来るレアスキル。 目測で厳密な距離を測ることが出来、同時に異常な視力を獲得出来るスキルでもある。 スナイパーや中長距離で戦闘する者にとって相性が良いスキル。 なお、暗さが不利に働くことはなく、暗闇でも距離を把握できる。

 更に相手の防御力を下げることも可能だ。


「まず、一発」


 ドン、ギュイン!

 最初が撃った音で、後が愛花が弾いた音だ。


「二発目」


 ドン、ギュイン!


「三発……ッ!」


 そこで葉風は攻撃を止めた。

 観客席にいた人達もみんな驚いている。なんと的役の愛花が動き始めたのだ。乱数回避と呼ばれるモンスターの熱線を避ける際に使われる回避行動だ。


「こんなもの、当てられるはずがありませんわ!」


 あのルドベキアが叫ぶ。


「三発目!」


 ドン、ギュイン!


「当てた!?」

「凄い!」

「四発目!」


 ドン! ギュイン!


 そこで愛花は最後の壁を出した。なんと地面を攻撃して、抉り、泥の壁を作り出したのだ。更に移動しているので正確な位置がわからない。


「落ち着いて。五発目!」


 ドン! ギュイン!

 五発の弾丸は全て愛花に命中した。シュミレーションが終了して、二人が外に出てくる。


「凄いですわね、あんな悪条件の中で会えるなんて」

「あ、ありがとう。どうかな、私、みんなと一緒に戦っても良いかな?」

「ええ、勿論よ。ようこそ、私たちのレギオンに」


 シノアは手を伸ばし、葉風もそれを握る。その手をルドベキアが握った。

 愛花は遠くで見ていたクローバーに一礼をした。


「お付き合い頂きありがとうございました。クローバー様」

「ううん、青春って感じだね。愛花さんからしたら、今の葉風なら好きになれるんじゃないかな?」

「私が葉風さんを苦手にしていたのをご存知で?」

「なんとなく。愛花さんの過去は知ってる。故郷を焼かれ、家族を殺され、スキルは望んだものは目覚めず、故郷外征のためにアールヴヘイムを目指すも失敗、予備隊の合同訓練ではルドベキアさんのチームに負けてヨルムンガンド学園で初めての汚点を残してしまう」

「よく調べていますね」

「仲間になるかもしれないからね。これくらいは。愛花さんは失敗と挫折しか味わったことのない人なんだよね。血の滲むような努力をしても結果はついて来なかった。それでも前を向いて努力し続けて成績優秀になっている。並大抵の精神じゃないよ。凄いと思う」

「こう、人から言われると恥ずかしいですわね。私は何も得られなかった。奪われた。なのに葉風さんは故郷にがあり、家族に恵まれ、才能があり、自身の意向で転校しようとしたら国際問題にならかけるくらい有望視されていたのに、自信のない優柔不断な性格。何なのよこの子はって思っても仕方ありませんよね?」

「うん。愛花さんの思いはもっともだと思う。でも、そこで終わらなかったんだよね?」

「はい。私は葉風さんが嫌いでした。だけど、彼女にはもっと前を向いて欲しかった。自分が持っているものを自覚して幸せになって欲しかった」

「優しいね、愛花さんは」

「今の葉風さんなら安心して背中を預けられます。頼れる仲間として命を預けられる」

「さぁ、行っておいで」


 クローバーは愛花の背中を押してレギオンメンバーのみんなのところに押しやった。途中で動いたことへの抗議や追及を受けて、騒がしくなる光景を見ながら、クローバーは一人で観客席から席を外した。

 ふわりとクフィアが現れる。


『どうして一緒に混ざらなかったんだい?』

「私には眩し過ぎます」

『マネッティアちゃんは依然としてクローバーを好き好き全開だし、葉風ちゃんも愛花ちゃんも良い子達じゃないか。何が不満なんだい?』

「だって、良い人たちじゃないですか。そんな人たちを支配するなんて私にはできません。道具のようには扱えません」

『見知らぬ誰かなら良いのかい?』

「見知らぬ誰かを守る為に見知らぬ誰かを利用することはできます。けど見知らぬ誰かを守る為に大切な人たちを利用するのはできません」

『全く、クローバーは頑固な子だね。そこが本当に可愛いんだけど。流石はボクの妹だ』

「私は、貴方の妹で幸せでした。理想のお姉様でした。こうして言葉は交わせるのに、どうして触れられないのですか?」

『クローバー、ボクはもう死んでいるんだよ。こうしているのは、うーん、まぁ、残響とか、ロスタイムみたいなものさ。前を向く時期が来たんだ』

「私はまだ、お姉様と一緒にいたい。一緒に戦って、ご飯を食べて、笑って、お風呂入って、体を洗い合って、そして抱きつきたい」

『それは、もう叶わない願いだよ、クローバー』

「クフィアお姉様……貴方に会いたい」


 心は乾く。

 過去の亡霊に縋りつくほどに。

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