第10話 新しい日常

 プオォォォーーー。 


「エイジ、起きなさい」


 母さんが軽トラックのクラクションを鳴らした。


「おはよう母さん」


 起きた時には俺の知っている母さんはもういなかった。


「ほら朝飯、それ補給してとっとと学校行ってきな」


 ガソリンの入ったジョッキを雑に手渡してきたのは金髪の若いヤンママの見た目をした俺の新しい母さんだった。 


 俺はそれを一気に飲み干すと元気がみなぎってきた。

 まったく便利な体になったもんだと感心した。

 軽トラックの荷台からおりると昨夜リフォームされた窓からではなくわざわざ玄関から外へ出た。 

 やはり出入りは玄関からするべきだ、俺はまだ少し自分の中に残っている常識を大切にしたかった。


 駐車スペースには昨日父さんが着てたはずの泥だらけのスーツを着た狸の置き物が置いてあった。 

 そのままだと間抜けに見える狸もスーツを着ていると案外様になって見える、馬子にも衣装ってやつだ。


 昨日は俺に見向きもせず先に帰ったんだ、恐らくもう二度と亜美ちゃんは迎えに来てはくれないだろう、なんとなくそう思った。


 一人寂しく俺は自転車にまたがり学校へと向かった。


 今日の通学はまた新鮮だった。

 昨日まで一面砂漠だった町は綺麗に整備された道路に戻っていた。 

 高層ビルが立ち並びオシャレなカフェや雑貨屋や服屋が軒を連ねている。

 自転車を走らせる通学路は近代的なファッションに身を包む若者たちで溢れかえって活気に満ちていた。 


 これが大都会か、俺の知る田舎町の面影は微塵もない。 


 高層ビルのテレビモニターにはビモっちゃんが映っていた。

 ニュース速報だ。 

 それによるとどうやらビモっちゃんはプロアイドルの副業で日本の総理大臣もすることが決まったらしい。 


 新総理ビモっちゃんの故郷ということでいつの間にかこの町は新たな日本の首都になっていた。 

 だからこの地は一夜にして大都会となった。 

 全国からかき集めらた建設業者たちがかなり頑張ったらしく突貫工事で一夜にしてこの大都会を作ったそうだ。


 俺は自転車を走らせる、大都会を生で見れただけでもめっけもんだ。


 学校が見えてきた。


 町並みと違いその外観にはなんら変化ないように見える。 

 どうせなら学校も都会的なデザインにしとけよなと俺は残念に思った。 


 駐輪スペースに自転車を止めた。

 普段よりもあきらかに自転車の台数が少なかった。


 いつもの応援団たちの声は聞こえてこない。 

 朝練は、というよりアイツらビモっちゃんの応援はやめたのか? 


 普段うるさいと感じる彼らの大声もないならないで少し寂しいもんだ、俺は気になってグラウンドを見に行った。 


 あぁ、そりゃ静かなハズだ。


 そこには詰襟学生服を着た大量のカカシが雑に地面にブッ刺さっていた。 

 そのカカシの前で大量のカラスたちが列を組み応援団が拳を突き出すように左右の羽を一糸乱れぬ動きで交互に突き出していた。 


 教室へと来た。


 どうせ来ても授業なんてないからサボってもよかったが俺は以前の習慣を変えたくなかった、平日は学校に来て土日はしっかり休む、実に学生的じゃないか。


 教室には生徒が七人しかいない。


 ビモっちゃんが総理大臣も兼業してあまり学校へ来られなくなったせいだろう。 

 クラスメイトたちにとってもはやビモっちゃんに会えなければ学校に来る意味などないのだろう。 


 亜美ちゃんも来ていない、まぁ亜美ちゃんが一番ビモっちゃんにお熱だったから当然っちゃ当然だ。

 

 ジリリリリリッ。


 チャイムが鳴って俺は席に着いた。


 川辺先生はとうとうホームルームにすら来なくなった。 

 何度もチャイムが鳴った。

 しかし教師は誰一人としてこない、どうやら勉強すらもしなくてよくなったらしい。


 俺はずっと窓から外の景色を眺めていた。 

 教室に目をやると不快な気分になるからだ。 


 学生なのにタバコを吸っている奴なんてまだかわいいもんだ、床を舐めている奴、黒板消しをかじっている奴、床に仰向けで痙攣して泡を吹いている奴、ロッカーに頭を突っ込んで叫んでいる奴などなど、この学校の制服を着てはいるがどいつも俺の知らない顔ぶればかりだった。


 外は夕焼け空になっていた。

 もうチャイムも鳴らなくなっていた。

 いつの間にか教室には俺以外誰もいない、さて、俺も帰るとするか。


 帰りの自転車を走らせるが相変わらずこの世界は俺を休ませる気がないらしい。 


 車や自転車、犬や猫は空を飛んでいるしヘリコプターや飛行機、鳥は道路を走っていた。 

 イカれ具合にも中々センスが出てきた。

 至るところにビモっちゃんのポスターが貼ってある。 

 すれ違う人々は老若男女ビモっちゃんのお面を被っていて彼女の口癖「わたしはアイドルー♪」を連呼している、というより人々はそれで会話が成り立っているようにみえた。 

  

 あークソッ、なんで俺の自転車だけ空を飛ばないんだ、もし飛べたらもっと早く家に着くのに、俺は少し不満だった。


 さぁ我が家へ帰ろう、もう壊れた我が家へ。 


 家に着いてまず安堵した。

 よかった、まだ俺の家はあるみたいだ。


 駐車スペースには相変わらず狸の置き物がそのままだ、こうして見ると中々愛嬌ある顔をしている。

 窓から突っ込んだ軽トラックには俺の新しい母さんが下着姿で抱きついて喘いでいる。

 

 今日も疲れた、早くゆっくりしたい。

 俺が玄関を開けた瞬間背後から大声が聞こえた。 

 俺は気怠るく後を振り返った。 


「わたしはアイドルー♪」


 大声というより絶叫しながら発狂しているの方が正しかった。

 その狂人は幼馴染の亜美ちゃんだった。

 目の焦点が合ってない、これじゃあせっかくの美人が台無しだ。


 パリンッ。


 亜美ちゃんは金槌で駐車スペースの狸の置き物を叩いて割った。


「あっ、それ一応俺の父さんなんだけど」


 俺はボソッと呟いた。


「アイドルー♪アイドルー♪わたしはアイドルー♪」


 パリンッ、パリンッ、パリンッ。 


 亜美ちゃんはかなり興奮している様子で狸の置き物はすでに粉々に砕かれていた。

 

 まぁ亜美ちゃんの気がおさまるなら父さんの一人や二人くらい粉々になってもいっか、俺は亜美ちゃんを止めないことに決めた。


「ヒャッホー⤴︎わたしはアイドルー♪」


 かわいそうに、きっと亜美ちゃんはビモっちゃんに会えないストレスがだいぶ溜まっているんだろう。


 俺はただ亜美ちゃんが不憫で不憫で哀れみの目で見守っていた。

 母さんを見るとこの騒ぎの中でも全く気づく様子もなく軽トラックといちゃついている。


「アー、イー、ドルー」


 亜美ちゃんは最後にそう叫んで狸の置き物の残骸まじりのスーツを持って自分の家へ走って帰った。


「ただいまー」


 玄関から入った。 

 誰も俺の帰りなど待っていないのは分かっていた。

 リビングに来ても母さんはまだ俺に気づかない。


「母さんただいま」


 軽トラックに夢中で体を擦り付けている母さんに俺は言った。


「こらレイジ、子どもが両親の行為を見るんじゃねー」

「ごめんよ母さん」


 母さんはめちゃくちゃブチ切れていた、そして母さんの中で俺の名前はレイジになっていた。


「チッ」


 ブォンブォン。


 母さんは最後に舌打ちをして俺を睨みつけると軽トラックに乗ってどこかへ行ってしまった。 


 俺はとうとう一人になった。 


 うん、さすがに心細い、あんな母さんでも近くに誰かいるだけでも気が紛れただろうに。

 どうしたもんか、亜美ちゃんにでも相談しようか、両親が家を出て行ったことを。 


 いや、やめておこう、さっきから亜美ちゃんのわめく声が隣の家から聞こえてくるから、亜美ちゃんも今きっと大変な時なんだろう。


 俺は風呂でも入って気持ちをリセットしようと思い風呂場へと向かった。 

 しかし我が家の風呂はすでに存在していなかった。 

 風呂場のあった場所ではビモっちゃんのお面を付けたおじいちゃん二人が将棋を指していた。 

 かなり集中しているようだ、俺の存在に気づいていない、邪魔したら悪いから俺が立ち去ろうとしたら二人のおじいちゃんは同時に屁をこいた。 

 と同時に二人は激しい殴り合いを始めた、邪魔したら悪い、俺は風呂場をあとにした。

 

 そうだ寝よう、俺は今日も疲れているんだった。


 熟睡するため寝る前にトイレだけは済ませておこう。 

 トイレはまだ我が家にあった、安心した。 

 チャックをおろした、だが俺の息子が見当たらない、不安になった。


 ふとトイレの壁に掛けてある鏡を見たら俺は銀髪の少女になっていた。 


 俺はトイレをするのを諦めた、元々尿意なんてなかった。

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