星降る夜空に願いを込めて

ゆーく

第1話

むかしむかしあるところに

とても強欲な王様がおりました


ありとあらゆるものを欲しがる王様

それは人間も例外ではありません


見目の良い者は城に閉じ込め

力のある者は戦に使い

知恵のある者は牢に入れ

未来ある者には枷を付けました


そこには性別も年齢も身分も関係ありません


王様の国にいる人間は全て

王様の手の中にいなければなりませんでした



ありとあらゆるものを欲しがる王様に

国民は恐れました


とまどい

かなしみ

くるしみ


拭えぬ恐怖に


ある者は涙を流し

ある者は慟哭し

ある者は怒り

ある者は決意し


自由のない行く末に

各々の形で抗います



しかし、

強欲な王様はそれを赦しませんでした


知恵のある者に王様の身を守らせ

力のある者に粛清させました


強欲な王様の前では誰もが無力でした



力を持たない国民は次々に捕らえられてしまいます 



宝石の輝きを瞳に宿す一族は瞳を奪われました

癒しの力がある種族は拘束されました

闘いに秀でた種族は反抗する者全て殺されました


どれだけ秀でたものがあっても

王様の持つ数の前では何もかもが無力でした



ありとあらゆるものを欲しがる王様


そんな王様から身を隠し続ける村が一つだけありました



王様のいるお城から遠い遠い場所で

王様の国の端っこに


その村はありました



その村に住む人々には不思議な力がありました


暗闇と共に歩むことができる力です


村人達は自分の影を自由自在に動かして

日々を過ごしていました


そして強欲な王様の話が村に届くと

村人達は自分の姿を影で覆い隠すことにしました



王様の使いが村に来れば物陰と混ざり合い


力ある者が村に来れば木陰と混ざり合い


知恵のある者が来ればその者の影と混ざり合い



村人たちは姿を隠し続けました


産まれた子はすぐに親の影に包まれ

自らの影を操れるようになるまで影の中で育てられました


太陽の下では全身を影で覆ったまま過ごしていました


買い物をするときも

洗濯を干すときも

散歩をするときも


王様の使いがいつ村にきても

すぐに他の陰に混ざれるように


友人と話すときも

家族と笑いあうときも

愛する人と抱きしめあうときも



村人たちは影に覆われて暮らしました



強欲な王様が不老不死を手に入れてからも

村人達はずっと姿を隠し続けました



そして、長い長い年月が経ちました



いつしか村人たちは

己の姿に戻る術を忘れてしまいました



産まれた頃から影の中で生き

姿を影に変えて生活するうちに

自身と影が入れ替わってしまったのです


村人たちは、かなしみました


もう二度と自分の姿を取り戻せないのだと


それでも、王様に囚われるよりはと

村人たちはその姿も受け入れていきました




あるとき、

村にひとりの男の子が産まれました


両親の影の中ですくすく育った男の子は

自分で影を纏えるようになると

村のあちこちにでかけるようになりました



アップルパイを作るのが上手なおばさん

おもちゃを作ってくれたおじいさん

木登りを教えてくれたお兄ちゃん

村で1番歌が上手いお姉ちゃん



いろんな人と出会い仲良くなったのに

その姿はみんな黒い影に覆われたまま


男の子にとってはそれが当たり前でした

けれど男の子はいつも物足りなさを感じていました



「おばさんはどんな手でアップルパイを作ってるんだろう」


「おじいさんの影はなんでみんなと形が違うんだろう」


「お兄ちゃんの腕が硬いのはなんでだろう」


「お姉ちゃんのお口はどこについてるんだろう」



「みんな、どんな姿をしてるんだろう」






ある日、男の子はひとりの女の子と出会いました


男の子よりも小さい女の子は可愛らしい声で

小鳥のように男の子の後ろをついてまわりました


男の子は女の子をとても可愛がりました

女の子も男の子にとても懐きました


何をするのも一緒に

どこに行くのも一緒に


2人はいつも傍にいました



やがて、男の子は勇敢で優しい青年に

女の子は穏やかで笑い声が愛らしい少女へと成長しました


青年と少女になっても

2人はいつも一緒でした




とある晴れた冬の日の夜

青年は窓から煌めく光を見つけました


暗い夜空に一筋流れる星の軌跡



「そうか、今日は星の降る日か」



青年はいつものように少女を迎えに行きました



青年と少女は暗闇の中

互いの姿を見失わないよう手を取り合い

2人がよく過ごす丘へと向かいます


星の降る夜はいつもその丘で寄り添いあう2人


この日もいつものように身を寄せ合って

夜空を眺めました



「綺麗だね」

「ああ、綺麗だ」

「今日は一段と星がよく見える気がする」

「月の光がないからかな」

「空気も澄んでる気がする」

「そのぶん寒いけどな」

「うん、寒い寒い」



2人はクスクスと笑い合い互いに身を寄せ合います


そこへ、

ひとつ、ふたつと星が流れ始めました



「始まったな」

「始まったね」

「今夜はどれくらい流れるかな」

「とても綺麗に見える夜だから沢山流れてほしいな」

「そうだな」



互いの声に耳を傾けながら2人は幾筋もの星の軌跡を追いました


ひとつ、ふたつ、

ペン先で辿ったような軌跡が冬の夜空を覆い尽くします


ひとつ、ふたつ、

いくつもの星が流れては消え、流れては消え


ひとつ、ふたつ、



「いつまでも眺めていたいな」

「そうだな」

「ずっと一緒に眺めてくれる?」

「凍死にならない程度なら喜んで」



青年のおどけた言葉に少女はクスクスと笑みをこぼします

少女の愛らしい笑い声に青年も微笑み視線を傍らの少女に移しました


動きに合わせて揺れる長い髪

クスクス笑う声を紡ぐふっくらとした唇

瞼を閉じて夜空を見上げる小さな顔


見知らぬ少女が青年の横にいました


青年は驚きました

いつも一緒にいた少女の姿が見えるのです


動きを止めた青年を不思議がった少女も青年に視線を移しました

そして宵闇の中でもわかる大きな瞳を丸く瞠らせます

少女にも青年の姿が見えたのです



青年は星の光を纏った少女の髪に手を伸ばし

少女は青空の色を纏った青年の瞳を見つめ


互いの姿を目に焼き付けました



溢れる涙がその姿を消してしまわないように

何度も何度も瞬きを繰り返して


互いに手を伸ばし

視界に映る姿を辿るように手で触れて



「君の髪は、星の色をしていたんだね」

「貴方の瞳は、青空の色をしていたのね」

「とても綺麗だ」

「とても素敵ね」

「いつまでも見ていたい」

「いつまでも見ていたいわ」



互いの姿を見つめ合う2人の頭上では幾筋もの星が流れました


ひとつ、ふたつ

いつしか流れる星が数えられるほどになった頃

2人の姿もまた影に覆われ始めました



「待ってくれ。隠さないで」

「お願い。貴方をまだ見ていたいの」



2人は強く願いましたが流れる星が無くなると共に

2人の姿は宵闇と同じ影に覆われました


取り合った手はそのまま

姿の見えない相手に2人はしくしくと涙を流しました


ひとつ、ふたつ

ポツリポツリと流れた涙が2人の手に落ちたとき

青年は言いました



「きっと、星が奇跡を見せてくれたんだ」

「奇跡?」

「そう。だからあの流れる星々に誓うよ」



青年は影に覆われた手に力を込め少女の手を強く握ります

そして傍らに居る少女に向かって言いました



「いつかきっと、太陽の下で君と自由に笑い合って見せると」

「自由に?」

「姿を隠すことなく」

「きっと?」

「きっと」

「約束?」

「約束だ」



青年の言葉に少女は影に覆われた下で笑顔を浮かべました



「きっとね?」

「ああ、きっとだ」

「私も誓うわ」

「一緒に?」

「ええ、一緒に」



影に覆われた2人は互いを強く抱きしめ合いました



それから2人は冬の星降る夜には必ず丘に向かうようになりました


互いの姿が見えるのは冬の星降る夜にのみ

特に寒い日の澄んだ空気の夜空の下でのみ

その日は訪れます


2人は互いの姿が見えると相手を見つめ強く願いました



「まだ見ていたい」

「ずっとこのままでいたい」

「星の光を纏った君は太陽の下でどんな姿を見せるんだろう」

「青空の色を纏った貴方の瞳は太陽の下でどれだけ輝くのかしら」

「見てみたいな」

「見てみたいわ」



何度も何度も

澄んだ夜空に星が流れる度に

2人は強く願い続けました




そして、

いつしか互いの姿を見つめ合う時間が少しずつ少しずつ長くなった頃


ひとつ、ふたつ

幾筋もの星の流れが集い

大きな大きな輝きが冬の夜空を流れていきます



「あんな大きな星は初めて見るよ」



2人が夜空を駆ける星の軌跡を辿ったあと

大きな大きな輝く星は、ある場所へと落ちました




ありとあらゆるものを欲しがった王様のお城です


不老不死を手に入れたはずの王様は

いつしか少しずつ少しずつ病に侵されていました


よく晴れた寒い冬の日に

少しずつ少しずつ


そして、

大きな大きな輝く星がお城を包んだとき


ありとあらゆるものを欲しがった

強欲だった王様は静かに永遠の眠りを手に入れました



星がお城を包んだ夜

王様が眠りについた夜


ひとつ、ふたつ

幾筋もの星が夜空に流れました



ひとつ、ふたつ

流れる星々を誰もが見上げ



ひとつ、ふたつ

闇を裂く光の道筋に涙を流し



ひとつ、ふたつ

星は太陽が昇るまでいつまでもいつまでも



ひとつ、ふたつ

誰かの強い願いを乗せて



ひとつ、ふたつ

澄んだ冬の空を照らし続けました








いつしか人々は星が流れる夜を特別に思うようになりました

流れる星に願いをこめればいつか願いは叶うのだと

誰もがそう信じて星降る夜空を見上げるのだと















「王様が眠りについたのは誰の願いだったのか


2人の強い思いだったのか


国民の集った願いだったのか


孤独を知った王様の悲願だったのか


流れた星に誰の願いがこめられていたのか


それは、誰にもわからないわ」



そういって、流れる星の奇跡を私に教えてくれた老婆は


星の光を纏った髪を結いあげ

青空の色を纏った優しい瞳をして


クスクスと愛らしい笑みをこぼしていた








おしまい




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星降る夜空に願いを込めて ゆーく @Yu_uK

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