第24話 知らなくていいこと


 夏は毎年のようにやってくるが、年々暑くなってやしないかと疑いたくなる。ニュースによると、それはどうやら地球温暖化が進行してるかららしいのだが、それを耳にしてみたところで一体どうしろと言うのかと問いかけてみたい気もする。


 そんな日すらも、炎天下の中に駅まで歩くことは変わらない。そして、駅前でギターを弾いている女の子も。


「世の中って、知らなくてもいいことってあるよな」


「……なんですか急に」


 とサトは言う。


「いや、割とそんなことばかりだと思ってさ。この情報社会、嫌な情報もどうしようもない情報も入ってくるだろう?」


「私はテレビも携帯も無いですから、あんまり情報入ってこないんですよね」


「出た……非携帯少女」


「非行少女みたいに言わないでくださいよ」


「それにしちゃサトって、ボキャブラリー豊富だよな」


「まぁ、本屋もCD屋もありますからね。視聴や立ち読みには事欠かないですよね」


 ことをこともな気に答える少女に、思わず感心してしまう。今や携帯電話なんて、おっさん世代すらも手放せないような代物だ。それを、うら若き少女がケロッとしている様子は、かなり新鮮に映る。


「ちなみに、携帯を持つ予定はあるの?」


「んー、お金がある程度溜まったら考えなくもないですけど、安くても月5千円ぐらいだとすれば今の状態だとキツイかな」


「ユーチューブとかで動画アップしたり、他に人気者になる方法だってあるし」


「いや、そもそもここで誰も立ち止まらないぐらいの実力じゃ無理ですよ」


「案外あるかもよ? ほら、サトって顔面可愛いから」


 と冷静に分析したつもりだったが、目の前の少女はやっぱり乗り気じゃない。


「私の夢をバカにしないで下さい。そんなに簡単な道のりだなんて思ってないです」


「そうか」


 自分としては、割とサトの演奏と声は好きだ。と言うか、ハッキリ言ってめちゃくちゃ上手い。100万PVくらい回っている動画の女の子よりも、声質も音程もズバ抜けているし、こんな若い女の子が作曲してることが信じられないくらいいい曲がある。


「……あっ、ちょっとだけ歌詞思い浮かんだんで待ってて下さい」


 そう言いながら、少女は難しい顔をして歌詞を書き出す。


「……」


 他のことなんて歯牙にもかけずに、ひたすら自分の好きなことに打ち込む。決して背伸びせずに、むしろ地に足をつけて、地道にコツコツと活動していく。その姿勢に思わず舌を巻いてしまう。


 そうして考えると、自分はどうだったかなと省みてしまう。WEB小説で書き始めて十年以上経つが、未だ人気作と呼べるものはない。他の流行りなんかを真似したこともあったが、どうしても人気作にならない。


 そもそも、そう言う作品とは違うんだと言い聞かせて、自分の書きたいものを書こうと志したのはいつだったか。


 読者がいない中で書き続けるのは、辛い。だから、なんとか人気作にしようと、他の作品をトレースするようになる。仮に人気者になったら、それはそれで自分は書き続けていたんだろうと思う。


 自分がやりたいものをやり続けることと、人に求められるものをやり続けることは、どちらが難しいのだろうかと言う答えはでない。


 でも、確実に人気作が書ける方法があるとすれば間違いなく自分はそれを選ぶ。信念をもって書きたいものを書いているんじゃなく、自分はもう、それにすら負けた無残な敗残者だ。もう、書きたいものを書くという選択肢しか残されていないに過ぎない。


 しかし、目の前の少女は、きっと自分の感性だけに従って生きているのだろう。それは、自分にとっては凄く尊いし、羨ましい。


「……よしっ! 書けました。お待たせしました」


「……」


「どうしたんですか?」


「サト……お前、怖くならない?」


「なにがですか?」


「……このままずっとこのままかもしれないことが」


「全然」


「マジか」


 にわかには信じられない。こんな、おっさんしか止まらない状況がずっと続いていくことに、なんの焦燥もわいてこないなんて。


「私、今が好きなんです」


「……」


「こうやって、毎日ここに来て、ギター弾いて、松下さんが聴きに来てくれて。これ以上のことって、あんまりない気がするんです」


 そんなの嘘だ。


 嘘だよ。


「……いや、あるよ。もっともっと多くの人が聞いてくれて、でっかいホールでコンサートしたり、有名になってCDがたくさん売れたり。もっと、あるだろう?」


 誰だってそれが望みだろう。人気者になって、自分のことを誰もが認めて、自分の生き方が間違ってなかったと証明する。これ以上の生き方なんて、ないだろう。


「そうですね……それはそれで幸せなんでしょうね。でも、それとは比べられないですよ。今だって、私は十分に嬉しいんですから」


「……そんなん、嘘だよ」


 俺には、もう信じられないよ。


「嘘じゃないですよ。私だけが私の心を知ってるんですから」


「……」


 そう言ったサトの言葉に、強がりは見られない。そのあまりにも真っ直ぐな瞳に。


 自分には少しまぶしいけど。



















 この少女のことだけは信じようと思った。

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