堀川を待っていた屈辱地獄


土日が明けて、月曜日。


堀川の野郎はどんなこと言ってデートにこぎつけたんだろうか?


普段話さないけど聞いてみようか?などと考えながら出勤した。


実は金曜日からずっと気になっていたのだ。


朝礼が行われる従業員休憩室に行くと、私の担当ラインのみんなが揃いも揃って増田とそのツレの久保を囲んで話をしていた。


堀川はその中にはおらず、まだ来ていないようだ。


彼らに近づいてみるとみんな深刻な顔をしており、「それで大丈夫なの?」とか「何で警察に言わなかったの?」とかの言葉が聞こえた。


何だかただ事ではない。


何があったのか気になったので、私もその輪に加わる。


「どうしたの?」


「堀川がやられたってよ」


「やられたって?ナニされたの?」


「ボコられたらしい。久保が見たってさ」


久保は私たちと同じラインで働いており、堀川とも仲が良い。


やや顔をひきつらせた久保によると、事の顛末は以下のとおりだった。


久保は金曜日の夜9時ごろ、女子高生とデートしているであろう堀川に冗談半分でメールしたという。


その内容は「おい、もうどこまでいった?もしかして真っ最中か?」というようなもので、わざわざみんなにその時の携帯のショートメールの送信履歴で見せてくれた。


その後しばらく待っても返事がなかったため、久保はひとまず風呂に入った。


風呂から出て携帯を見ると、何と15分くらいの間に二件の着信履歴と留守録。


すべて堀川からだった(これも久保は我々のために再生してくれた)。


一件目の留守録を再生すると、堀川の「ああ、あのさ、大至急かけ直して」というちょっと慌てたような声の短いメッセージ。


二件目は、「おい、頼むよ!大至急かけ直してくれって!」というかなり切迫した感じの声だった。


最初、久保は堀川がこっぴどく女子高生に振られでもして、その愚痴を話したいんだろうと思ったらしい。


少々ザマミロとほくそえみながらかけ直したら、ワンコールで堀川が出たのだが、電話に出るなりいきなりまくしたてるように話した内容が異常だった。


いきなり「金を貸してくれ!」と頼んできたのである。


しかもその額が十万円で、今晩10時までに市内のB原中央公園という公園に持って来てくれというものだった。


確かにB原中央公園は久保の家から近いから行けないことはないが、いきなり「十万円貸せ」なんて頼みを当然聞けるわけがないから久保は断った。


だが、堀川はなおも理由も言わず懇願し続けるので、二人の間で「何で貸さなきゃいけないんだ」「いいから頼む」という押し問答が続く。


付き合ってられないと思った久保が電話を切ろうとしたら、「ええから持って来いや、ボケェ!」という怒声が電話から響いた。


その声は堀川ではない若い男のものだったが、いかにもこういう脅しに慣れていそうなドスの効いた喋り方だったという。


その若い男の言い分は、堀川がナメた真似したので落とし前を付けさせているが、これはツレである久保の責任でもある、という無茶苦茶なものであった。


「俺には関係がない」と久保が少々ビビりながら突っぱねると、「ツレがどうなってもいいのか?」と電話の向こうで堀川を痛めつけ始めた。


受話口から「やめてくださ…ぐふっ」とか「勘弁してく…痛ぁ!」とかの堀川の叫び声が聞こえて来る。


ばかりか相手の男は久保の氏名や住所、勤務先などの個人情報を把握していることを告げ、10時までに約束の場所に金を持って来なかったらこちらから行く、と脅してきた。


久保のことは堀川が苦しまぎれに教えたんだろう。


そして「警察にチクったら必ず報復する」と凄まれ、電話が切られた。


悪い奴らと何かあったのか?いや、やっぱり堀川は女子高生に美人局をかまされたに違いない。


久保は相手が声の感じから未成年だと確信したが、だからこそ怖くて怖くて仕方がなくなっていた。


この当時の少年法は「犯罪をやるなら未成年のうち」と言っているに等しいほど大甘で、それを盾に取った未成年の悪党たちは、金を持っていそうな成人男性を襲う「オヤジ狩り」などの凶悪犯罪を犯しまくっていたからだ。


そんな久保が取った行動は、相手の要求に従うでも警察に通報するでもなく、黙殺だった。


電話の電源を切り着信が来ないようにして、もし本当にこちらに来たらどうしようと、おびえながら床に就いた。


結局10時を過ぎても連中は来なかったが、不安のあまり朝までほとんど眠れなかった。


久保はこんなことに巻き込んだ堀川にムカついていたが、やはりどうなったか気になっていたので、昨晩彼らがいたであろうB原中央公園へ親から借りた車で行くことにした。


公園までは車で行けば5分とかからない。


公園に着くと、いつでも逃げられるように周りを車で巡回しながら様子を探る。


まだ連中がいるかもしれないからだ。


様子を探っていると、遊具のある広場の街灯の周りに人だかりができているのが見えた。


「もしや」と思い車を停めてその人垣に近づくと、その中央にいたのは案の定昨日職場で見たばかりのあの明るい茶髪、堀川本人だった。


何と、広場の街灯にガムテープでぐるぐる巻きに縛り付けられてぐったりしている。


しかも全裸で!


堀川は殺されてはいないようだったが、しこたま殴られて顔を腫らし、タバコで根性焼きをされた跡も所々体に残っており、陰毛も剃られていた。


彼の足元の地面が濡れていたのは失禁したと見られ、脱糞もしていたらしく異臭が漂っていたために野次馬の中には鼻をつまむ者もいる。


ずいぶん屈辱的なシメられ方をしたものだ。


周りで見ているジョギングや犬の散歩で公園を訪れたと思しき人たちも人たちで、「動かさない方がいい」とか言ってガムテープをほどきもせず、堀川を全裸のまま放置していた。


久保もそのまま見ていただけだったようだ。


その間にも近所の住民など野次馬が次々現れ、堀川の醜態の目撃者は増えてゆく。


誰か通報はしていたらしく、ほどなくして救急車、そしてパトカーが到着した。


やっとガムテープをほどかれた堀川は片手で股間を、もう片方の手で顔を覆い、警察官の質問に何事か答えながら救急隊員に促されて救急車までフラフラ内股で歩いて行ったという。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る