記入済みの離婚届を前に、これまでの人生を振り返っています。
- ★★★ Excellent!!!
この「おまえだけは選ばない」は、主人公・有栖川雅人の41歳の誕生日から始まります。彼は一人きりのリビングで、記入済みの離婚届を前に、これまでの人生を振り返っています。
主要なポイント:
1. **離婚と孤独:**
* 妻・美弥子は中学2年生の娘・沙紀を連れ、憧れの先輩・三上宗介の待つドイツへ旅立ってしまいました。
* 美弥子は財産分与を求めず、家(主に彼女の稼ぎで建てたもの)を含む全てを雅人に残していきました。
* 広い家には、美弥子のストラディバリウスと沙紀のピグマリウスがなくなり、雅人の安価なヴァイオリンだけが残されています。
2. **雅人の音楽家としての現状:**
* ピアニスト兼ヴァイオリニスト(二刀流)ですが、指先のしびれと手首の腱鞘炎に悩まされ、「三流奏者」と自嘲しています。
* かつては国内有名オーケストラに所属していましたが、レギュラーから外れ、エキストラとしての需要もなくなってきています。
* 現在の主な収入源は、自宅での子供たちへの音楽教室と、報酬の安い楽譜制作(既存曲のパート別譜面起こし)です。
* 彼の稼ぎは微々たるものですが、光熱費や食費などの家計支出は自分の稼ぎで賄うことに最後のプライドを賭けていました。
3. **妻・美弥子との関係と対比:**
* 美弥子とは同い年で、中学時代から愛し、望んで結婚した相手です。
* 美弥子も同じオーケストラのコンサートミストレス(コンミス)であり、雅人とは対照的に成功した音楽家です。「エースで四番の彼女に対して、おれは補欠の団員」と表現しています。
4. **音楽家としての原点 (過去回想):**
* 元々はヴァイオリンが好きで、母(アマチュアピアニスト)が弾くヴァイオリンコンチェルトに衝撃を受け、ヴァイオリンを始めました。
* 母の条件でピアノも続けることになり、「二刀流」が始まりました。
* ピアノではコンクールで入賞できず、ヴァイオリンも同程度のレベルでしたが、キャリアが浅い分、ヴァイオリンには「伸びしろしかない」「もっと上手くなれる」という確かな手応えと自信を感じていました。
**感想・考察:**
* **導入の巧みさ:** 主人公の孤独な誕生日と離婚という重い状況から始まり、読者の興味を一気に引き込みます。なぜ「レビュー最高評価」なのか、その片鱗がうかがえます。
* **主人公の人物像:** 41歳、元・そこそこの音楽家、妻に去られ、キャリアも下り坂という、共感と哀愁を誘う設定です。彼のプライド(家計を支えたい)と現実(妻の稼ぎが主)のギャップが痛々しく描かれています。
* **対比構造:** 成功した妻・美弥子と、落ちぶれた主人公・雅人。高価なヴァイオリン(ストラディバリウス、ピグマリウス)と安価な彼のヴァイオリン。これらの対比が主人公の劣等感や物語の悲哀を際立たせています。
* **音楽への情熱と挫折:** ヴァイオリンへの初期の情熱と「伸びしろ」への自信、そして現在の指の不調と「三流奏者」という自己評価。音楽家としてのリアリティと苦悩が丁寧に描かれています。
* **「二刀流」の皮肉:** 「二刀流」という言葉の響きとは裏腹に、どちらも中途半端になってしまった可能性、あるいは片方(ピアノ)は本意ではなかったかもしれないというニュアンスが感じられます。母の「ピアノは今まで通り続けるのよ」という言葉が、彼のキャリアにどう影響したのかが今後のポイントになりそうです。
* **タイトルの意味深さ:** 「おまえだけは選ばない」というタイトルが、誰(美弥子?沙紀?ピアノ?ヴァイオリン?過去の自分?)を指すのか、あるいは何を選ばないという意味なのか、非常に気になります。この第1話の時点では、美弥子への未練や、音楽家としての過去の選択への後悔が読み取れます。
* **今後の展開への期待:**
* 美弥子がなぜ彼のもとを去ったのか、その具体的な理由。
* 三上宗介とは何者なのか。
* 雅人がこの絶望的な状況からどう立ち直るのか、あるいはさらに落ちていくのか。
* 過去に感じていたヴァイオリンへの「伸びしろ」が、今後の鍵となるのか。
* 娘・沙紀との関係はどうなるのか。
全体として、主人公の心情描写が巧みで、読者を引き込む力のある導入だと感じました。人生の半ばで挫折を味わい、大切なものを失った男の再生の物語になるのか、それとも…?続きが気になる作品です。