タイムリープ

第5話 1





 目覚めるとベッドの上だった。

 しかし……。

(あれ? おれのベッドじゃないぞ)

 そう感じたが、見覚えがないベッドではなかった。

 ベッドだけではない。

 部屋そのものがおれのものではない。にもかかわらず違和感がなかった。

 横になったまま部屋の中身を見回しているうちに、しばらくして気が付いた。


(ここは、実家のおれの部屋だ)

 そこは、大学生になってから、ほとんど訪れる事のなくなった、幼少より青春時代まで過ごしたおれの部屋だった。

(なんでおれはここにいる?)

 そもそもおれは実家に帰省した記憶はない。

(なんで? ―――なんで? ―――なんで? ―――)

 頭の中では混乱したいるのに、心の奥底は、妙に冷静だった。


 そして―――

(思い出したぞ―――)

 おれは泥酔して意識を失ったんだ……。

 それからどうなったのか分からないけど、おれはようやく意識を取り戻した ――― という事なのだろうか?

 それにしても変だ。

 意識がなかったというのであれば、目覚めるのが実家ではおかしすぎる。

(病院はどうした、病院は。目覚めるのは病院のベッドの上だろうが)


 おれはベッドから起き上がると、もう一度部屋の中を見回した。

(それより、今日は何月何日なんだ?)

 カレンダーが目に留まった。

 四月のカレンダーだ。


(えっ?)

 泥酔して倒れたのは、おれの四十一歳の誕生のはずじゃなかったか?

 つまり十二月二十一日だ。

 なのにめくられているカレンダーは四月になっていた。


(もしかしておれ、四ヶ月以上も意識不明だったのか?)

 訳が分からなかった。

 しかもだ。

 カレンダーの西暦が1999年となっているではないか。


(古いカレンダーをそのままにしていたのかもしれない)

 1999年と言えば……確か……おれが高校に入学した年だ。

 そう思いながら枕元のデジタル時計にも目をやった。


   FRⅠDAY 4月9日 1999 7:35


 ここでも1999年となっている。

(この時計、壊れているのか?)

 そう思ってもう一度横になった時、階段を駆け上がってくる誰かの足音が聞こえ、部屋のドアが開いた。

「雅人! いつまで寝ているのよ。早く起きで朝ごはん食べなさい!」

 母さんだった。

 しかも若い。

 七十を過ぎているはずなのに、四十代にしか見えない母がそこにいた。

 おれは呆然と母さんを見つめていた。

「何寝ぼけてるのよ。お化けでも見たような顔して。さっさと食べて学校に行かないと遅刻するわよ。授業がはじまるのは今日からなんでしょ? ギリギリ合格したんだから、ボーとしてたら留年するわよ」

 そうまくし立てると、母さんは一階に下りて行った。


(学校? どういうこと?)

(もしかしておれ、死んだのか?)

(それじゃ、ここはあの世……なのか?)

(いや、それはおかしい。老いてはいるけど、両親はまだ健在だ)


 いろんな思いが交錯したが、取り敢えず起きてみた。

 体が妙に軽かった。

 手首の痛みも指先のしびれも全然なかった。

(おれ、変だぞ。メチャクチャ体の調子がいいじゃないか)


 学習デスクの傍に鏡を見つけた。

 鏡を覗き込んだ瞬間、おれは心臓が止まるくらい驚いた。

(なっ……! なんじゃこりゃ!)

 そこにいたのは、おれではなかった。

 いや、おれなんだけど、四十代のオッサンのおれではなかった。

 幼い顔立ちをしたお肌スベスベの高校生くらいのおれがそこにいた。


 辺りに目をやると、机の上にガラケー(携帯電話)が置いてあった。

 新品だけど、かなり型落ちの携帯電話だった。

(け、携帯? だけど、見覚えがあるぞ、これ)

 間違いない。それは、高校の合格祝いに父さんから買ってもらったばかりの当時の最新機種だった。


(どういうこと?)

 おれは自分の体のあちこちを触りまくった。

 いずれも感触がある。

 夢ではなく現実のようだ。


(信じられない。何が起こったというんだ?)

 鏡に顔を近づけてマジマジを見ていると、

「雅人、なにキモイことやってるんだ。さっさと飯食えよ」

 これまた、若々しい兄・武彦が、半開きになったドアの隙間から顔を覗かせ、呆れたように笑っていた。

 兄も二十歳前くらいにしか見えなかった。


「ア、アニキ」

 おれが呼ぶと兄はいぶかしい顔を見せた。

「なんだよ、急にアニキって。昨日までは兄ちゃんだったのに、高校生になったとたん、大人ぶってるのか?」

「えっ? いや、そんなつもりじゃ……」

「それより早く朝ごはん食べないと。母さん今日オケがあるから忙しいんだよ」

 オケとはオーケストラの略だ。

 母さんが地域のオーケストラでピアノを弾いていたのは、おれが美弥子と結婚したくらいまでだった。


(一体どうなっているんだ?)

 自分の置かれている現状把握はあくもままならなかった。

 しかし悪い状況に置かれているわけでない気がする。

 たぶん、大丈夫だろう。

(取り敢えず流れに身を任せてみよう)

 そう思いガラケーを手にすると部屋を出た。

 一階のリビングに降りると、セーラー服を着た妹の日菜子ひなこと四十代の父さんが向かい合わせに座り、すでに食事を取っていた。


 徐々に、忘れていた風景がおれの頭の中で蘇りつつあった。

(これはおれが高校生だった頃の風景だ)

 おれが高校に入った年に、三つ年下の日菜子は中学生になっていた。

「早く席に着けよ。おれも一限目の講義があるんだよ」

 背後からおれを急かす四つ年上の兄は大学生だ。


 間違いない。これは、二十五年前のおれの実家の風景だ。

 正確には二十五年と八ヶ月前の世界だが、そんな細かい部分は、この際どうでもよかった。


 だとしら、これは一体どういう事なんだ? 

 二十五年前の世界にさかのぼり、違和感もなく過ごしているなんて、そんなのあり得ない話だ。

(何が起こったと言うんだ?)

 もはや夢とは思えなかった。


 そんな意味不明の状況の中で、唯一導き出される答えは……。

(タイムリープ……!)

 ラノベやアニメの世界にのみ存在する、非現実な現象 ―――。

 それが起こったという事なのか?

(だとしたらどうする? 元の世界に戻るべく手段を模索するのか?)

 とにかく、ご飯を食べたら学校に行こう。

 忘れている記憶も多いが、旧友たちと再会(?)して、情報収集をしてから、結論を導き出せばいいんだ。

(もしかしたら、五感に訴えるリアルすぎる夢なのかもしれない)

 わずかではあるが、その可能性も否定は出来なかった。


(だけどもし、これが本当にタイムリープだとしたら……)

 この現象が一時的なものなのか、恒久的なものなのかは分からない。

(それならば………)

 出来るなら、おれは自分の人生をやり直したい。

 得体の知らない何らかの力が働いていたとしても、おれはこのチャンスをものにしたいと思った。

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