も、申し訳ございません! 正妃様の前で取り乱してしまいました。


 あら? 騙されてくれた?


 まぁ、普通? は、双子が育てられている場所なら乳母が数人付いて、乳母の子供や使用人の子供が複数人程離宮に住んでいる……というのが常識でしょうし。


 というか、ぶっちゃけ双子を一人で演じているので、他の子はいないし? 周囲は大人だらけで、何年もずっとぼっち生活よ。最近は、シエロたんこと蒼とよく会うようになったけどね?


「そう言えば……お前達の乳母の話を聞いたことが無いな。平民の出の者が傍にいるのか?」

「わたくしとネロお兄様に乳母が付いていたのは、二歳の頃までです。なので、彼女の出身に付いてまでは……」


 確か、あたしを思い出す前のネロたん自体が賢い子で……折角子供を産んだのにレーゲンが見向きもしないと、不平不満ばかりで自分のことを疎む母親に代わって、自分のことを大事にして面倒を見てくれる乳母のことが好きだったから。この人が本当の母親ならよかったのにって、そう思ってたから。言葉が話せるようになったときに、「自分にはもう乳母は必要無い」と言って暇を出し、あの離宮から逃がした。


 自分に、ネレイシアという双子の妹がいたことを、一番最初に話してくれて・・・ネリーの格好をする理由を教えてくれて、ネリーの格好をさせることを謝ってくれて、わたしと一緒に悲しんでくれたのも、彼女だった。


「二歳だとっ!? あの女はなにをしているんだっ!?」


 なに、と言うなら・・・自分に振り向かないクソ親父に執着して、自分が可哀想だと悲劇のヒロイン気取って、ヒス起こして周囲の人に害悪を撒き散らしながらクソ迷惑を掛け捲っている、という感じだろうか?


 マジでクソだ。生産性の欠片も無い。碌な女じゃねーな。


 ちなみに、三歳くらいにはもう、ネロたんがネリーちゃんを兼ねながら、あのヒス女に代わって使用人達に離宮のあれこれを指示していた。考えてみると・・・ネロたん天才かっ!?


 うん? これってある意味、自画自賛になるのかしら? でもこれ、客観視すると、ネロたんとネリーちゃんの双子が神童扱いされても普通におかしくはないわね。


 第一王子を差し置いて神童扱いされる下の王子という、不本意な評判が立ってしまっているが……使用人達の身の安全を図ったことに付いては、あたしは全く後悔していない。だって、そうしないと血塗られた陰惨な離宮まっしぐら! だったし。ほら? 事故物件に住むのって、なんか嫌じゃない。


「ライカだとてまだ乳母を付けているぞ!」


 アストレイヤ様の息子で長男のライカ王子ねー。今幾つだったかしら? 確か、あたしより二つ、三つくらい上だった・・・っ!?


 クッ! あたしとしたことがっ・・・なんて、ことなのっ!?


 麗しい美幼児のシエロたんこと、蒼の安全確保とアーリーの異端審問官フラグを潰すことに躍起になって、将来は正統派キラキラ美青年……でも現在はおそらくまだ、キラキラぷにショタ! であろうライカのチェックを疎かにしていただなんてっ!!


 なーんて悔しがってみたものの、ネロたん……現あたしって、クソやべぇヒス女を母親に持っている側妃腹の、本来なら第二であるべきなのに第三扱いされている王子。兼、第一王女という複雑な身の上。将来王太子予定で大事に育てられている第一王子と気軽に顔を合わせられるような身分じゃないのよねー。


 まあ? 一応、現在国王代理……というか、ほとんど国王として働いている正妃のアストレイヤ様と仲良くさせて頂いている現状が奇跡的って感じだし。


「…………っ!!」


 なんて考えていると、部屋の外でなにやら騒いでいる気配がした。


「?」

「何事だ?」


 怪訝な顔をするアストレイヤ様に、騎士が耳打ちする。 


「ふむ……ネレイシア」

「なんでしょうか? アストレイヤ様」

「お前に客だそうだ。シエロ王子が、お前に会わせろと騒いでいるらしい。お前が会いたいなら、通してやってもいい」

「え? ・・・ええっ!?」


 蒼ってば、なにしに来たのよっ!?


「嫌なら追い返すが?」

「え? あ、その……アストレイヤ様が、シエロお兄様のことがお嫌でなければ……お通ししてくださると、嬉しく思います」

「全く、お前は……」


 ふぅ、と落ちる溜め息と、少し困ったような顔が言う。


「お前とシエロ王子が仲良くしているという話は聞いている。子供のクセに気を遣い過ぎだ。会いたいなら、会いたいと素直に言え」


 やれやれという顔で手を振ると、ドアが開いて……


『無事かねーちゃんっ!?』


 シエロたん……蒼が、必死の形相で飛び込んで来た。駆けて来るのを止めようとした騎士に首を振り、好きにさせてくれるアストレイヤ様。


『蒼。あたしは無事だから、まずは落ち着きなさい。正妃であるアストレイヤ様の前よ』


 目の前に来た蒼を窘めると、


「っ!? ……も、申し訳ございません! 正妃様の前で取り乱してしまいました」


 慌ててその場に膝を着き、怯えたように謝罪。


「……構わん。大方、昨日の騒ぎを聞き付け、弟の心配をしていたのだろう。お前達は、仲が良いようだからな」

『・・・あれ? なんか正妃様、思ってたのとキャラ違くね?』


 驚いたような、ぼそりとした呟き。


『まあ、あたしも実際に会ってみて印象の違いに驚いたわよ。でも、蒼。よくよく考えてみたらね、国政を放ったらかしにして、寵姫侍らせて、その寵姫が死んだ途端に更に投げやりになった挙げ句、成長した寵姫似の実の息子に手ぇ出すようなクソ野郎に代わって、ずっと国を支え続けていたのは正妃であるアストレイヤ様なの。この国が、現在からゲーム開始……そして、下手したらエンディング後の未来でも存続していられるのは、全て彼女の人生を犠牲にしているから、という恐ろしい事実があったのよ』


 そう。国王がシエロたんに耽溺して政を疎かにすると、その代わりに執務や政務を執り行っている存在がいる筈。おそらくは、それがアストレイヤ様。


『国王ルートと第一王子ルートの場合。現状の状態が、ずっと続く可能性が高いわ。もしくは、もっと酷くなる。例えば……シエロたんを暗殺しようとした罪で、正妃を幽閉。けれど、執務と政務だけは何十年もさせ続ける、だとか?』

『マジかよっ!! 色々とんでもねー上、滅茶苦茶碌でもねークソ野郎共だな……』


 蒼は、【愛シエ】の舞台裏の残酷さに戦慄している。

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